§007 その後
結果として、瑠璃は風月の下に嫁ぐこととなった。
最初はどうしたものかと思っていたが、此度の件で風月の心根の優しさに触れ、「この者と添い遂げるのもありなのかな」という心境の変化があったからだ。
けれど、瑠璃は後宮には入らず、このままこの屋敷に住み続けることになった。
これは久遠家という除霊を専門とした特別な家柄を宮廷内だけではなく、広く役立ててほしいという風月の計らいによるもので、同時に風月の度量の深さを感じさせるものでもあった。
これで面倒くさい後宮事情というものに巻き込まれることもないし、望まぬ夜伽もしなくてよいから、その点では、かなり気が楽である。
まあ、夢の後宮暮らし~と鼻歌を歌っていた強欲宮女が泣き崩れたのは想像に難くないが……。
そんな強欲宮女である真緒がまた新たなるネタを持ってくるまでにそう時間はかからなかった。。
「瑠璃様、瑠璃様! 聞いてください! 私、恋愛小説が大好きなのですが、長らく続きが出てなくて半ば諦めかけてた小説の最新刊が、なんと最近になって発売されたんですよ!」
……恋愛小説。
その単語を聞いて、最近小屋で読んだ例の小説のことを思い出した。
これもまた何かの縁かと思って、珍しく真緒の話に乗ってやることにする。
「どんな話なのだ?」
「大好きだった幼馴染みを帝に娶られてしまった男性の生涯を描いた悲恋だったのですが、最新刊はなんとまさかのハッピーエンドだったんですよ!
「なぜ結末まで言ってしまうのだ。おぬしは私がその小説を読む可能性を考えないのか」
「だって瑠璃様は恋愛小説など読まないじゃないですか」
ぶうたれた表情を見せる真緒。
ただ、この真緒の発言はあながち間違いではなく、瑠璃が今まで読んできたのは除霊などに関する専門書のように難しいものばかり。
(……そういえばゆっくり恋愛小説など読む機会などなかったな)
自身の恋愛の疎さはこういうところからきているのかもしれないな、と思いつつ、瑠璃は真緒に尋ねる。
「ちなみに作者の名はなんと言うのだ?」
「
「……いや、知らぬ名だな」
……琉駿。
真緒からあらすじを聞いた時点で何となく察しはついていたが、瑠璃はどうにも口の端が上がってしまうのを隠せなかった。
本当にまあ……どこまでも義理堅いやつだと思う。
しかも、理数系の才能だけでなく、文系の才能まで持ち合わせているとは、あやつが帝になったらこの国は安泰かもしれんな。
そんなくだらないことを考えていると、別の宮女から瑠璃に声がかかった。
何やら風月が訪ねてきたということらしい。
瑠璃は人払いをして、風月を部屋へと通す。
「おぬしが訪ねてくるとは珍しいな。何か急用か?」
「用がなければ訪ねてきてはいけないのか?」
その言葉に不覚にも心臓が跳ねてしまうのを感じる。
「……いや、そういうわけではないが」
若干しどろもどろになる瑠璃を余所に、風月は表情一つ変えずに続ける。
「瑠璃、そなたに会いたかったから……というのが理由ではだめか?」
その紡がれた言葉に瑠璃は思わず目を見開いた。
何を隠そう、風月が瑠璃の名を呼んだのはこの時が初めてだったからだ。
「からかっているのか? 珍しく名前などで呼んで」
「からかってなどいない。自身の妻の名を呼ぶのは当たり前のことであろう」
瑠璃の返しにも決して動じることなくひたむきな視線を向けてくる風月に対して、顔が見る見る朱色に染まるのを感じる瑠璃。
除霊にばかり打ち込んできた身。
こういったものに瑠璃は全くもって慣れていないのだ。
しかし、そんな瑠璃の心境を知ってか知らずか、風月は更に言葉を続ける。
「瑠璃は、私の名を呼んでくれぬのか? 今まで一度でも呼んでくれたことはなかろう」
「い、一度だけある。私が初めておぬしを訪ねた時」
「あれは私の名を呼んだわけではない。私の名を尋ねただけだ。それに一度呼んだことがあるのなら、二度目は容易いだろう」
そうして今日初めて感情という感情を表に出す風月。
その表情は、美しすぎる容姿にいたずらっぽい笑みを湛えたものだった。
そして、風月は瑠璃の瞳を真っ直ぐに見つめた。
瑠璃も最初はそんな風月の瞳を見つめ返していたが、さすがに耐えられなくなり、わずかに目を伏せると、聞き取れないほどの微かな声で言った。
「……ふ、風月」
その言葉を聞いて、安心したように「ふっ」と溜息を漏らすと、風月は居住まいを正して言った。
「瑠璃、ばたばたしていて伝えるのが遅くなってしまったが、今、この場でちゃんと言葉にしておく。私はそなたを心より愛し、一生添い遂げることを誓う。この言葉に嘘偽りはない」
心に響く、真っ直ぐで誠実な声音。
ここまで真摯な声を紡げる人がいるのかと瑠璃の瞳は揺れ、同時に今までどうにか堪えていた屈託のない笑みが零れてしまう。
「風月は嘘つきだから、言葉だけでは信用できぬ。私を納得させられるだけの証拠を示せ」
こんな恥ずかし紛れの軽口に、ついには風月も笑みを零した。
「そんな嘘を暴くのが瑠璃の得意分野であろう。私の真の心の内。暴いてみせよ」
そうして二人は笑い合った。
「私達は思ったよりも似た者同士なのかもしれんな」
「私のことを最初は変わり者呼ばわりしていたではないか。となると、瑠璃も変わり者ということになるぞ」
「そうかもしれぬな。こんな変人のことを好きになってしまったのだから、私とて大概変わり者なのだろう」
そこまで笑い合ったところで、風月がゆっくりと口を開いた。
「私はこれから北の地の地図を作るために、一月ほど旅に出ようと思っている。そこで……出来れば瑠璃にもこの旅に同行してもらえないかと思っているのだが」
「私が? 北の地にも浮霊がいるという情報でもあるのか?」
その問いに風月は首を横に振る。
「いや、私が単純に瑠璃を旅をしたいと思っただけだ。此度の湖の旅は思いのほか楽しかったから」
「……そうか」
考えるまでもなく、瑠璃の心は決まっていた。
ただ、焦らすように、試すように一度瞑目する瑠璃。
そして、しばしの沈黙の末、ゆっくりと目を開けると、瑠璃色の瞳を凪の湖面のような水色の瞳に合わせ、言った。
「――付き従おう。それが妻のつとめであるならば」
これは後に帝となる太子と、その妃となる特別な力を持った少女の出会いの物語。
そう、二人の旅はまだ始まったばかり。
太子は地図を作るため、少女は浮霊の未練を果たすため、それぞれの信念の下に世界を巡る。
そんな物語のほんの一幕にすぎないのだ。
(了)
--------------------------
【あとがき】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本作は「世界を変える運命の恋中編コンテスト」のために書き下ろした作品であるため、ひとまず、ここで一区切りとさせていただきます。
慣れない女性モノの、慣れない和風ファンタジー、慣れない三人称に挑戦してみたのですが、いかがでしたでしょうか。
もし、本作をお楽しみ頂けたという方は、作品トップページ又は最終頁のレビュー投稿ボタン(「+」ボタン)から★1~3の三段階で評価をいただけると嬉しいです。
今後、本作を長編化する機会がありましたら、瑠璃の除霊や風月の地図作りなど二人の旅路を描いていければと思っております。
あ、もちろん二人の恋愛にも焦点を当てるつもりですのでご安心ください。笑
帝仕えの[送り部]女官~貴方の魂、私が黄泉へと導いてみせます~ 葵すもも @sumomomomomomomo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます