ピンク・スパイダー

「……ミユウもカレさんもホントに人間かよ。二人とも実は魔族でしたって言われた方がまだ納得できるぞ」

 城の窓から監獄付近を眺めながら、ハバネルはそうこぼす。

 ミユウとカレ、そしてスパイダーの戦いが始まってから間もなく三十分が経過する。

「昨日、魔族が来たときよりも、街の被害は大きくなりそうですね」

「なんとかして戦う場所を変えられんものかのう……」

 王は険しい表情で街を見下ろしている。

 監獄付近の建物は軒並み何かしらの被害を受けており、酷いものでは完全に崩壊しているものもある。

「──失礼します!付近の住人の避難は完全に終了しました!」

 一人の王国兵が報告へとやってくる。彼はオルトによって、スパイダーの周りに配備されていた兵士の一人だ。その配備が幸いして、スパイダーとミユウ達の乱闘が始まってすぐ、彼らは周りの住人を安全に避難させることに徹底することができた。

「……あとは、戦いが終わるのを待つだけか」

「下手な援護は、逆効果だろうな」

 現状、スパイダーとミユウの戦闘についていけるのはカレだけだ、ということをハバネルとポップはよく理解している。




 初めてだ。

 初めて自分が殺される可能性のある戦いをしている。いや、可能性だけでいうならば今までもあっただろう。そうだな……それを実感することはなかった、と言った方が正しいか。

「──どうしたァ!その程度か!ミユウ・ダンズ!」

 スパイダーは八本の足を縦横無尽に動かしながら、周りの建物を意味なく破壊している。一本一本が俺の身体ほどの大きさもあるその足は硬度も十二分にあるらしく、カレさんが何度も斬りつけているが傷一つついていない。

「……ほんと、どこからそんな魔力を持ってきたのやら。そろそろ種明かしをしてくれてもいいんじゃないの?」

 スパイダーは昨日の時点で既に、ダンジョンに分散させていた魔力をその身に戻していたはずだ。なのに、今の彼女はその状態からさらに数倍の魔力を手に入れている。

「お前のおかげさッ!昨日ここで身体の機能を完全に失って、魔力だけの状態になったから思い出すことができた……俺のもう一つのダンジョンの存在を!」

 彼女は地面を睨みつけながらそう言う。

「もしかして……魔族が持つダンジョンって一人一つじゃないのか」

 スパイダーの視線の先。この地下にあるダンジョンといえば、俺も一度行ったことがある。

 監獄での作業の際に訪れたダンジョンだ。

 しかし今の口ぶりからして、彼女自身もあそこが自分のダンジョンであるということを忘れていたらしい。

「……さっきの時間は大方、魔力を戻してたってところ?」

「自分の意志で魔力を回収するのはちょっとばかし面倒だからな。邪魔されねえように、お前らは隔離させてもらったぜ」

「──なんだって構いません。あなたはここで私が殺します。これ以上、陛下の国を壊させるわけにはいきません」

 カレさんは、スパイダーの足を狙うのを止めて上半身へと飛びかかる。空中で放たれる彼女の素早い突きは、正確にスパイダーの左胸へと命中する。

「──この感触はッ!」

 が、彼女の刃はまたしてもスパイダーに傷をつけることはできなかった。

「気づいたか。俺の纏っているこの糸の束も、お前らを閉じ込めていたあの白い壁も、どちらも俺の魔力が通った糸を集めてできた物だよッ!」

 カレさんは糸ごと貫くつもりだったのかもしれないが、スパイダーの言うことが本当ならば、あの壁を切れなかった彼女ではそれは不可能だ。

 空中で無防備な彼女に向かって、スパイダーの足の一本が襲う。

「──クッ!」

 彼女は突き立った刀を軸にして身体を捻り、なんとかその攻撃を横腹に掠らせる程度ですます。

「……助けないんですね」

 俺の横に着地してすぐ、こちらを見ずにそう言った。

「ああいう時に助けられるの、嫌かと思って。次からは助けようか?」

「いえ……結構です」

 なんだか彼女の口角が少し上がっているような気がする。

「そう。それじゃあ次は俺の番だねッ!」

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戦闘狂すぎてダンジョン配信者グループをクビになったのでこれからは個人でやっていこうと思います ナカムラマイ @koiji_usohema

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