第4話 婚約破棄

 来る日去る日を数えて長かった一週間が経った。本日の舞踏会でヴェラは婚約を解消される。

 舞踏会の前日からヴェラはバルリエ公爵家の邸に帰っているのだが、家族には誰一人として会っていない。

 食事も部屋に運ばれて来たものを食べていたので部屋から出ることも無かった。出る必要がない、というよりは両親から屋敷内をうろつくことを禁止されていた。

 部屋は広い屋敷の一番奥にある為、ヴェラ以外にバルリエの者がいるのかすらも分からない。


「ヴェラ様、馬車の手配が整いました」

「ありがとう。今行くわ」


 使用人もよそよそしい。

 声を発するだけで侍女達の肩が上がる。子供の頃からこの生活は変わらない。

 昔、一度だけ魔力が暴走した事があった。それからというもの家族には嫌われ使用人達には恐れられ寂しい幼少期を送った。


 ──それも今日で終わりだ。私は前線に行って素敵なオヤジ様を見つけるのだ。


 信頼しあう仲間も出来て背中を任せて共に戦場で戦う。そんな人生を夢見て人生の一歩を踏み出す。


「さよなら」


 一人馬車に乗り込み公爵家に別れを告げる。

 思い出なんて部屋に閉じこもっていたり家族と顔を合わせようものなら蔑まれた記憶しかないが、一応は十五年間この邸で育って来たのだ。

 決別を終え会場に着くと一人で会場の間に続く廊下を進む。

 一応、まだ婚約者であるダニエルは既に愛しのナディアと同伴で会場にいることだろう。

 この舞踏会には両陛下も参加しする。

 本来の予定であれば、婚約破棄イベントは卒業の時に行われるのだが前倒しで今日婚約破棄をしてもらうことにしたのだ。

 因みに、ナディアをいじめてなどいないが、彼女はどうやら転生者らしいうえにヴェラを蹴落としたいようなので嬉々として嘘のありもしないいじめや嫌がらせをでっち上げてくれた。

 取り敢えずそれを形だけでも否定したり肯定したりしてヒステリーでも起こしておけば無事前線送りになるだろうと考えた。


「ヴェラ・バルリエ様御到着です」


 ドアマンが会場の扉を開く。名前に反応して会場にいた人々は一気にヴェラに注目した。

 一人でいる姿を見るなりヒソヒソと近くの者とヴェラを見ながら話し出した。

 ヴェラは気にすることなくダニエルを探す。彼は直ぐに見つけかった。

 ダニエルはナディアとゲームでの攻略対象者達と共に御丁寧にヴェラの登場を待って断罪する雰囲気を既に作ってくれていたようだ。


「御機嫌麗しゅうございます。殿下」

「挨拶はいい。ヴェラ・バルリエ、私は今日この日を持って貴様との婚約を解消する!!」


 ジャストタイミング。

 ダニエルが声を張ると同時に彼等の背後に用意された席に両陛下が姿を現した。両陛下は突然の事に目を見開き固まっている。

 邪魔が入る前にこの茶番を進めさせてもらおう。


「婚約を…解消、ですか?」


 ヴェラは意味が分からないというように僅かに首を傾け質問する。


「そうだ!貴様はナディア・デュソリエ男爵令嬢をいじめていたそうではないか!そんな性根が腐った者は私の婚約者になど相応しくない!」

「いじめてなんてっ。わたくし、ナディア嬢をいじめてなんていませんわっ」


 必死の形相でダニエルに言い募りナディアへと目を向け睨み付ける。

 視線に気付いたナディアは体を震わせて恐怖の表情を作りダニエルに擦り寄った。


 ──流石ヒロイン。迫真の演技ですね。だけど、殿下に肩を抱かれて顔を俯かせて陰りを作っているけど私からは貴女の口角が上がってるのバッチリ見えてますからね。


「嘘をつくな!ナディア嬢の教科書をゴミ箱に捨てたり2年次には学園祭で使うナディア嬢の衣装を切り刻んだのも貴様の仕業だと証言も複数上がっているのだぞ!」


 確かに二年生の時に学園祭でナディアが舞台で着る衣装が切り刻まれる事件があった。なるほど、どれも身に覚えはないがナディア嬢が受けたいじめ全ての罪を被せる気らしい。とヴェラは悟った。


「そ、そんなの何かの間違いですわ。わたくし、そんな事しておりませんもの」


 ふるふると頭を振って顔を青ざめさせる。我ながらなかなかの演技ではないだろうか、と自画自賛してみる。

 カタカタと身体を震わせる事で周囲には悪事がバレて狼狽え愚かにも未だ罪を認めないみっともない令嬢だと思われていることだろう。


「それだけではない!一週間前ナディア嬢を人気のない非常階段に呼び出し未遂に終わったが、二階から突き落とそうとしたらしいではないか!」


 ダニエルはナディアの肩を抱いて「怖かったであろう」と声をかける。


 ──はいはい、素敵なスチル絵そっくりの場面ですこと。


 ダニエルは一度息を吸って、ヴェラを指差し待ちに待った宣言をする。


「よって、貴様との婚約を解消する!貴様を前線送りとし、自分の犯した罪を反省するが良い!!」

「あ、あっ…。ちが…違うんです、殿下。わたくしは───」


 ヴェラは膝から崩れ落ち地面に座り込む。

 頭を振り懸命に無実を訴えかける。その時だった。


「そこまでだ。話は聞かせてもらった」


 硬直状態だった陛下は既に立ち直り間に割って入り威厳を放つ。

 取り敢えず、茶番は終わった。その事に安堵する。


「ダニエル、ヴェラ嬢含め騒ぎを起こした者達はこの会場から退場してもらう」


 陛下が命令を下すと扉から複数の騎士達が現れ騒動の中心人物達を取り囲み会場の外に連れ出す。その際、ナディアとダニエル以外の攻略対象者達が騒いでいたがヴェラとダニエルは大人しく連行された。

 騎士達は陛下から既に指示をされていたようで、ヴェラとダニエルは両陛下の控え室に。ナディアと他の者達は別の部屋へと連れていかれた。

 両陛下は後から見えられるためそれまで待つようにと言われて部屋に押し込まれた。両陛下は会場に残った人々に謝罪とヴェラ達が仕出かした茶番の尻拭いに追われていた。

 部屋には監視役の者もついていた為ヴェラは陛下が現れるまでずっと俯いて放心状態を装った。


「待たせたな」


 数刻して陛下が部屋に現れた。監視させていた者を下がらせて陛下とヴェラの父でもあるバルリエ宰相を伴って陛下は向かいの席に座り、宰相は陛下の斜め後ろに立つ。

 王妃はこの出来事がショックで別の部屋で休んでいるとのこと。


「ダニエル、何故あのような馬鹿な真似をした」


 目を釣りあげて問う陛下の形相にダニエルが僅かに固くなったのが分かった。


「父上、この際なのではっきりと申し上げます。私はヴェラ嬢との婚約解消を望みます」

「それは、お前が先程会場で言っていたことがを彼女がしたからか」

「そうです。ヴェラ嬢は私の婚約者には相応しくない」


 ダニエルは陛下の目を見てはっきりと告げた。


「ヴェラ嬢、ダニエルが言っている事は誠か。嘘偽りなく答えよ」

「………はい。わたくしは学園でナディア嬢に酷いことをしてしまいましたわ」


 諦めたかのように項垂れて断罪内容を肯定する。すると、陛下から深い溜息が聞こえた。


「陛下、そう気に病む必要は御座いません。殿下が会場で良い提案をして下さったではないですか」


 淡々とそう述べるのはヴェラの父親である、バルリエ公爵だ。


「提案とな…」

「そうです。コレは魔力だけは高い。なので前線に送って国の為の力となってもらうのです」


 実の父親が娘の前で言うことかよ。とも思ったが、父親である彼も前線送りを後押しするのならば余計な面倒事もなく晴れて前線送りとなるだろう。

 陛下は思案する表情を浮かべた。


「バルリエがそういうのならば良かろう。ダニエルとヴェラ嬢の婚約は解消しヴェラ嬢には前線に行ってもらう。ヴェラ嬢はこれを処罰として受け入れるように。良いな」


 陛下と父の目を見ると処刑じゃないだけ有難く思えとその瞳が言外に語っていた。

 この場で直ぐにでもヴェラが彼らに手を下す事が出来るなんて事は考えてもいないのだろう。今まで大人しく、何でも言う事を聞く傀儡であったから今回も大人しく言うことを聞くとでも思っているようだ。自分自身の為に態とそう演じているが。


「は、い。深い御心に感謝申し上げます。前線でしっかりと務めを果たします」


 ヴェラは深々と頭を下げて再び騎士の方に身柄を引き渡され部屋を後にした。

 会場からその足で三日馬車に揺られ前線に連れてこられ、騎士団と魔術師団の駐屯地に身一つで放り込まれた。

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転生悪女はおっさんフェチ 荒々 繁 @bearxoxo

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