第5話


 学園の卒業の日が来た。つつがなく式は終わり、パーティーが始まろうとしている。


 メイリーンは、悪役となることなくここまで来ることができたが、既にそんなことはどうでも良かった。


(今日こそ、リアムスに告白するのよ)


 最近のメイリーンは、リアムスに告白しようとしては失敗することを繰り返していた。

 いざとなると、まるで魚のように口をハクハクと動かすだけで緊張のあまり声が出なかったのである。



「メイ、綺麗だよ。誰にも見せたくないくらいだ」


 リアムスに耳元で囁かれ、メイリーンはリンゴのように真っ赤に染まった。


(い、今がチャンスなのでは!?)


 だが、いつものように口をハクハクと動かすだけで声は出てこない。


 何も答えられないメイリーンに、リアムスは優しく微笑むと、出会った頃のように右手の爪先に唇を落とした。

 違うのはマニキュアをきれいに塗られているということ。


「行こうか」


 メイリーンはリアムスにエスコートしてもらい、卒業パーティーへと向かった。


 きらびやかな会場に負けず劣らずメイリーンは美しく、注目を浴びた。

 リアムスもまた学生ながら騎士として励み、三男ながらも将来の有望さからたくさんの令嬢が親しくなりたいと望んだ。


「俺と踊ってくれますか?」

「……うれしい。もちろんです」


 二人はダンスを踊った。婚約者ではないので、たった一度しかパーティーの中では踊れない。けれど、ファーストダンスは二人の親しさを存分に周囲にアピールすることとなる。


 くるり、くるりと音楽に合わせて踊るメイリーンとリアムスは、誰も邪魔できないほどに二人の世界だった。


(好き……、大好き。心臓がはち切れちゃいそう)

(好きだ、離したくない。俺の気持ちを受け入れてくれるだろうか。もし、受け入れてもらえなくても、もう手離せない)


 見詰め合い、誰の目から見ても両思いの二人。なぜ未だに婚約していないのか不思議に思うほどに、ハートが飛び散っている。


 楽しい時間はあっという間に終わりを告げた。名残惜しく二人は体を離すと、一緒に壁際へと向かう。

 メイリーンもリアムスも、他の人と踊るつもりはなかった。


 そこへ、騎士仲間がやってきて、リアムスとビアンカの卒業を祝いに来た団長が呼んでいると言う。


「私は大丈夫ですから、行ってきてください」

「だが……。ビアンカが戻ってきてから……」

「大丈夫ですって。ほら、上司をお待たせするなんて失礼ですよ。行ってください」


 メイリーンに背中をぐいぐいと押され、何度も心配そうに振り向きながらリアムスは団長のもとへと向かう。

 そんな様子を、レイモンドと躍りながらローズリンゼットは見ていた。



(学園で一人になるのは、どれくらいぶりだろう)


 そう思うほど、メイリーンの隣にはリアムスかビアンカがいた。


「あの、フィラフさん……」


 名前を呼ばれて視線を向ければ、涙目で俯く一人の令嬢がいた。

 その令嬢のドレスの裾は赤ワインだろうか、大きなシミを作っている。


(シミになるような飲食物は、会場にはないはず。……ということは、いじめかしら)


 名前を呼んだきり、なかなか口を開かない令嬢にメイリーンは優しく声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「ド……ドレスに溢されてしまって……。フィラフさんなら、どうにかできるんじゃないかって……。今日は、田舎から両親が来ているんです。こんな姿を見たら……」


 声を震わせながら答える令嬢の手をとって、メイリーンは微笑んだ。


「大丈夫ですよ。会場で一番素敵になって、皆さんをびっくりさせちゃいましょう」


 令嬢の名前はミリアと言い、男爵家の令嬢だった。

 ミリアはメイリーンに連れられて歩いている間、しきりに謝罪を口にし、メイリーンはその度に大丈夫だと励ました。


 そして、もう少しで女性用の休憩室に着くというところで、無人のはずの部屋の扉が開き、メイリーンは腕を引っ張られた。



「ごきげんよう。メイリーン・フィラフさん?」


 くすくすと意地の悪い笑みを浮かべた三人の令嬢と体の大きな男が二人いた。


「ミリア、あなたはもういいわ。行きなさい」

「……フィラフさん、ごめんなさい」


 そう言って走り去るミリアに、メイリーンは嵌められたのだと気が付いた。


「……目的は何ですか?」

「目障りなのよ」


 真ん中にいるリーダー格の令嬢が殺気のこもった目でメイリーンを見る。


「リアムス様とあなたじゃまったく釣り合いませんわ」

「エレザベート様こそ、リアムス様の隣に相応しいというのに、図々しい」


 エレザベートと呼ばれた令嬢の隣で、キャンキャンと取り巻きが吠えている。


(つまり、私がリアムスといるのが気に入らない。エレザベートが私に代わってリアムスの隣にいたい……と。ふざけてるわ)


「誰と一緒にいるのかはリアムス様が決めることです。あなたたちが決めていいことじゃないわ」

「何ですって!?」


 エレザベートは手を振りかざし、メイリーンの頬をバチーーンッと音がなるほど強く叩いた。

 メイリーンの左頬は赤く腫れ、指輪が擦れたのが傷ができている。


「暴力で訴えるような人をリアムス様が好きになるはずないじゃない。こんなことをしたって、リアムス様はあなたのことを好きにはならないわ」


 頬を打たれたにも関わらず、メイリーンは怯まなかった。


(リアムスは見た目や家格で人を見るような人じゃない。リアムスは──)


「強気でいられるのも今のうちよ。他の男の手でけがされたあなたを見たら、どう思うのでしょうね? やってしまいなさい」


 エレザベートの声に、にちゃにちゃとした笑みを浮かべながら男たちは近づいてきた。

 そして、逃げようとしたメイリーンの腕を掴んだ。





 


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