披露宴と許嫁Ⅰ
特異魔術を試した日から一年と半年が経過し、ベネディクトゥスは5歳になった。
活舌が良くなり、長い言葉を話せるようになったことでコミュニケーションを館の使用人たちと出来るようになった。エーテスがベネディクトゥスに心酔していることが周知されているためか二年前よりも不満の目を彼に向けることがなくなり、逆に好意を向けられることが多くなった。
それに対してベネディクトゥスはなぜ好意を向けられているのか理解できていないが、マイナスな感情を向けられないだけ良しとした。
この数年は心穏やかな生活をできていた彼にとって、今日の夜行われる王族と貴族が集うパーティに対して非常に重くのしかかる。このパーティには下級貴族はもちろん、上級貴族、更には公で言う三大公爵も出席することが義務であり、子どもがどのような理由で欠席した場合でも子供を披露する会場にその子供がいない状態で親がいるだけでその家は蔑みの対象として一年見られることになる。来年には新しい世代でそのような状態になった子供の親が蔑みの対象となるために一年の辛抱となるが、それでも元来プライドの高い貴族としてはその一年が苦痛となるのだ。
しかし、ベネディクトゥスの場合は一年ではなく、彼が死ぬまでずっと蔑みの対象として貴族たちから下に見られることが確定しているのだ。それが腹立たしく、そして憂鬱だと感じており、そしてなおかつ会ったこともない父親とパーティに出なければならないのだから彼のテンションは過去最低だろう。
そんな気持ちを隠さずにエーテスが運転する魔導四輪車でエリュシオン王国の首都であるアモエヌスに移動する。アモエヌスはベネディクトゥスの
そんな彼が憧れた舞台へ始めていく用事にベネディクトゥスは溜息を吐いた。
「はぁ……面倒くさいですね……」
「おや。どうしました、ベネディクトゥス様?らしくないではありませんか。貴方様ならこれくらいの舞台、面倒と思えど、それを口にせず難なく乗り越えることが可能のはず。なのに、なぜ今回の舞台にはそう悪態をついたのです?他の貴族様の相手などそれこそ些事のはず。何に対してそこまで面倒と感じ、悪態をつくのです」
「(この人異様に俺への評価高いな。怖)……たしかにただのパーティなら僕だってそこまで憂鬱な気持ちを持つことなく、壁の花になることくらい容易いでしょうけど、今日は父様がいます。彼がいる状況で僕が壁の花でその場をしのごうとすることを許すとは思いません。必ず貴族とのつながりのために僕を連れ歩き、多くの貴族と話しかけられることでしょう。そこで彼らは僕の瞳を見て蔑むのです。『なんだ紅目か』と。それが僕としては耐えがたい苦痛なのですが、流石に公の場で暴れるほど愚かではないのでただ耐えるだけだと考えると面倒くさいなと感じるんですよね」
「なるほど。他の貴族からの小言など気にも留めない、それこそ右から左に受け流すということですね!さすがベネディクトゥス様、すでに大公家としての意識を持って他家と接しようとしているのですね!」
誇張癖のあるエーテスの言葉に辟易とするベネディクトゥスは彼とのコミュニケーションはおざなりに接している。彼の妄想とテンションの高さにベネディクトゥスが付いていくことができずにただ内心で恐怖を抱いているからでもある。また彼との初対面でベネディクトゥスへの対応が180度変化して、ベネディクトゥスのことを慕っていることも彼を辟易させてる理由だ。
苦手が部下と数時間たった二人の密室での移動にすでに疲労困憊のベネディクトゥスはこれからのメインイベントとそして帰りも同じ状況になるということを察して非常に深い溜息を吐いた。
(なんで話したこともない父親と子供自慢大会に行かなきゃいけないんだ。あんた生まれたとき以外一度も会いに来なかったんだから俺のこと知らないだろ。どうやってオレのこと紹介するんだ。クラスの自己紹介で趣味とかないから適当に読書とか言ってその場を乗り切ろうとするけど、質問でどんなジャンル読みますかとか言われて、ラノベしか読んでないからジャンルしっかり言えないときと同じくらい気まずい空気なるだろ。
まだうちが公だと侯爵家として見られているからいいが王族・大公に紹介する時なんて俺のこと隠しにしたいに決まっている。それなのになぜ俺を連れてくるんだ?……はぁ、だる)
イスに深くもたりかかり、空を見上げた。その空は彼の心情を表しているような曇り空であった。
◇ ◇ ◇
それから数時間を魔導四輪車で移動したベネディクトゥスとエーテスは披露宴の会場であるテッラ・グローリア宮殿に到着した。
宮殿は左右対称なつくりをしており、真ん中に玄関ホールはU字型に凹んだ位置に存在している。この宮殿の特徴は裏に存在している庭園であり、この国で最も美しい庭園として有名だ。
そんな宮殿をぼんやりとした目で見上げていたベネディクトゥスの近くに一台の魔導四輪車が停止する。停止する音に築いた彼はすぐに四輪車のほうを向くとそこにはベネディクトゥスとそっくりの男が下りてくるところだった。ベネディクトゥスと同じ黄金と似た色の髪と整っていると顔立ち。ベネディクトゥスととの相違点は彼のほうが堀が深く、ひげを生やし、瞳の色が紫であることだ。
その瞳をベネディクトゥスのほうに一度向け、彼がいることを確認するとすぐに、男はエーテスのほうへと歩き出した。エーテスも男のことを認識し、足早に男のほうに向かっていたので彼らが対面したのはベネディクトゥスの目の前だった。
「これは旦那様!わざわざこちらに足を運んでいただき申し訳ありません。本来、私共がそちらに赴かなければならない立場にもかかわらず旦那様自ら赴いてくださり感謝します。
こちらがご子息のベネディクトゥス様です。ベネディクトゥス様、こちらにいらっしゃるのが貴女の御父上のルクス様です。御挨拶をなさい」
「わかりました、エーテス。初めまして父上、ベネディクトゥス・アスターです。今日はよろしくお願いします」
「……あぁ」
それだけ言ってルクスは宮殿へと向かってしまった。流石に何も声をかけないで勝手に進むとは思わなかったベネディクトゥスは数秒呆けてから早歩きでルクスの後を追った。エーテスはただの使用人のため会場に入ることはできず、アスター親子が見えなくなるまでその背中に頭を下げ続けた。見送りの時使用人は主人が目的の場所にたどり着き、姿が見えなくなるまで礼の姿勢を保つ者。それができる使用人だと父親から学んだ。
そんなこと知りもしない親子はエーテスのことを一瞥もせず、玄関を通っていった。
◇ ◇ ◇
ベネディクトゥスが会場に入ったときにはすでにパーティは始まっていた。大人は皆が皆、交流を深めるために、グラスを片手に大人たちは話題に花を咲かせ、小難しいことに興味のない子供たちはテーブルのないスペースでジュースを飲みながらおしゃべりをしている。そしてお立ち台にはこの国の王が立ち、次から次に貴族たちが挨拶をしている。ルクスもその流れに乗り、ボーイからワインを受け取って貴族の列に加わる。当然彼の息子であるベネディクトゥスもその列にルクスの後ろで並ぶ。他の子供はさすがに退屈な時間だからかできるだけ、親の近くを離れずにテーブルの上にある料理に手を出している。
「……」
「……(き、気まずい!なんでこの人話さないんだ。初めて会った実の息子に興味ないのか?確かにあんたの妻を殺したかもだけどさ、出産ならあり得るリスクだろ?その時にはあんた妾の女とべったりだったらしいじゃん。なら俺の母さん興味なかっただろ。面子で愛妻家演じてるのか?それなら妻を亡くした夫、彼女が残した息子を恨むが忘れ形見のため距離を置いていた。とかで説明がつくかもしれないな……。
それでも俺の情報何も知らない状態で貴族たちに紹介するとか俺のこと知らないこと露呈して馬鹿にされるんじゃないか?これで俺の評価まで落ちたら、どうしてくれる
血のつながりのある他人であるためにベネディクトゥスのルクスに対する評価は最低と言える。
今回の会場のメインは子どもたちの顔合わせだ。自分の子供がどれ程優れているかを自慢する場でもある。しかし、ルクスはあったことがないベネディクトゥスのことなど知らないにもかかわらず、それをベネディクトゥスから聞いてこない。そしてエーテス達使用人がルクスに対して手紙で自身のことを報告するわけがないとベネディクトゥスは思っているために、ルクスは自身の息子の情報を何も知らないで今回のパーティに参加したと思っているのだ。ただの恥さらしの材料に使われたとベネディクトゥスは怒り心頭だが、この場所には上位貴族の息女もいるためにそういう立場の子供と知り合って、婚約関係になりたいなとゲスな考えを持っているために不満を感じるもそれを我慢して、今この場にいる。
ようやく前にいた貴族たちが王族への挨拶を終え、自分たちの番が来たと感じたベネディクトゥスは一度大きく深呼吸をして、ルクスと共に王の前に立つ。
エリュシオン王国第99代国王オデュッセウス・レクス・エリュシオン。透き通るような金髪に黄金のような瞳を持つ偉丈夫だ。政治よりも軍事に力を入れているためか、貴族たちからは呆れられ、市民からも良い王とは思われていない。
「ご機嫌うるわしゅう、我が国の王、オデュッセウス様。ご壮健で何よりでございます」
「そちらも変わらず壮健で何よりだ、アスター卿。ところで……君のそばにいるその子が息子かね?」
「さすがは殿下、その慧眼衰えを感じませんな。殿下のおっしゃったとおり、こちらが我が愚息、ベネディクトゥスでございます。息子は私に似て我が国に対して忠誠心のあるよくできた子供です。これが成長し、地力をつけたならば、必ず貴殿の国の繁栄の力となることでしょう」
「ふっ、それは楽しみだ。そうだ儂の娘も紹介しよう。丁度同い年だ。何かと交流が多いだろう。おい、アスター卿にご挨拶しろ」
「……はい、お父様。お初にお目にかかります。エリュシオン王国第三王女、第六位継承者のアモルフィア・エリザ・エリュシオンです。特例大公家アスター家の方々の噂は
オデュッセウスの隣から一歩前に出て、カテーシーをする可愛らしい少女。父親譲りの金髪と瞳を持つ。彼女は5人目の子供である。しかし、双子の弟がおり、男尊女卑の思想を持つオデュッセウスが次男を後継者序列二位にまで引き上げているために彼女の序列が最下位になっている。ゆえに彼女は自身の家族にも、父の臣下にも期待をかけられずに育ち、才能があることを認められることがなかった。
「これは聡明に育て上げられましたな。王族としての意識を持ち、国を第一に考える愛国心は私も息子に教え込まなければと思うほどです。そろそろ後ろも使えてくる頃ですので、私どもはこれで退散します」
「おお!もうそんなに話し込んでいたか!ではまた会う時を楽しみにしているぞ」
「はい、失礼します」
ルクスは綺麗に45度のお辞儀をする。それをまねるようにベネディクトゥスも行う。そのあとは横にはける。ルクスはそれからある程度離れたところにいるすでにオデュッセウスに挨拶を終えた貴族と交流をするようで、そちらにボーイから受け取ったワインを手に向かっている。
すでにベネディクトゥスを必要としていないのか、彼のことを一瞥した後に子供たちがいる方に顎で指す。彼は自身の息子が邪魔だと感じ、子どもたちがいるところで時間をつぶさせようとしているのだ。
それはベネディクトゥス自身も理解しており、抗議したところで意味はないと素直にそちらへと向かう。
子供たちがいる一角はすでにかなりの子供たちが集まって、雑談をしている状態だった。5歳という年齢に長時間の拘束は拷問であり、同い年の子供たちとの無価値な話の方が面白いのだ。
しかし彼らとベネディクトゥスでは話す内容が異なり、両者ともに楽しむことができない。そのため自然と彼は人の少ない壁側に流れていく。当然壁側で話していない子供は癖の強く、周りに馴染めないものが多い。それでも他人に興味を持つのか頻繁に視線を向けるものだが、ごくまれに自分の空気のままに生きる自由気ままな者もいる。
ベネディクトゥスがたどり着いた壁際はそんな二人の幼女の間であった。一人は魔術大全と書かれた分厚い、それこそ人を殴れば殺せるほどの本を読み、もう一人は椅子に座ろうとしたところで力尽きたように椅子にもたれかかるように眠っている。
さすがに寝ている状態が悪すぎると感じたベネディクトゥスは眠っているピンクに近い赤髪の幼女に近づき、揺する。
「ほら」
「んぅ……」
揺する。
「起きなさい」
「んんぅ……」
揺する。
「起きなさいって」
「んんんッ……」
「……ねえ、うるさいのだけど」
三度読みかけても赤髪の幼女からはうめき声しか返ってこなかったが、代わりにもう一人の黒髪の幼女から苦情が飛んできた。流石に本を読む人の隣で煩くし過ぎたと彼も思っているようだ。
「すみません。流石にこの状態で寝るのは体に負担があると感じたので体制を整えてもらいたかったのです」
「ふぅん?殊勝な心掛けね。それは彼女が大公爵家の一人娘だから?」
ベネディクトゥスが得ていない情報がさも当然のように言い放つ彼女。
ベネディクトゥスは大公爵について知っていてもその家の子供が誰なのか今の状態ではわからないため、彼女の言葉には否定する。
「いいえ。彼女が大公のご息女だとは気づきませんでした」
「へぇ、そうなの。じゃあ、あれはただのおせっかいということね。お優しいのね」
「はぁ。優しいかどうかはわかりませんけど、あの状態よりはましでしょう?」
「普通自分の家よりも上に属する子供にお節介なんてしないわ。それで怪我なんてさせれば弱い家の方が悪いもの。……いいわ、貴族について疎いあなたにわたくしが特別に貴族について教えて差し上げます」
彼女はベネディクトゥスの返事がないまま、意気揚々と語り始めようとしている。
ベネディクトゥスも復習に彼女の言葉に耳を傾けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます