第6話


「暴れなければ、優しくしてやるからな」

「どんな不細工かと思えば、上玉じゃねーか」


 メイリーンの細い首筋に鼻を寄せ、匂いを嗅ぐとべろりと男は舐めた。


「へぇ。泣くのを我慢しちゃって可愛いじゃん。いつまでもつかな」


 もう一人の男がドレスの裾に手をかけたその時──。


 鍵がかけられた部屋の扉が破壊された。その勢いのまま、リアムスが部屋へと飛び込んでくる。


「メイに触るな!!」


 リアムスは、一瞬で男二人を殴り飛ばすとメイリーンを抱き締めた。


「メイリーン」

「リアムス様……」


 そこからは怒濤の展開だった。ビアンカや騎士団長もやって来て、エレザベートや取り巻き、男たちを捕らえた。


 その間もリアムスはメイリーンを抱き締めて離さなかった。


「助けに来てくれるって、信じてました」

「……ローズリンゼット様が教えてくれたんだ」

「そうでしたか」

「守れなくて、ごめん」


 掠れた弱々しい声でリアムスは呟く。メイリーンを抱き締めているリアムスの手は小さく震えていた。


「いいえ。リアムス様は守ってくださいました。私の体は清いままだもの。それに、あなたが来るまでの間も、あなたとの日々が私の心を強くしてくれた。守ってくれたの……」


 メイリーンは、リアムスの頬に手をあてると目に涙を溜めて微笑んだ。


「リアムス様が好き。私ももっともっと強くなるわ。だからこれから先、ずっとずっと一緒にいてくれませんか?」


 その言葉を聞いたリアムスは目を大きく見開いたあと、返事を躊躇った。


(俺といることで、またメイが傷付くことがあるかもしれない。今だって、こんなに頬が腫れて……。確かに純潔は守れたかもしれない。だけど──)


「やっぱり、今更でしたか? 他の男に触られた私なんか……」

「そんなことはない! 俺はメイを愛している!!」


 俯いていた顔を上げれば、悪戯が成功したと言わんばかりの表情をしたメイリーンと目があった。


(あぁ……、俺の返事が分かってて言ったのか)


 頬は痛そうなのに、楽しそうに笑うメイリーンにリアムスも釣られて笑みを溢した。


「俺は一生メイには勝てないんだろうな」

「そんなことないですよ。私はずっとリアムスに負けっぱなしですから」


 さらりと名前を呼び捨てにした彼女に、リアムスは感極まって口付けた。

 その口付けは、気まずくなったビアンカが咳払いをするまで続いた。




 あれからすぐにメイリーンとリアムスは婚約をした。結婚は式の準備が終わり次第、すぐにする予定だ。


 メイリーンを嵌めた令嬢たちは修道院に、男たちは強制労働へと送られた。ミリアは同情の余地があるとされ週に一回の奉仕活動を行うこととなった。


「フォイラ嬢の処罰はあんなに軽くて良かったのか?」

「エレザベート様たちに、領地の支援を打ち切ると脅されてたのだもの。ミリアさんだって被害者よ」


 リアムスは納得していないが、メイリーンがそう言うなら……と、それ以上は何も言わなかった。



 そして今日、メイリーンはローズリンゼットと会うことになっている。


(ずっと避けていたけど、助けてもらったんだもの。お礼をしないと……)


 卒業と同時にレイモンドとローズリンゼットは結婚をしたため、王城へと招かれたメイリーンはひどく緊張をしていた。

 ローズリンゼットが待つ部屋へと入ると、その顔にはいつものおかめがいた。


「ようこそ、メイリーンさん。おかけになって」


 優雅なおかめに促され、メイリーンはふかふかのソファへと腰をかけた。


「助けてくださり、ありがとうございました」


 深々と頭を下げるメイリーンに、ローズリンゼットはおかめの下で笑みを浮かべた。

 そのあとは、驚くほど穏やかな時間をメイリーンは過ごした。


「あの、どうしておかめを着けているんですか?」


 ずっと疑問だったことをメイリーンは口にした。今だって額から鼻まではおかめの半仮面をしながら、ローズリンゼットはお茶を飲んでいる。


「それは、おかめこそ美だからよ」

「はぁ……」


(一体、ローズリンゼット様のなかの美しさってどうなってるの?)


 メイリーンは心のなかで首を傾げながら、続きを促した。

 すると、ローズリンゼットの中の美とは前世でいう平安美人であることが分かった。


「あの、ローズリンゼット様は乙女ゲームって知っていますか?」

「いいえ、知らないわ」


 テレビやラジオ、自動車などあらゆるものを聞いたが、ローズリンゼットは知らないという。


(まさか、転生者じゃない? だけど、おかめはこの世界にないものだし……)


「源氏物語って……」

「紫の上のお話ね! 最後まで読む前に世を去ってしまったから、続きが気になってたの。もしかして、ご存知かし……ら……?」


 ローズリンゼットは小さく首を傾げると、メイリーンに源氏物語をなぜ知っているのか尋ねた。

 その質問に何て答えようか迷った末、メイリーンはこう答えた。


「私はローズリンゼット様よりも未来から、この世界に来たんです」


(私、ずっと勘違いしてた。ローズリンゼット様のことを避けて、どんな人か見ようともしてなかった。リアムスのことも。誰よりも相手を見れなかったのは私だ……)


 メイリーンはまた遊びに来ることを約束すると、リアムスがいる騎士団へと足を向けた。


 誰に声をかけるわけでもなく、メイリーンはリアムスが終わるのを外で待つ。

 彼女は学園でリアムスに出会った頃からのことを思い出していた。


「メイ!?」


 その日の業務を終えたリアムスが驚きの声をあげたのを見て、メイリーンはリアムスの胸へと飛び込んだ。


「リアムス、あなたに出会えてよかった。愛しているわ」

「俺もメイを愛している。世界中の誰よりも」


 メイリーンとリアムスは、どちらからともなく手を繋ぐと、夕焼けのなかを歩きはじめた。

 その日にあったことや、これからのこと。話題が尽きることはない。


 二人の行く先には、共に生きていく未来が待っていた。





──end──

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攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか? うり北 うりこ @u-Riko

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