恋する人形~愛しい人にずっと傍にいて欲しい~

うなぎ358

第1話



 32歳になって、俺は夢のマイホームを買った。築年数108年だが、持ち主が大切にしていたのか、かなり綺麗な状態の一軒家で日当たりも良く気に入っている。


 最初の2年間は、何事も無く過ごしていた。


 だが今年になってから毎月18日、会社に行くのも外出するのも気が重い。と言うのも玄関先に”あるモノ”が置かれるのだ。


 それは、見た目はモジャモジャの、ただの毛玉に見える。問題は何の毛玉か? と言う事なのだ。


 9月18日である今朝も、玄関のドアを開けると人1人分の毛玉が置かれている。


 いつもはホウキで掃いて捨てていたが、今日は拾い上げて恐る恐る感触を確かめる。どう考えても人間の髪の毛に思える。毛質は思ったより柔らかいが、チリチリ天然パーマといった感じがする。


 今までは気がつかなかったが、玄関を出て道路をよく見ると点々と、一定間隔に小さなモジャモジャした天パが落ちているのだ。


 まるで俺を誘導するかのようにだ。


 まぁ。でも普通に考えて悪戯だろう、と思って無視する事にした。




 10月8日、更なる異変は起きた。


 玄関を開けると、いつものように天パが置いてあるのだが、1人分では無かった。


 ゴミ袋に毛玉を入れて持って来て、ばら撒いたとしか思えない大量のチリチリ天パが散らばっていた。しかも道路も同じようになっている。


 極め付けが自宅の郵便受けだ。

 なんと、天パがギュウギュウのミッチミチに隙間なく詰め込まれ、受け取り口からもモジャモジャとはみ出している。


 さすがに不気味だし、次の18日に犯人を捕まえる為に玄関で待ち伏せをする事にした。




11月18日、深夜1時18分。


コツコツ! 


 小さな音が響き始めた。


コツコツコツコツ!!


 更に近づいて来たかと思ったら、玄関先で止まった。


 犯人を捕まえるなら今だ!! と勢いよくドアを開ける。


 そこには……


 艶やかなピンクの生地に、赤い菊の花が大きく描かれた着物を着た日本人形が、天パを玄関に置いた所だった。そして俺と目が合うと頬を染めて、くるりと踵を返すとあり得ないくらいの速さで去って行ってしまった。

 

 気になった事がある。今の人形は天然パーマだったのだ。もしかしたら探せばあるのかもしれないが、何となく日本人形は長いストレートの髪と言うイメージだったから目が釘付けになってしまって追いかけるのを忘れた。


 そもそも人形は走ったりしないから怪奇現象なのだが、ボリュームたっぷり天然パーマが気になって恐怖は全く無い。天パのボリュームがどれほどかと言うと、見た目の体の大きさが大体50センチほどだとすると、三分の一は天パ部分に見えた。


 存在感抜群すぎるチリチリ天パ日本人形だ。



 追いかけるのを忘れた、と言ったが手段はある。一度、家に戻って懐中電灯を手に道路に出ると、思った通り毛玉がポツポツ転がっている。それを辿って行く。


 30分ほど歩くと、鉄製の立派なアーチ型の門の前にたどり着いた。門の内側にも、毛玉が点々と落ちているのが見える。


 住人に人形の事を聞きたいが、今は深夜で寝てるに違いない。明日もう一度、訪れよう。



 次の日、昨夜訪れた家に向かい、インターフォンを押す。


 ピン……ポォ〜ン……


 間延びした音が響きドアが開かれ、美しい白髪の初老の杖をついたお婆さんが出てきた。


「はいはい。どなたかな?」

「突然すみません。信じて頂けないかもしれませんが、実は……」


 今年になってからの、人形にまつわるアレコレを話して聞かせた。


「それは間違いなく我が家の日本人形でしょう。ご覧になりますか?」

「信じてくれるんですか?」

「ええ。ええ。見て頂くとお分かりになるかもしれませんが、あの日本人形は生きてるのですよ」


 人形が生きてる? まぁ。よくある髪の毛が伸びるって感じなのだろうと思う。


「見せて頂けますか?」

「どうぞ」


 玄関を入り、出されたスリッパを履いて、お婆さんの後をついて行く。外観を見て西洋風の建物だと分かっていたが、内装も廊下は緑の絨毯が敷いてあり、各部屋のドアも細かい彫刻まで施され、掃除も行き届き綺麗だ。

 

「この部屋にいますよ」


 たぶん家の1番奥にあたる部屋に案内された。ゴクリと喉を鳴らし、ドアノブをつかみ、ゆっくりとドアを開いて行く。


 人形は、部屋の中央に置かれた、揺り椅子にちょこんと腰掛けていた。

 そして天パは、更に大きくなってしまっている。はっきり言って髪の毛だけで、1メートルはある。


「え!? 昨日の倍以上の毛量なんですが!」

「ふふふ! 驚きますでしょ! 放っておくと、この部屋が毛で埋まるんですのよ」

「た……大変ですね……」

「昨年までは大変でしたの。けれど今年になってから、この子自身が毛を刈って、何処かに持って行くようになりましたの」

「それはもしかしなくても……俺の家に?」

「そのようですわね」

「なんで俺の家にとか分かりますか?」

「ごめんなさいね。わたくしには分かりませんわ」

「そう……ですよね……」


 一体どうして? と、お婆さんと悩んでいると人形が、揺り椅子から飛び降り、俺の前まで歩いてきた。

 そして両手いっぱいに抱えた天パを俺に差し出す。その分の頭の毛量は、少し減ったように思う。


『あなたが、すきなの……』


 もじもじしながら、俺を見上げて告白してきた。天パで目元は見えないが、頬は赤らんで唇は震えている。まさに恋する女の子そのものだ。

 相手は人形だ。一体どうしたらいいんだ? と、お婆さんを見ると、嬉しそうに日本人形を抱き上げ俺に渡してきた。条件反射で受け取ってしまった。


「ようやくお婿さんが見つかったわね」

『うん! ありがとうお母様』

「幸せにね」

『うん』


 その会話が終わると同時に、お婆さんがスゥ……と消えていき、更に今まで居たはずの家も、いつの間にか無くなって空き地に俺は立っていた。


『ずっと側にいてね。愛しい旦那様』


 腕の中には、嬉しそうに俺に擦り寄る、天然パーマの日本人形が残されていた。



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