§006 事の顛末

 帰りの道中は終始無言だった。

 母親同然の妃の未練を果たすことができたとはいえ、風月の心中は察するに余りある。

 さすがの瑠璃もそこまで無粋ではないのだ。


 そんな中、先に口を開いたのは、風月の方だった。


「そなたはどこまでわかっている」


 そのわかる者にしかわからない問いに瑠璃は平然と返す。


「……おそらく全て」


「帰り道の余興だ。そなたの見立てを聞こうじゃないか」


 その声は既に観念したかのような小気味良さが混じっており、瑠璃の心も少し軽くなる。


「――おぬしはあの墓の場所に既に行ったことがあったな?」


「なぜそう思う?」


「順序立てて説明しよう。最初に違和感を覚えたのは、おぬしが名指しで私を指名したことだ。除霊師を名乗る輩は数多いる。もちろん、私のような経験も浅い小娘ではなく、もっと高名な除霊師も。それなのにおぬしは私を選んだ。そこでおぬしは私の――『浮霊の声を聞く能力』が必要なのだと思った」


「…………」


「次に違和感を覚えたのは、宿の主人が浮霊はおろか、見えない壁のことを全く関知していなかったこと。おぬしがこの地を訪れたのが既に三年前。そこから随分と時間が経っているのに、噂の一つも立っていないのはさすがにおかしい。この時点で私は『見えない壁』の存在に対してかなり懐疑的になっていた」


「…………」


「最も決定的だったのが、小屋の書物で折り目を発見した時だ。染みなどの痕跡からあの折り目はかなり最近つけられたものであることはすぐにわかった。著者である琉駿がつけたものでないとすると、では誰がつけたのか。と考えるまでもなかった。頁数を座標に見立てるなど、誰でもできることではない。もうこの時点でおぬしは既に一度この小屋を訪ねているという予想がついた。同時に『見えない壁』の話は嘘ということになる。そこまで分かればあとは違和感のピースを辿っていけばいい」


「…………」


「『見えない壁』の話が嘘ということになれば、立ち入れないから地図を作ることができなかったというのも嘘。しかし、実際に作られた地図は現実の地形とはかけ離れたもの。特に琉駿の墓があった地点こそが顕著な例だ。あそこは地図上では湖の底ということになっているが、実際に訪れてみたら湖から離れた陸地だった。おぬしは――敢えて偽りの地図を作ったな? 自分以外にあの場所が決して暴かれないように」


「…………」


「おぬしの目的は最初から琉駿に首飾りを返すことだった。そして、どうにか琉駿の居所を突き止めて小屋を訪れた時には既に琉駿は亡くなっていた。墓の場所を特定することまではできたが、残念ながらおぬしには霊感がなかった。だから、琉駿の小屋、墓を見つけられても浮霊と接触することが、いや、そもそも琉駿が浮霊となっているのかの判断もできなかった。そこで、おぬしは『浮霊の声を聞く能力』と『その感覚を共有できる能力』を持つ私に興味を持ったのだ。ここまでが私の推察だ」


 瑠璃はそこまで言うと、足を止めた。

 風月もそれに合わせるように数歩歩んだ後、歩を止めて向き直った。


「ご明察だ。全部そなたの言うとおりだ。何の申し開きもない。私はただ私のを成就させたいがためにそなたを巻き込んだ。こんな辺境の地まで付き合わせてしまったこと、心から申し訳なかったと思っている」


「本当に嘘にまみれた男だ。ただ、少しだけ見直したとも言える」


「見直す? どこに見直す部分があるというのだ」


「最初に相対した時は合理主義の冷徹な人間だとばかり思っていた。私は本当にこんな人の血の通っていない者のところへ嫁がなければならないのかと辟易したよ。でも、今はそうは思わない。おぬしは心優しき者だ。琵琶妃の未練を晴らしてあげるためだけに、これだけ大がかりなことをやってみせたこそがその証明だ」


「いや、間違ってない。私は合理主義で冷徹な人間だよ」


「琵琶宮が死ぬのを黙って見過ごしたからか?」


 その言葉に風月が目を見開く。


「ここからは何の証拠もない私の完全な推測だが、おぬしは琵琶妃が自害するのを知っていたのではないか? そのタイミングでおぬしは琵琶妃から首飾りを託された」


 一瞬、押し黙った風月だったが、自らを嘲笑するように「ふっ」と笑みを零すと瑠璃から視線を逸らした。


「……そなたは少しばかり優秀すぎるようだ。私はそこまでの真実を求めてはいない」


「でも、おぬしは後悔しておるのだろう?」


 この言葉に再度押し黙ってしまった風月だったが、気持ちの整理を終えたのか、ふぅと軽い溜息をつくと語り出す。


「ああ、全てそなたの言うとおりだ。私は琵琶妃が自害する夜、彼女に呼び出され、首飾りを託された。本来であれば、彼女の自害を止めるべきだった。しかし、当時の私はまだ幼く、琵琶妃を救い、后妃と対立してしまうことが心底怖かったのだ。そして、私は彼女を見殺しにした。これは私の罪であり、私が一生背負わなければいけない罰だ。こんな人を一人救えない私を冷徹人間でなくて、何だと言うのだ」


「……いやおぬしは心根の優しい人間だ。それは他ならぬ琵琶妃がそう思っているからだ。……おぬしには聞こえなかったのか。琵琶妃の最後の声が」


「え、」


「本当はおぬしにも聞こえたのだろう。――『ありがとう』という子を想う心優しき声音が。琵琶妃はおぬしを許し、そして感謝している。だから、おぬしもいつまでも過去に縛られずに前を向いて歩いてもいいのではないかな」


 言葉を噛みしめるように頷いた風月は、遙かなる蒼天を見上げた。


「……ありがとう。そなたと一緒に旅ができたこと、心より嬉しく思う」


 そう言った風月の表情は、まるで憑き物が取れたように晴れ晴れとしたものになっていた。


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