化身は訪う訪うやってくる

雨の陽

Fallen Life

人外、墜つ

暗転。 浮遊感。 落下。




「…………………は?」




唐突に、立て続けに起こる事象に、理解が追いつかない。

今の今まで見えていた光景が軒並み一瞬にして清々しい青空に変わったことで、少年の頭はパンクしそうだ。

天に足を伸ばして直立している体勢のまま首を上に向けると、はるか遠くに大地が見えていた。





———————————どういうことだ?





幻覚の類に惑わされているのでなければ、自分は今推定高度十数kmを頭からの自由落下運動にて体験していることになる。



おかしい。



今日は別にパラシュートなしでのスカイダイビングなど予定に入れていなかったはずなのだが。

スカイダイビングといえば、自分をここまで連れてきたであろうヘリも飛行機も見当たらない。

雲ひとつない快晴に、地平線の果てまでそんなものは無いと思い知らされる。



白雪のような白い瞳に、驚愕と困惑の色が象られた。




「……なにこれ、ドッキリ?」


【希望的観測もほどほどに、ですよ】


「絶望的な状況下に置かれてるのが前提なのやめて?」




開口一番、心を折りに来る。




【後ちょっとで超質量の物体に押しつぶされてお煎餅になるところだったんですから、間一髪でしたね。今も危険な状況には変わりませんが】


「もし君に顔があるなら、今の表情って満面の笑みだよね。口調がすごく楽しそう」


【そんなことありませんよ。あなたを心配して、心配しすぎて泣き顔になってます。よよよ】


「よく言うよ、僕を殺したいくせに」




"彼女"と交える、普段通りの応酬。




【愛故のことなんですから、目をつぶって大人しく死んでくださいな】


「事情を知らないと、僕たちが恋仲だなんて微塵も思わないよね。冗談じゃなく本気で殺しにかかってくるし」




楚々としながらも、恥じらい混じりに小さな声で「…好きです」と言っていた"彼女"は、どこに行ってしまったのだろうか。



肉体的な死を迎え、記憶を"彼"の脳へとインストールしてからはずっとこんな感じだ。


自分だけ死んでしまったことが寂しいようで、あの手この手で殺そうとしてくる。


記憶に過ぎない儚い存在なのだと"彼女"に同情して意を汲んで行動すれば、次の瞬間には頭からダンプに押しつぶされるのだ。


思考や記憶、感情に至るまでの全てが筒抜けなので、油断も隙もあったものじゃない。




【失礼な。私ならダンプなど使わず、コンクリートで身体を固めてから海の底へと沈めて窒息と水圧のダブルコンボで消します】


「そんないかにもなYAKUZAスタイルの殺し方、今日日聞かないよ」




なんだかんだで、変わってしまった恋人のことも受け入れつつあり、今はこういう会話を楽しむ余裕さえある。



ただ、




美鈴みれい


【なんでしょう?】


「今まで2,3分くらい話してたんだけどさ」


【はい。まだお話ししましょう?】


「僕もそうしたいところなんだけどさ、空中で体勢を取る訓練とか受けてないからこのままだと頭から突っ込むことになるんだよね。地面に」


【あの綺麗な青空を眺めれば、そんな些細なこと気になりませんよ。最後の景色には打って付けではありませんか】


「僕は死にたくないんだな、これが。んで、ものは相談なんだけど君が制限かけてるブースト、解禁してくれない?」


【えぇ、いいですよ。要請を挟んだ手続きなので、すぐにでも使える状態です。いつでも使用できますよ】


少年の身体には、体内に貯蔵している燃料を用いて爆発的にエネルギーを放出する機構が備わっている。



無論、ただの人間ではない。




「やけに聞き分けがいいね。何か企んでる?」


【そんなことありませんよ。……あら、ブーストの使用権限は依然私に付随してますね。譲渡も面倒ですし、私の方から制御を行いますね】


「それはだいぶまずいよ?」




日本軍所属生物型戦略兵器「ヒューマノイド」試験体001霜刀称蓮しもとねれん




【本日は、の航空便‘でっどおあでっど’にご搭乗いただき、誠にありがとうございます】


「身体を傾けないで!衝撃が!衝撃がまずい!……しれっと加速させるなぁ!」




敵国内部からの侵略に長けた現日本軍の主戦力は、人知れずその命を散らそうとしていた。




【本機はこれより母なる大地へと回帰いたします。降りる際は、お手数ですが最愛の恋人を連れて旅立たれますようお願い申し上げます】


「なんとか体勢を…!微調整で元通りにするのやめてもらえるぅ!?」




地面に到達するまで、後10秒。 




【それでは…くたばれ⭐︎】


「ちょ待ってこれ本気でやb」




空気抵抗を感じさせない速度で、蓮は異様に固い地面に激突した。







「(もう)死ぬかと思った」


【(ちゃんと)死ぬかと思った】




込められた意味が180度違う。




「流石に焦ったよ。今まで生きてきて高所から落下するなんて経験、なかなか無かったからね」


【イケると思ったのに…。蓮の身体では投身自殺もできないのですね】


「ちなみに他殺ね?」




指摘しつつ、周囲を見渡す。


木はおろか、草一本も生えていない上に、地面が干上がっている。


一様な視界に入り込んでくる異物など、目の前のいかつい黒人くらいしかない。



………。




「ハロー。ヨアナイススキンヘッドイズシャイニング。ハブアナイスデイ、ファ◯キュー」


「煽るってことは殴ってもいいってことだな?」


「あら綺麗なネイティブ」


【なんでこの人自分から死にに行ってるんだろう…】




落下の衝撃に耐えた蓮の頭は、次の瞬間スキンヘッドの黒人によって軽々と陥没させられていた。




「痛ぁ!?何するんですか、普通なら死んでますよ!」


「割と殺す気で殴ったんから、こっちは死んでねぇ方に驚いてるよ。硬すぎだろ、お前」


「怖っわぁ、黒人怖っわぁ。悪口一つで殺意マシマシじゃん…だから嫌いなんだよ、白人・黒人グレインは…」


「んな小さいことで人殺してたら俺はとっくに豚小屋にぶち込まれてんだろ。ヒトじゃなければ問題ねぇけどな」


【……あれ、この人おかしくないですか?】




ここで、首を傾げる。


黒人は英語を話さないことに気づいたからだ。


第三次世界大戦中、欧米各国が黒人を奴隷のように扱い、挙句に大量虐殺まで行った。

それに黒人が対抗した結果、白人と黒人は共存することがなくなったのだ。

文化や技術はもちろん、言語においても例外ではない。


白人による一方的な裏切りの理由は、特段複雑なものでは無かった。


当時の指導者達と彼らに感化された国民が軒並み白人至上主義を拗らせていて、黒人のみならず色付きを徹底的に排斥していったのだ。


その状況に危機感を覚えた黒人の1人が他の黒色人種をまとめ上げ、メキシコの北半分を占領して新しい国を作った。


その国では英語や仏語など欧米の言語は使われず、各地の黒人先住民が用いていた言語体系やコミュニケーション方法で成り立たせているそうだ。


白人と黒人の間にはあまりにも深く広い溝が入ってしまっているため、例外が生じる可能性は万に一つもないはずだ。


とここまで考えると、蓮の目には眼前の存在があり得ないものとして映るのである。


珍妙な動物を目の当たりにしたような心持ちが顔に出ていたらしく、ムッとした顔を浮かべた黒人珍獣は再び蓮の頭を陥没させる。




「…ッ!!せっかく治ってきてたのに!このまま戻らなかったらどうしてくれるんですか?!」


「悪ぃ、顔がムカついた。あと、何かしているわけでもないのに治る速度が早すぎてキモかった」


「理不尽!」




納得がいかない蓮は、ぺちりと黒人の頬を叩く。

数十倍の威力、なんてレベルでは済まない平手打ちが返ってきた。


流石にやりすぎだ、と非難の目を向けるも一瞬で視界は回転・スライドしていく。




「マジで気味悪ぃ…。首取れてんなら大人しく死ねよ、人外」


「あんたの膂力も十分化け物染みてると思うよ、流石スキンヘッド」


「スキンヘッド関係ねぇだろ、気にしてんだよ殺すぞ」


【これ私が何かしなくとも勝手に死ぬのでは?(期待)】




過去の苦い思い出から、黒人に対して当たりが強い蓮。


一見被害者のように見えるが、気味が悪いという理由でヒトの形をしたモノの首を躊躇なくちょんぱする黒人。


唐突に訪れた死のビジョンに興奮して、脳内への呼びかけに応答しなくなる美鈴。


色々と悪い部分はあるが、相対的に見てこの状況で1番混乱しているのは蓮である。

なぜか。




「流石に頭潰せば死ぬだろうな?」


「そうだよ、だからやm…(人が話してる最中くらい殺害衝動は抑えようよ)」


「やっぱ殺せないのか。嘘こくな」




初対面のはずなのだが、異様に絡んで殺してくる黒人に、ため息をつくしかなかった。







黒じ…スキンヘッドの気が済むまで身体を破壊され続け、そろそろ尊厳もクソもなくなってきたなと思うほどには血の海が広がってきた頃。


ようやくスキンヘ…殺戮衝動を抑えることのできないバーサクスキンヘッドはその狂える感情を鎮めたようで、話をすることができるフェーズに移行した。


ちなみに、ここまで漕ぎ着けるのに2時間半以上はかかっている。


正直失ったものが多すぎて、あと少し破壊が続いていたら割と危険が危なかった。




「聞きたいことは山ほどある。山ほどあるが…正直殴り疲れて何か腹に入れたい。てことで、街に向かおうと思うんだがお前はどう思う?」


「自業自得でしょ、このハg…すみませんなんでもないですなのでその手を離してくださいライアーさん」


「不用意な発言で命を落とすぞ、気をつけろよ」


【もうちょっとで死ぬのに!】




美鈴自殺強要者は黙ってようね。



それにしても。


1km先の針穴までくっきりと見ることのできる蓮の視力を持ってしても、周囲に人の住むような環境、ようするに街なんてものは見当たらない。


このハゲの乗ってきたであろう、車やその他の移動手段すら見当たらないとなると、地下にでも建造物を隠しているのだろうか。


核戦争の暴威を避けるため、地下に都市を構える国が増えているとは聞いているが、果たして。




「地平線の限りまで荒涼とした大地しか見えないんだが。街とやらはどこにあるんだい」


「人里離れた無人地帯に、急にお前が降ってきたから俺がこんな辺鄙な場所まで出張ったんだぞ。急ぎだったから当然


「飛ぶ?飛ぶってどうやって…」


「また急ぐからちょっと荒くなる。舌噛まねえように口閉じとけや」


「は?ちょ、まっ…ぁぁあああああああああぁぁぁ!!!!!」




言うや、胴体を掴まれて槍投げの要領で遠投される。


先ほど自由落下の速度を体感したばかりだが、これはそんなものの比にならない。


もはや人の形をした砲弾と化した蓮は、ハゲ──ライアーと名乗った──から受けた暴力のダメージもあり空気抵抗の衝撃に抗うことなく意識を手放した。

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化身は訪う訪うやってくる 雨の陽 @RainSun910

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