架空三つ子

釣ール

禁忌

 はあ。

 最近覚えた暗い曲を少しだけ鼻歌にしようと電車に乗る度考えるが理性でやめる毎日。

 あまりお金に執着はしないが、一人暮らしだと中々持ってかれる。

 実家暮らしだと後ろ指をさすくせに随分とこのご時世金に余裕があるじゃねえか。


 だったらその余裕でてめえの心配してみろよお。

 僕は大学にいく資金がないから仕方なく社会人をやらされている二十一歳。

 こんなこと「|自称懸命に働いてるフリをしている善良な市民消去法選択者」には言えないし、僕もその一人だから角が立たないように演技をするのも好きなことを見つけた時に必要なスキルと割り切っている。


 僕には双子の弟、優零ためどきがいる。

 優零は金がないのにあまり金のかからない趣味を見つけてインターネットや彼女とよろしくやっている。

 しかも優零と付き合った彼女は次々と何らかの境地に至り、彼女を降りて友人へと変わる。

 それもあってか明るい演技をしたせいで優零の友人となった元彼女は僕の方へと話しかけてくれる。

 それ以上進展したことはないけれど。

 十代で大体楽しんだあとだ。

 分かりきっている長い過程と結末なんざ後でどうとでもなる。

 そういう関係で終わるのだ。



 優零は実家暮らしで音楽も運動もゲームもたのしんでいるようだ。

 同世代からは人気で、僕みたいな消去法でしか選べない兄と違いやたら人脈がある。

 それなのに優零へ皮肉も愚痴も言ったことは無い。



 僕は学生時代から第二の趣味の「コスプレ」で優零とは双子ではないように取り繕っていた。

 エネルギッシュで根拠の無い自信があるからか

「歩く自己啓発本」と揶揄されていた。

 地元のコスプレグループからは


「お前双子なんだろ?イマジナリーフレンドじゃないのか?」


 と言われた時に露骨な侮蔑過ぎて面白そうだったから頷いたら優零が唐突に現れて


「悪いな。

 存在しているんだよ!

 預無 優零あらかじめ ためどきとしてなあ!

 そして兄の預無 無門あらかじめ ろうひが世話になっている。」


 この後が大変だった。

 兄弟揃ってコスペレコミュニティ一員になった。

 そして僕は自分が積み重ねてきた自分だけの居場所を体裁の為に優零に盗られたと思ってドラマみたいに河川敷で殴りあった。



 タイプが違うから仲が良くない。

 優零は肩書きとかそういうので人を判断せず、動植物にも優しい完璧超人と言われる存在だ。

 そりゃ頼もしいし、学生時代に愚痴を語る時はいい相棒が身内に良かったと心の底から思うこともあった。


 だからって常に一緒にいるのは違うだろ?

 こうして他人の道を善意にしろ何にしろ踏み荒らすやり方が本当に気に入らなかった。

 自分の姿にほぼ近いし、善良なタイプだから余計に。

 こういう奴ほど明るい話がどれだけ人を傷つけるか分かりゃしない。

 だから僕は無言で殴り、優零は「体裁じゃない!自己紹介をしただけだ!」と事実と言い訳を繰り返す。


『お前は陰鬱だ!』



 と暗に言われてるようなものだ。


 だがこちらが一方的に優零を殴っていると向こうは自衛もそこそこで鼻血を出しながら何かを伝えていた。



「無門がいつも周囲に死んだ顔で過ごしているのは見てられなかった。

 お前が〇〇年代の古いコスプレを隠して楽しんでいたのは知っている。

 更にお前がうっかりしていたのかその姿のままで部屋を飛び出してきたから言い訳をしていたのも。

 それをチャラにしてほしいとお前が俺に頼むからあそこに行っただけだ!


 それなのに部屋から聞こえてきた言葉が『イマジナリーフレンド』と軽く俺の存在を否定された気持ちが分かるか?


 そりゃあ壁壊す勢いで訂正するだろ?」



 そんな約束していたのか。

 そういえば、バレたことも約束したことも忘れていた。



「悪かった。

 でも優零も気遣っているつもりで今のポジションに甘んじている現実は否定できまい。

 僕が体裁を嫌っていることも、そして体裁を守ってみたいことも優零は両方できるのだから。」



 そこで優零は初めて僕に寸止めを見せた。



「俺が無門にそこまでコンプレックスを植え付けてしまったのなら謝る。

 けどな、これが無門の嫌う理不尽だ。

 あの場所は無門がコンプレックスを抱き、俺の存在を否定してでも護りたかった場所なんだろ?

 断言する。

 このままならその場所もすぐにお前は捨てて逃げるだけだ!」



 そうだった。

 優零は情に熱くて、苦手なことも練習して対等な人間関係を築ける優しさがあった。

 流石に兄弟ではそんなことしないと決めつけてしまったなあ。



「もう理不尽が嫌いなんてワガママ言わないから殴っていいよ。

 客観的に聞いて自分自身がムカついた。

 このどうしようもないクズを『兄弟喧嘩』ってどの時代でも通じる言い訳で処理してくれ。」



 パァァン!


 張りのあるいい音。

 まるで古き悪しき熱血教師の怒りを受けるかのごとく僕は優零…弟のプロレスビンタで自身の卑屈さを清算した。



 -それから自宅にて



 帰ってからする事なんて簡単な家事と運動だけだ。

 コスプレ界隈も資本が絡んでから美男美女が現れてマイナー趣味な僕には苦しい選択を迫られている。

 ここまで長く楽しめるとは思わなかったが、同業者に負ける訳にはいかねえ!


 そして部屋には優零の姿が!

 この付近でバイトしたいと言っていたから泊めている。

 それくらいの関係までに発展はした。

 これじゃ双子の兄弟というより、同じ顔をした仲間だ。



「夢がないなあ。

 遠くの地で終の住処を見つける旅に出るなら資金くらい用意するのに。」



 あの偽善高齢者どもめ。

 勝手に僕達を産んでおいて優零の自由を尊重せず、バイトさせやがって。

 僕達に出す金も飯もないのならそのまま家族なんて体裁の塊を解体してくれりゃいいのに。



 これは優零と住むのが嫌だからじゃない。

 僕や優零が仲良しの双子や家庭環境の良い双子を見させられ、比較させられながらどれだけ傷ついたかを知らない。

 それさえなければ…僕達はもっとはやく和解も出来たのに。

 エゴを美化しやがって。



「無門。

 俺が住むのは、やっぱりムカつく?」



「そんなわけないだろ。

 資金が少ないなか実家暮らしでも幸せに過ごそうとする優零なら大歓迎だ。

 だが、友人を呼ぶのなら悪いが制限はかかる。

 僕は地元に良い思い出がないから。」



「いや呼ばないよ。

 こうみえて自由人じゃないから。」



 優零も僕に、陰を出してくれるようになった。

 だからしばらく給料の半分を優零に手渡している。

 好きなコスプレで資本が絡んでいる状態で競うのは不利だしそれは嫌だった。

 それらの技術は長年の腕を信じて投資しよう。

 その間に優零を自立出来るよう、恩を渡しておくのも寂しさを紛らわせる理由になる。



「暗い話はこれくらいにしよう。

 それより、こっからの話はやや重めだけど興味深いかもしれない。」



「暗い話をやめようっていいながら重い話って。

 分かった。

 仕事の疲れを癒せるぐらいヘヴィーなのを頼む。」



 少しだけ優零は間を置いた後に部屋を見渡し、無門へ語る。



「俺達って三つ子なのかな?」



 はっはっはっは!

 何を急に。



「体裁を保つしか脳のないあの自称両親にそんな秘密はない。

 あるネタを探す為、あいつらのそうした負の側面がないか調べたこともある。

 けどなかった。

 兄貴と一那かな、その間に僕達がいるくらい。」


 真面目に答えてしまったが意味は分かる。

 この部屋になんらかの気配を感じたのかもしれない。

 ましてやこの地域は高額な給料のバイトをしにやってきたばかりの優零は勘が鋭い。



「だけど、俺達と同じ顔をした女の子…女子大生くらいの人が前、ここに帰宅した時に見たんだ。

 語弊があるけれど、無門にそんな関係があるなんて聞いたことないし。」



「ましてや僕達と同じ顔の彼女か彼氏か何かなんて有り得ない。

 結構綺麗な場所だから長く住んでいるけれど、そんな噂も聞いてない。」


 優零が悪戯でこんな怪談をするわけがない。

 だが辺りはもう夜だ。

 疲れているとお互い考え、優零がドリンクを買ってくると外へ出た。



「優零が好きなのでいい。」


「面白そうなの買ってくるよ。」



 すっかり大人しくなったなあ、優零。

 ここに来る前まで覇気があったのに。

 まだこの場所も慣れていないとはいえ、やりたいことが出来ないままの優零を見るのは胸が痛む。




『償いのつもりぃぃぃ?』



 後ろから黒い気配がやってくるのは分かる。

 そうか。

 こいつが…



「やっぱり狙ってきたかあ!」



 ラケットを片手に優零が飛び込んできた。

 それと同時に部屋から良く分からない空間が僕達の周りを包み込んだ。



「優零!これは、一体!」



 事態が分からないのは僕一人だけらしい。

 優零が自分達の顔をした女性形の何かと戦いながら説明した。



「どうやら無門はこの霊に恨まれたらしい!

 心当たり、ある?」


 こんな性格だ。

 心当たりの方が多い。


「暗黒の学生時代を過ごした以上、一方的な出来事もあったが…同じ顔の人間とトラブルがあったのは優零だけだ!」


「いくら過去の事とはいえ社会人っぽくなさ過ぎじゃない?」



「体裁じゃなくまともなツッコミか。

 だから優零は友が多いのかもな。」



 素手でやるしかないか。

 コスプレ仲間かつ武術が得意な双子女子に一通り習った技しかないが。



『仲が良い事。』



 異世界の存在に皮肉を言われても気にはしない。



「無門。

 実はお前に言ってないことがある。」



「まさかここで弱気?

 いいや。

 続けろい!」



「お前の卑屈さを利用していなかったと言えば嘘になる。

 」


「だからなんなんだ!

 それでフェアだろ?」


「でも、俺は何の所属もない。

 社会人のお前が羨ましいことだってある。」



「だからバイト始めたんだろ?

 いつ僕が肩書きがどうの押し付けた?

 コスプレ仲間だけでなく、ちゃんとしてない人間が多数を占めているからこの地獄を楽しめてる。

 もう幸せのモデルケースがどうとか、色々と時代遅れな負い目はなしだ。

 」



 架空三つ子か。

 どうせこの怪異も死者が生者に刃をむけたなんて古い話じゃない。

 快楽のために僕達を巻き込んだ理不尽に過ぎない。



「優零!兄弟だとしても…双子だとしても…仲間か友人だとしても…生きてここを出る。

 互いの道を歩むためにも…ここで諦めはしない!」



 優零にも笑顔が戻った。

 助けに来てくれたのは優零なのに。

 喧嘩も強い癖して、いつも助けに行った先でやられて身体の強さを自慢して笑ってたが、本当は兄の…僕の前くらいはカッコつけたいのに。



「「まずは二人で帰るぞ!」」





 終

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架空三つ子 釣ール @pixixy1O

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