第20話「特戦隊の一番長い日⑧」/9

 エース。それは、多数の敵を殲滅した者が得る称号。一般に、航空戦隊ならば5機撃墜すると、エースと呼ばれるようになる。しかし、これは通算であり、一度の戦闘で墜とした数ではない。


 だが、特戦隊のエースは違う。一度の出撃で10体倒した者がそれを得る。討伐戦の通常編成はスリーマンセル6小隊の、総勢18人である。そして、敵はその3倍だ。つまり、アタッカーは、全員エース級の働きをしなければならないのだ。


「エリ絵は、いつも一人で30体は倒していたにゃ。その時のエリ絵の担当官は、当時一尉だった、馬渕司令。……多分、馬渕司令は、エリ絵の力を怖れたにゃ。だかりゃ、こんなものを、エリ絵の心臓に埋め込んだのにゃ……。だかりゃ、エリ絵は、自由には、動けにゃい……」

「え? 何のこと? 江吉良一尉は何を言っているんですか、准尉!」

「言えない。言っていいものなのか、俺には判断出来ない」

「そんな!」


 ライオット・スタンシーバー。俺が持つ支給品端末には、こいつの起動アプリが入っている。こいつのスイッチを入れれば、強化人間の心臓をその大電流で完全に破壊する。そして、もちろん【プラント】の蘇生装置が使用される事もない。それが、ライオット・スタンシーバー。強化人間暴走抑止装置だ。しかし、全員に埋め込まれているわけじゃない。俺はそう聞いている。


「馬渕司令はお前の位置を把握しているって事だな?」

「こいつが、エリ絵の胸にあるかりゃね」


 俺は話を逸した。王子聖子や弐瓶貴久には悪いが、これは俺と江吉良エリ絵だけが分かればいい。


「分かった。辛い事を言わせてごめんな」

「頭、撫でりゅな」


 本当にごめんな。嫌かも知れないけど、俺にはこれくらいしか気持ちを形にする術が無い。お前は本当にいいやつだ。だから。


「馬渕司令がさ、それを埋め込んだの、きっと、お前を失いたくなかったからだと思うよ」

「しょう、かな? しょうだと、いい、にゃ……」


 俺もそうだと思いたい。馬渕司令がこんな危機にも出撃許可を出さないのは、江吉良エリ絵が大切だから。そう。きっとそうだ。


 しかし、なら、高嶺にこれを埋め込んだ理由はなんだ? 本来の用途であれば、高嶺が”危険”だと判断されたってことか? あいつが? なぜ? かなり強いらしいのは俺でも分かるが、その力を振るうのは高嶺だぜ? アホだしこんなの無くても平気だろ。


「ふむ。江吉良一尉については、出撃出来ないという一点でだけ理解した。とにかく今は目の前の緊急討伐戦だ。そろそろ、二人が特戦区内部に到着する」

「はい!」


 俺たちは装甲車内にあるモニター前に詰め寄った。このモニターは、特戦区内カメラ映像を映している。見てても多分何も分からないだろうが、ぼーっと星を見上げているよりはマシだろう。


「来たわ!」


 特戦区内部大扉が、ぎぎぎと鳴きながら開いてゆく。ここに退路は存在しない。特戦区に入ったら、敵の殲滅が確認されるまで、この内部大扉は何があっても開かない。例え、二人が死んでも、だ。


 長く細く狭くて暗い通路の途中、幾つもある防護扉を抜けた後、辿り着くのがこの最後の大扉だ。隊員たちは、これを”ヘヴンズドア”と呼ぶ。対して、外部大扉は”ヘルズドア”だ。隊員たちは、この天国への扉と地獄の門を行き来する。


「まるでここはヴァルハラだな。とすると、高嶺たちは、エインヘリャルってことになる、か」


 ラグナロクに備え、朝から晩まで毎日毎日ヴァルハラで殺し合い、鍛え合う戦士たち。そして死しても生き返り、また戦う選ばれし魂、エインヘリャル。ワルキューレに栄誉ある戦士として選ばれた彼らは、果たして幸せなのだろうか?


「行くよ、ミクちゃん!」

「うん! 守りは任せて、ハナちゃん!」


 二人が構えた。その先に、特定危険生物たちがいる。


「「状況開始!」」


 二人の姿が掻き消えた。


 考えてみれば、一般向けに考えられた呼称である”特定危険外来生物”なんて、全く呑気なもんだと思う。こいつらのあまりの危険度に、あえてこんな、まるでブラックバスとかセアカゴケグモみたいなイメージを与える呼称にしたと言う。


 正式呼称は『超常外来生物』だ。人智を超えた生物だという意味が込められているこの呼称を広めていたら、確かに情報統制はやりにくくなっていただろう。


 そしてそれが、人類を滅ぼすほどのポテンシャルを秘めていると分かったなら、きっと人々はパニックに陥っていたはずだ。それがこの国に、日本にしかいないと知ったなら、我先にと海外へ逃げる者が続出していた可能性だってある。


 それは、日本のGDPに大ダメージを与えることになっただろう。だから、国はこれを秘匿した。いつだって大衆は、都合の悪い真実を知らされない。これが大局的視点による決断なのだ。


「ふふん。でもさ、これ、日本人を舐めてるよな」

「准尉?」


 考えても見ろ。だからって、日本人が尻尾を巻いて逃げ出すか? 俺は、そんな民族じゃないと思っている。だってさ、モンゴル帝国だって撃退したし、あの戦いで鎌倉武士はとんでもなく頭オカシイって知らしめた。日本の一地方でしかない薩摩藩が、当時全世界の4分の一を支配していたあの大英帝国と戦って、しかも勝っちゃうような民族性だぜ? 


 戦力差20倍って言われてた、あのロシアのバルチック艦隊だって、なんとほとんど無傷で全滅させた。第二次大戦でも、負けると分かってて戦った。


 でもこれは、その結果たくさんの植民地を奴隷支配から解放したから、俺は実質勝利だと思ってる。普段温厚な日本人だが、いざ戦うとなるとクレイジー。それが世界の共通認識になってんだ。


 そう言えば、江吉良エリ絵の二つ名である”不死身”は、あの舩坂弘軍曹から来ているらしい。1回心臓が止まって死亡診断されたにも関わらず、自力で生き返ってまた米兵を殺しまくり、たった一人で敵を恐怖のずんどこに陥れた”不死身の分隊長、舩坂弘”。つまり、江吉良エリ絵も、実は何度も死んでいるってことなんだろう。多分。


「ははっ、そんな血が、あいつらにだって流れてる! だから!」

「あ、ああっ!」


 俺が指差す先のモニターには、にっこり笑って拳を高々と掲げる高嶺が、大藪に肩を貸して立つ姿が映っていた。そして、高嶺は、更に親指をびしっと立てた。俺はそれを、美しい、と思った。


「ふぅん。やるにゃん」


 江吉良エリ絵が、そんな二人を愛おしそうに見つめている。その汗を握る拳は、お前も一緒に戦っていた証だろう。


「凄い……! フル装備の高嶺三曹が、まさかこれほど強いとはっ……!」


 抜き放った脇差しを腹に当てていた弐瓶貴久が、その手を止めて画面に食い入る。おいもう切腹するつもりだったのかよ。


「え、ええっ? 状況開始から、42秒? 早いっ! これ、早過ぎですよ、准尉! は、はっ、きゃーーーっ! やったあああああーーーっ!!」


 王子聖子が俺の背中に抱き着いてぴょんぴょん跳ねた。あ、胸が、背中でぴょんぴょん跳ねるんじゃあー!


「ザッ。状況、終了。高嶺、大藪は、これより、帰投します。ザザッ」


 壊れかけたインカムで、高嶺がそう報告する。


「了解。メシを奢るぞ、すぐ戻れ」


 俺はそう返答した。


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