第21話「特戦隊の一番長い日(状況終了)

 高圧電流を解除されたヘルズドアが、歌うような音を奏でて開いてゆく。そこに、二人のシルエットが浮かび上がるように現れた。そして、ゆっくり、ゆっくりと歩き出す。


 片足を引き摺るようにしているのは高嶺だ。そして、その高嶺の肩にぶら下がるようにしているのが大藪だろう。かなりのダメージを負っているのは明らかだが、二人は間違いなく生きている。


「ミク!」


 王子聖子が大藪に向かって駆け出した。そして、高嶺からひったくるようにして受け取り、力の限り抱き締めた。


「あ、聖子、ちゃん。えへへ、ミク、やったよ」

「うん! うん! 頑張ったね、ミク! 見てたよ、私、ちゃんと見てたんだよ!」


 にへっと間抜けに笑う大藪と、涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにする王子聖子の間に、もはや上官と部下という垣根は無い。


「でも、ごめんね。ミク、もっとアイドル頑張ってたら、こんな事にならなかったよね。ごめんなさい、ごめ」

「そんな事を言わないで。お願いだから、言わないで。あなたは偉いわ。頑張ってたわ。私はそれを知ってる、知ってるの。だから謝らないで、あなたは誇り、私の誇りなんだから」

「そ、う? なの? あ、は。嬉しい、ミク、頑張って、良かったぁ……」

「ミク? ミクっ! 衛生科は? 衛生兵はまだですかっ!」


 大藪のダメージは見た目より重そうだ。今や跡形も無くなっているが、シールドを装備していた両腕は、多分折れているだろう。多層装甲の重プロテクターもほとんど全て吹き飛んで、アサルトスーツはボロボロ、肌がむき出しになっている。


「准尉」

「高嶺」


 そして、俺の目の前にいる高嶺も、大藪に負けず劣らずボロボロだった。状況開始から終了まで、42秒。そんな数字では計り知れないほどの激闘だったのが窺えた。


 そのまま、俺は高嶺を見つめ続けた。言いたい事はたくさんあるはずなのに、何も言葉が出て来ない。きっと、喉で言葉が渋滞しているのだ。多分事故とかも起こってる。そして通行止めになったのだろう。


 でも、これだけは言いたかった。「ありがとう」と。それを聞いた高嶺は、首をぷるぷると左右に振った。そして、思いがけない事を口にした。


「ううん。ありがとうは、私の台詞。ありがとう、准尉。私を、見捨てないでいてくれて」

「見捨てる?」


 逆光のせいで、高嶺の表情は分からない。直後、


「む、あれは? 准尉」

「え? あ!」


 弐瓶貴久に呼びかけられて、彼の示す方を見た。それは夜空に浮かぶCH-47J。大型輸送ヘリだった。そして、そのヘリから、パラパラとゴマ粒みたいな影が降りだした。


「おおおーい!」

「ハナちゃん! ミクちゃーん!」


 そのゴマ粒は、地上に近づくほどに大きくなり、叫んでいる。それが音無カコや他の特戦隊員たちだとようやく認識した時には、もう彼らは着地していた。


 ええー。パラシュート無しであの高さから飛び降りて平気とか。強化人間とんでもねえ。


「うあああああーーーっ! ハナちゃん! ミクちゃん! ごめんね、私、いなくて、ごめんねええええーーー!」


 一番に降りた音無カコが、高嶺と大藪に飛びついた。


「二人とも無事で良かった! 凄いな、ハナ! ミクも!」


 続いて来たのは遠山真也だ。音無カコも遠山真也も、キラキラしたアイドルのコスチュームで、髪もバッチリ決まっている。どうやら東京プロデュースを放り出して駆けつけたようだ。


「おおーい!」

「遅くなってすまん!」

「敵は? 誰か装備を俺にくれ!」


 他の戦隊員もバラバラとこちらに向かってくる。あの様子だと、かなり情報が錯綜していたと見えるな。非常招集から1時間ほどしか経ってないんだ。無理もないよな。


「落ち着け貴様ら! なぜここにいる? 東京プロデュースはどうした?」


 わらわらと高嶺と大藪に集る戦隊員たちを、弐瓶貴久がきっちり制した。頼れる弐瓶貴久がお戻りですね。


「そんなもん、放り出して来ました!」

「高嶺と大藪が危ないって、馬渕司令から連絡が来たんです!」

「何? 馬渕司令、から? だと?」


 弐瓶貴久が驚愕した。そんな馬鹿なと言いたげだ。


「命令か?」


 弐瓶貴久が確認する。


「いえ? ……あ、そう言えば、戻れとは……」

「言われて、無い……」

「命令されてない、のか?」


 うわあ。嘘だろ、こいつら独断で戻ってきたの? ヘリまで調達して? そして、東京プロデュースを放棄して? これ、ヤバい予感しかしないぞ。


「東京プロデュースって、東京ドームコンサート、なんだよな?」


 怖すぎるけど恐る恐る聞いてみた。なんかみんな、顔真っ青で口が鯉みたいにパクパクしてる。


「……ですね。東京ドーム貸し切りで、全席ソールドアウトしてました……」


 誰かが辛うじて答えてくれた。


「それを放棄……これ、どうなんのかな?」


 これには誰も答えなかった。そやな。せやかて工藤、こんなん誰も分からへんわ。そらそうやで。


「で、でも! 仲間の危機に助けに行かないなんて、特務戦隊の名折れであります!」

「そ、そうであります! 我々は、ファンよりも仲間の方が大事なのであります!」


 なんか良いこと言い出したぞ。それで押し通せるといいよね。分かる。なんか感動的にして、いい感じに有耶無耶にしたいよね。特にお金の事とかね。


「みんな……! ありがとう! みんな、本当にありがとう! みんな、私の大切な仲間だよっ! 私、すっごく嬉しいよっ!」


 しかし、そんな打算を高嶺はひたすら素直に受け取った。涙なんかも流してる。


「高嶺っ!」

「おお、高嶺え!」

「救世主、高嶺!」

「お前は特務戦隊のヒーローだ!」

「それみんな! 高嶺を胴上げだ!」

「大藪も、それそれワッショイ!」

「ワッショイワッショイ!」

「ワッショイワッショイ!」

「ありがとー! みんな、ありがとおおおおー!」

「いった! ちょ、ミク、折れてる! 折れてるから!」

「きゃあああ! ミクーっ!」


 そしてこれである。夜中、山奥の特戦区前では、クライマックスシリーズを制したかのような盛り上がりを見せていた。凄い熱気だけど、これ多分、みんな現実逃避してるよね? この後、なんか凄い大変な事になるって分かってるからこんなに盛り上がってんだよね? 分かる。


 にしても、馬渕司令はなんで駐屯地の危機を東京に知らせたのだろう? 命令でもなんでもなく、ただ知らせただけなんだろ? こうなるのが分かっててやったのなら、相当罪深いよな。分からん。あの人、どういう人なんだ?


「ふふふ。司令らしいにゃ」

「うわ。なんだデコ助か。人のそばで不気味に嗤うの、やめてくれる?」

「デコ助言うにゃ!」

「はぶわっ!」


 また殴られた! 親父にもぶたれたことないのに!


「あーもうムカつくにゃ! にゃーもう! にゃは、にゃはははははははっ!」

「なんだよもお、人をぶん殴っといて笑うなよお」


 でも、こいつが笑うとこ、初めて見た。でもないか。あの蟹パーティでも、お前はそうやってみんなを見ていたっけ。でも、あの時の笑顔よりも屈託無くて……、なんか、凄くキラキラして見える、よ。


「お前も混ざれよ。きっと、楽しいと思うから」


 余計なお世話だよな。でも、言いたくなるんだよ、お前を見ていると、俺は。


 お前も、プロデュース出来たらな。5期生だしアグレッサーだし、アイドルやる必要なんか無いんだけれど。嗚呼、心の底から残念だ。


「……いいんにゃ。もう、十分、楽しいかりゃ……」

「そうか。良かったな。うん、本当に、良かった」

「頭、撫でりゅなぁ」


 こうして、特務戦隊の一番長い日は、終わりを迎えた。

 後に、処理し切れない程の負債を残して。


「あ、そういや、高嶺から貰ったプレゼント……ま、後で、あいつの目の前で開けるとするか」


 俺は小さな袋を制服のポケットにそっと仕舞った。俺は、これを後悔することになるのだが、それはまた後の話だ。


 そして、新しい一日が、また始まる。

 日下部みのりが、その姿を消したままに⸺。

 



           【第一部:状況終了】



※ご愛読ありがとうございました。連載再開は10月30日からとなりますので、引き続き宜しくお願い致します。






 

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アーミーアイドルは推されたい! 尾頭廡 @miruto9216

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