第23話 汚泥の底に見えた記憶……中編

 ハクボクも最初は人間に寄り添おうとしていたんだ。それも、お父さんや周りの神様たちに反対されて、一人も味方がいないのにそれを貫こうとするくらい。



『でも……悲しいすれ違いだったな』



 私は取り残された暗闇の中で、先ほどのハクボクとボクテンの会話を思い出していた。彼らがどんなふうにその友情を築いてきたのかは分からないけど、あのハクボクが親友って言うくらいだもん。きっと強い結びつきがあったんだろうな。


 ハクボクとしては自分を信じてついてきてほしかっただろうし、禁忌を破り追放された両親の末路を知っているボクテンとしては、親友であるからこそハクボクが追放されて同じ目に遭ってしまうことだけは避けたかっただろうし。


 結果的にハクボクを救う道を模索したことで、彼の理想を打ち砕くことになってしまったけど。



『私がボクテンの立場だったらどうしてたかな……』



 仮に光輝くんがハクボクの立場だとしたら。


 だとしたら、私はたぶん苦痛を伴ってでも光輝くんについていくと思うかな。光輝くんが崩壊していくのを遠くから見ているなんて耐えられなさそうだし、それから目を逸らすこともしたくない……って、今の私が言えたことじゃないか。


 ちょっとだけ溜め息が出そうになる。


 私が皆のもとを離れて勝手に行動したのも、自分の中に吸収された千代姫の力が発現して皆の目の前で再び岩になってしまうことが耐えられないと思ったからだし。



『――――――!!』



 自嘲気味に小さく笑った時、また暗闇の中から誰かが話す声が聞こえてきた。


 今度は誰の会話だろう。私はその声に耳を澄ませた。




 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·




 真っ黒な世界に浮き上がってきたのは二柱の影だった。声の判別がつくと次第にその影に色が付き始め、言葉も明瞭に聞こえてくるようになった。


 一柱は主神であるザンパク、もう一柱はボクテンだった。相変わらずその表情だけは黒塗りになっていて読み取ることが出来ない。


 仁王立ちしているザンパクの前で、ボクテンはその額を地べたに擦り付けている。



『惨白様どうかご容赦下さい!!先ほどの判決、考え直してはいただけませんか。僕が彼を必ず説得して見せますから!!どうか追放だけは……!!』


『……奴は良き友を得たようだ』



 その言葉にハッとボクテンはザンパクの顔を見上げた。



『しかし決定は決定だ。それに、奴の説得はたとえお前であったとしても不可能に近いだろう。奴は一度決めたら必ず実行する。特にニンゲンのこととなればな……追放は覆さぬ』


『どうして……白墨は貴方様にとっては唯一残されている家族ではありませんか!!』


『家族……家族か。またそのような表現を……そもそも我ら神に家族などという概念は無かった。貴様も、貴様の両親であるあの二柱も、それだけじゃない。儂が追放を決めた者たちは皆そうだ。やはりの影響を強く受けてしまっておるようだな。きっと、白墨の奴がおかしな考えをもってしまったのも、なのだろうな』


『…………?』



 ボクテンはザンパクがいうというのが誰のことを指しているのかが分かっていないようだった。



『少し昔話をしてやろう。今は亡きについての話だ』


『それって……』


『まあ聞け。儂はこの力を買われて天陽の首長に選ばれた。勝ち取ったという方が正しいかもしれんな。儂らがまだ若かりし頃の天陽の神々というと、他の神々と比較してその数はごくわずかだというのにも関わらず、その一柱一柱の力がとても強力かつ凶悪なものだった。そのために協調性など皆無で各々が己の縄張りを主張してにらみ合っている状態だったのだ。豊かな大地と過酷な環境が共存していた不思議な空間ではあったが、他の神々からしたら魅力的な地であっただろうが、余計な火の粉を被りたくない他の神々は手を出せないでいたのだ』


『天陽にもそのような時代があったのですね』


『大昔の話しだからな。だが、純粋な神だったともいえる。神の本質は基本気まぐれ、己の利益のことしか考えていない。神々が共に居る場合は、友情や愛情などという美しいものではない。で共に行動するのかどうかを決めるのだ。その利益というのが、友情や愛ということもあるが、それ自身がその神の存在理由である場合だな。大抵は退屈しのぎだったりする』


『友情や愛を理由に共にいる神々は、そもそもがその友情や愛を司るか、それに関連する権能をもっている神だから、結局のところその神々ですら、己の趣向でそこに居るということですか』


『そうだ。お前たちの言う感情とやらによる結びつきではない。奴らの存在の構造としてそうあるというだけだ。だが首長となった儂にとって、その状態は不都合だったのだ』


『他の神々の情勢に変化があったのですか?』


『お前は賢い子だな。その通りだ。天陽の神々は個々の力は強いものの、結束力が非常に弱い。対して他の神々はその頃、急激に結束し始め集団を構成し始めた。それに奴らは力は弱いものの知恵を働かせることが得意だった。個々が乱立している天陽など、その一部が唆されたりすれば、簡単にバランスは崩壊してしまうほど危うい状態だったのだ。だから儂は、戦闘力がものを言う天陽の地においては無用とされていた、他者を思いやることが出来る力をもった神を生み出したのだ』


『それが……白墨の……』


葦璃桜アシリオだ。ただ、儂は今でもあの女神を……を生み出したことが正しかったのかどうか分からぬ……』


『どうして……というよりも、惨白様が生み出したって、母神はいらっしゃらなかったのですか?』


『お前たちの、いやお前たちの親神の世代ですらもう知らぬのだろうな。元来神は自身の力を削り、分離する形で自らの半身を作り出すことが出来るのだ』


『え……』


『分身とは言ってもそれは自我を持ち、自身とは全く異なった存在となることから、古の神々、特に天陽の神々は自身の力を削ってわざわざ自らの敵を生み出すなど愚かなことだと考えていた。だから少数精鋭だったのだ。お前たちの親神のように、二柱の神が互いに半分ずつ力を分けて分身を生み出すようになったのは、葦璃桜の影響によるものだ』


『葦璃桜様の?』


『葦璃桜はそれまでの天陽の神々とは全く違った。そうなるよう生み出したのだから当然ではあるのだが、他者に興味関心を持ち、積極的に交流を図り、よく話す戦闘力が皆無という異色の女神だった』


『惨白様ほどのお力があれば、思い通りの分身でさえ創り出すことが出来そうですが』


『それが出来たら苦労はしない。たとえ神とて、分身を創る際は“どんな存在になってほしいか”という願いを込めることしかできないのだ。これも天陽の神々が自らの分身を創りたがらなかった理由の一つだ。仮に分身を創り出すとして、自身の障害になるのも気に入らないから自身よりも少し力の弱い存在であってほしいが、生み出してしまえばやはり自身の分身であることには変わらない。自身の分身が他の神に屠られるのを見るのも不愉快なものだ。その不愉快さの正体が“愛着”であると言ったのが葦璃桜だった』


『古の神々は随分と不器用だったのですね……』


『……そうだな。あの子は他者の懐に入りこむのが上手だった。圧倒的な攻撃力を持つ神々でさえ、その純真無垢なあの子の纏う不思議な空気に当てられて、あの子の顔を見るだけで鉾を収めたものだ。その頃には皆、と愛称で呼ぶようになっており、あの子の話を素直に聞くようになっていた。天真爛漫な笑顔に、相手に寄り添って話を聞いてくれるあの子の存在は、戦いに明け暮れて荒んでいた儂らの心を和やかにさせてくれた』



 最初は低く張り詰めていたザンパクの声は、当時のことを思い出してか、懐かしむような穏やかさと、寂しさを合わせたような、弱々しくて柔らかい声になっていった。



が仲介となり、それまで争い合っていた神々が互いを理解するようになったことで、天陽は手を取り合うことができるようになった。そうして初めて真の友情や愛情とった感情にもとづく結びつきが生まれたのだ。そうなってやっと、二柱の神々の間に一柱の分身を創り出し、それを二柱の神々が自分たちの子だと認識するようになった。こうして天陽の神々の数も急増し、天陽は強大な集団となった。天陽には笑顔が溢れるようになり、その中心にはいつも葦璃桜が居た』


 そこまでは幸せそうな光景を想像して聞くことが出来ていたけれど、幸せそうであればあるほど、この後怒るのであろう悲劇に耳を塞ぎたくなる。だって、白墨のお姉さんってもう亡くなってるって言われていたし。



『そして天陽の一族が初めてまとまりだした頃、儂らの神域の近辺にニンゲンたちが移り住んできた。ニンゲンという存在について、話は聞いていた。儂らに近い姿をしているものの、儂らのような力を持たないか弱い存在。他所の神々は儂らよりも早々に身内同士の争いを収め、彼らに接触していると。噂ではそのニンゲンたちに、“お前たちには私達の加護がついている”と吹き込んでやるだけで、素直に信じてくれるのだという。そして、ニンゲンたちによる祈りや信仰によって、更に力を得ることが出来るのだという話も聞いた。だが、儂らはニンゲンに近づくことについて、その頃から慎重になっていたのだ』


『どうしてです?』


『神は生まれつき持てる力の量が決まっているものだ。欲に溺れ、自分の許容量を超える力を持とうとすれば、神格に影響を与えることが分かったのだ。それに気づいて他所の神が力を独占しようとした結果、内部分裂を起こし神域を崩壊させてしまった。それだけではなく、その近隣の神域までもが次々と影響を受けて崩壊してしまった。崩壊の連鎖を調べてみると、最初に崩壊した神域が手を出していた集落のニンゲンたちが、既に形を無くした神々への信仰をもったままに他のニンゲンたちの住む集落へ侵攻したことで、その集落を保護していた神々を汚染したことによるものだと分かったのだ』


『そんな簡単にニンゲンたちの行動が神域に影響を与えるものなのですか……?』


『古の時代はもっと彼らの住む世界と神域の距離が近かったのだ。ほとんどなかったと言ってもいい。隣人と呼べる距離には居たと思う。ただ、それが良くなかった。儂らはもっと早くニンゲンたちと距離を取るべきだったのだ。ニンゲンたちの存在が神域の傍にあることが、天陽の主要な神々と交流を深めていたあの子の耳にも入ってしまった。そして、好奇心旺盛なあの子は、儂らの目を盗んでニンゲンたちの集落に遊びに行き、彼らとの縁を作ってしまった』



 そう話すザンパクの声がどんどん沈んでいく。



『しばらく様子を見ようということになっていたニンゲンたちの集落が急激に発展しだしたことを受けて、他所の神々の手がすぐそこまで伸びているのではないかと、天陽は一時大騒ぎとなった。調査に追われた儂は、そこからしばらく葦璃桜との時間を取ることが出来なかった。そして当時儂の配下として調査を行ってくれていた岩障らの調査結果を聞いて言葉を失い、あの子と久しぶりに対面した時、その身体に纏う膨大な神力を見て愕然とした。あの子は神力の扱いに長けていて、他の神々を驚かさないようにと普段は上手く隠していたことで、発見が遅れたということだった。儂は……あの子をどのように扱うか悩んだ』


『どういうことですか……?』


『あの子が発展させたニンゲンの集落は一つや二つではない。そこら一帯にある複数のニンゲンの集落に赴いていたのだ。それだけ一度に複数のニンゲンの集落が発展し、しかも互いに手を取り出したら、それはもうただの集落とは言えない。小規模な都市国家の様相を呈するようになり始めていたのだ。もはや他所の神々の住まう神域や、彼らに唾をつけられたニンゲンたちの標的となるのは時間の問題だった……お前ならこのような状況でどのような手を取る?』


『えっ………』



 急に話を振られたボクテンは少しの間、顎に手を当てて考えていた。



『そのニンゲンたちの国が他所の神々や彼らの支配下にあるニンゲンたちに襲撃される前に、天陽の一族を避難させたうえで葦璃桜様をそれ以上その国に近づかせないようにします』



 自信なさそうに呟くボクテン。ザンパクは『ふむ……』と頷きながら立派な顎髭を撫でている。



『当たらずといえども遠からず、というところだな。一族を避難させたのは正解だ。しかし、先ほどの話をもう一度思い出せ。儂らはニンゲンの祈りや信仰心の影響を大きく受けるということをあの子は証明してしまったのだ。都市国家のニンゲンのほぼ全てのニンゲンがあの子の名を知っているだけではなく、直接触れ合うことのできる彼らにとって唯一無二の女神となってしまっていた。そんな神がパタリと姿を現さなくなったら?そしてそんな折にニンゲンたちの住まうその国に不幸が訪れたら?ニンゲンたちはあの子に対してどのような心情を抱くと思う……』


『あっ……でも、それは……まだその時点では不幸が訪れると確定したわけでは……』


 話の流れからして、それがアシリオの最期に繋がるのだと分かったのか、ボクテンは言葉を詰まらせる。



『もう目をつけられてしまっていたのだよ。他所の神々が支配するまた別の都市国家からな。征服欲の強い神々に支配されたその土地では、友愛をもってつながっていったあの子の国とは違って、恐怖や悲しみでニンゲンたちを縛り、不安を煽り、敵を殲滅しなければ真の安寧は訪れないと説いた。あの子を悪魔だとのたまい、あの子の築いた笑顔が溢れる争いを知らない国のニンゲンたちを、悪魔に支配された愚か者、堕落者と蔑み、お前たちの手で奴らを解放してやれと唆した』



 ザンパクの声が震え始めた。その声には静かな怒りが込められているように思えた。



『ですが……葦璃桜様は戦う術をお持ちではなかったのですよね……』


『ああ……そして、それは何の前触れもなく起こってしまった。いつもと変わらない朝だった。あの子が勝手に出かけないように、誰もが目を向けていた。あの子は目を覚ますなり突然、部屋から飛び出してしまった』




 ――――皆のところに行かなきゃ!!


 ―――皆が死んじゃう!!




『儂は慌てて岩障らに命を下し、儂も自ら追いかけた』


『ついに戦いが……ですが、惨白様たちも参戦したのですね』



 ところが、その言葉を聞いたザンパクは黙ってしまった。



『儂らは……間に合わなかった。儂らだけではなく、……』


『え……』


『儂らが辿りつく前に都市国家は既に陥落寸前になっていた。あの子の影響を受けて発展したニンゲンたちもまた、あの子と同様に戦う術を持っておらず、あっという間に凶刃の前に倒れていってしまった。ほど遠い位置から見ていた儂らの目にも、都市から次々と火の手が上がるのが見て取れ、耳を塞ぎたくなるほどの断末魔がこちらまで届いてきた。そしてその次の瞬間には、儂らの目の前であの子がその場で崩れ落ちてしまった。苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えたままうずくまっていた。いつも眩しい笑顔を振りまいていたあの子が、苦痛で顔を歪ませているのは見ていられなかった。あの子にすぐさま駆け寄ろうとしたが、嫌な気配を感じた直後、儂は岩障に抱えられて、あの子から距離を取らされた。何をするのかと睨みつけようと思ったが、彼が何かを見上げていることに気が付いて、その視線を追ってみると、襲撃を受けた都市国家から立ち昇る黒紫の煙が、たちまち龍の形となって、ものすごい速さでこちらへ向かってきていたのだ』



 黒紫って……ハクボクが使っていたあの霧みたいなものと同じものだろうか。



『皆がその黒紫の龍に気を取られていたとき、それまで立ち上がることが困難なほど衰弱していたにも関わらず、あの子がすくっと立ち上がった。何をするのかと思えば、向かってくる黒紫の龍を迎え入れるように、その両腕を開いて空に向けていたのだ』



 ―――やめなさい葦璃桜!!

 ―――はやくこちらに来なさい!!


 ―――離せ岩障!!

 ―――ああああああ………!!!!



『……あの子は黒紫の龍に飲み込まれた。天から垂直に滑空してきたそれは、とめどなくあの子に降り注がれ、儂らはただそれを見ていることしかできなかった。最初はその龍が上げた咆哮だと思っていたが、よくよく耳を澄ましてみると、それは小さな小さな無数の声が一つの塊となっていたものだったと気づいた』



“いつも一緒に居るって言ってくれたのに”


“どうして来てくれなかったの”


“嘘つき”


“話し合う事すらせずに奴らは襲ってきた”


“隣人だったはずじゃないのか”


“同じ人間同士で争うことはないって言ってたじゃないか”



『半分は蹂躙されてしまったあの子の国のニンゲンたちの声』



“殺せ。悪魔の眷属だ”


“奴らが信仰していたのは悪魔だ”


“支配するために民に武器を持たせていない。やはり悪魔だ”


“我らの神は我らに力を与えてくれた”


“こちらには十八神がいる。対して無効は一匹の悪魔だ”


“解放しろ”


“殺せ”


“殺せ”


“そうだ堕とせ”


“奴は神などではなく悪魔だ”


“悪魔に堕とせ”



『もう半分は敵国のもの。あの子に向けられた全ての黒い感情を、あの子は……その小さな身体で受け止めた……』



 ―――大丈夫だよ、お父さん。私は大丈夫。


 ―――もごめんね。最後まで傍に居られなくて。


 ―――怖かったね、悲しかったね、辛かったね。


 ―――でも大丈夫。今はほら、私も一緒だよ。



 急に私の頭の中に少女の声が響いた。とても苦しんでいるとは思えない、泣いている小さな子を宥めるような、優しくて柔らかな声。


 なんでその子の言葉が分かるんだろ……。



 ザンパクは言葉を詰まらせながらも話を続けた。



『黒紫の煙を受け入れたあの子の頭部からは、巻角のようなものが生え、紅色だった瞳も黄金色になるなど、その容姿に変化が現れ始めた。それでもあの子は最期までニンゲンを恨まないよう願っていた。そして、自身に残ったその巨大な神力の全てが、ニンゲンたちの黒紫の思念に浸食されてしまう前に、その全ての力を使ってを生み出した。自身の意思を継ぎ、ニンゲンたちと共に歩むことが出来る者になってほしいという強い願いを込めて』


『ま、待ってください……そんな、まさか……じゃあ……!!』


『………葦璃桜の残りの力を全て受け継いで生まれたのが白墨なのだ。浸食されかけていた影響からか、あの子の力が変質して伝わり、まったく同じ能力を継ぐことはなかったものの“認識”と“簒奪”というとても強力な力を継いでくれた。儂とあの子と同じ白髪に、その一部が黒く塗りつぶされているように見えたことから、白墨と名付けたのだ』



 ボクテンはしばらくの間、言葉を発することが出来なかった。



『ハクボクに……このことは……』


『言っていない。あの子はずっと弟を欲しがっていたからそれも影響したのか、生み出されたばかりの白墨があの子の最期を目にしたとき、“お姉ちゃん”と呼んだんだ。奴のおかげで、あの子はとびっきりの笑顔で最期を迎えることが出来た。以降、奴には葦璃桜のことを姉だと教えてきた』


『……良かったのですか』


『母だったと知れば、自身の生まれやあの子がなぜ死んだのかをより知りたくなるだろう。奴があの子の成そうとしたことを知れば、今度こそ奴を止められなくなってしまう……現時点でさえ、こうして問題を起こしているのだから……』



 白墨の生まれの秘密を知って言葉を失っていると、また視界に変化が現れた。


 ボクテンの背後にすうっと一枚の壁が浮かび上がり、その壁一枚を隔てた外側に、壁にもたれかかるようにして立っている一人の影が浮かび上がった。


 白い短髪に、前回の会議の様子を見た時には角度で見えていなかったのか、前髪の一部だけが黒く染まった青年。



 まさか……嘘でしょ……。



 でも、そのまさかだった。


 恐らく今の話を聞いていたであろうハクボクは、私が居る方途は反対の暗闇の向こうへ、何も言わずに走り出してしまい、そのシルエットがみるみる小さくなっていく。



『白墨……?!待ってくれ!!』



 ザンパクとボクテンもその足音に気が付いたのか、慌てて話を中断して、扉を開けて部屋から飛び出した。だぶん長い廊下になっているんだろう。そこでハクボクに聞かれていたことに気づき、ザンパクはその場に立ち尽くし、ボクテンはハクボクの後を追って走っていった。



『儂はまた……』

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友人の厄祓いに付き合ったら、友人の一言を聞いた縁結びの神様に悪戯されました! 夏葉緋翠 @Kayohisui

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