第3話 夢見る少女

「では、殿下。この事は他言無用でお願い致しますわね。もし、この作戦が殿下によって失敗しようものならば契約が反故されたと分かった時点で徐々に殿下の身体を腐敗が蝕みますのであしからず」


 ヴェラは婚約破棄イベントを何とか成功させるべく、術が施された契約書に互いにサインする。


「無いとは思いますが、当日もし、前線送りではなく国外追放や処刑等と申した場合も同様に腐敗の術が発動するだけでなく、わたくしはフラガーデニア国全土を敵と見なしますわ。この意味、殿下ならば分かりますわよね?」


 ポケットから扇子を取り出し釣り上がる口角を隠しふふふふ、と声を立てて笑う。

 我ながら悪役令嬢らし過ぎるなと思ったが保険は大事だ。当日にやっぱり処刑するとかなったら溜まったものじゃない。


「……化け物が」


 部屋を出る時、小さく呟いた声が聞こえたが無視して部屋を出る。

 何度目だろうか。こうして人に「化け物」呼ばわりされるのは。

 小さい頃から膨大な魔力を有していた所為で周りからも兄弟からも両親からでさえもヴェラは忌み嫌われていた。

 前世の記憶が戻る前は常に周囲の目や反応に傷付いていたけど、今はどうでもいい。というより、今までがあったからこそヴェラ・バルリエとしての生活に執着もなく前線に行く決心が出来たのだと思った。


 ──乙女ゲームなんかに転生した時はどうしようかと思ったけど、チート設定…悪くないわね。


 寧ろ、公爵令嬢の身でもあり、周囲から隠されるような生活を送っていたから剣術は勿論のこと、護身術でさえも習っていない。この膨大な魔力さえあれば、戦場に出ても簡単に殺られるようなことはないだろう。


「ああ、楽しみだわ。我儘を言えば中世日本か中華の乱世が良かったけれど…中世ヨーロッパがモチーフのこの世界でも軍事国家があるみたいだし屈強な将軍がいるって信じているわ」


 話し合いを終え人気のない廊下を歩く。まだ見ぬ素敵なオヤジ将軍を夢見て脳内妄想が止まらない。

 この世界について調べた所によると、ヴェラがいるフラガーデニア国は軍事方式が古く各国では徐々に軍隊組織を取り入れているのに対し、未だ騎士団を尊重しているとのこと。軍の設立がない為貴族出身の者が多い。

 その為、前線には傭兵が起用される事が多く、またこの国は魔力に長けた者が多い為余計に軍の設立は必要ないと貴族達からの声が多かった。


「軍隊の素晴らしさが分からないとはこの国も終わりね。何時までも魔法が上だと胡座をかけるものではないというのに」


 だからと指摘してやるつもりも毛頭ないが。

 騎士団も確かに相応の訓練をして、戦場に出ることも度々ある。だが、泥水を啜って下から這い上がり、家族、仲間、恋人、大切な人の為に武勲を上げようと成り上がる精神。

 自らは手を汚しながらも願う夢は人々が豊かに平和に暮らせる生活という目的をもって戦場に赴く心持ちが全く違う。

 幹部クラスになれば将軍と負けず劣らずの考えと精神力があるだろうが如何せん貴族出身だと既婚者が多いのだ。


「イケてる屈強なおじ様はとても素敵で魅力的なのだけれど、流石に既婚者には興味無いのよね。」


 騎士団長クラスの人々は既に全員結婚している事も調べたのでフラガーデニアでイケおじを見つけるのは諦めた。

 だが、幸いな事にフラガーデニア国の隣国ディアフォーネが軍事国家であることが分かった。ディアフォーネ国とは現在小競り合いがずっと続いていたが、ここ最近大きな動きがあり近々大きな戦があるという情報を色々と権力や裏を使って情報を掴むことが出来た。

 大規模な戦であれば、隣国の将軍達がこぞって参戦してくるだろう。


 ──理想としては大きな体躯に大きな得物を自由自在に操る屈強な将軍クラスの人物がいい。若い頃は強くなりたいと天下無双を目指して手当たり次第に戦っていたけど色々と達観して今は『強さ』の真髄を見極めている侍魂を持った人がいると良いな~。うぇっへっへ。


 考えただけで涎が……。いけない、もう既に意識が前線のことばかり考えてしまう。ヴェラは早まる気持ちを抑えた。


「婚約破棄は来週なのよね。一週間が長いわ。」


 輝かしい屈強なオヤジとの生活。

 共に戦場で戦い、仲間達にも恵まれ切磋琢磨し合い、カリスマ将軍である旦那様を陰に日向に支え時には陽の下で旦那様を身を呈して守り守られる。波乱万丈でデンジャラスな生活を夢見て一週間後の婚約破棄イベントを心待ちにした。

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