そいつ

@okoge624

第1話

私はふと、泣きたくなる時がある。


そいつはなんてことはない、いつも通りの日々に突如現れて、そいつを見ていると何故か言葉には言い表せれない感情が込み上げてきて、思わず泣きたくなってしまう。


私にはそれが皆目見当もつかず、私はそいつが見えないように目を閉じて、気にせず笑顔で毎日を過ごしていった。


それでもそいつは懲りずに、いつの間にか目の前に現れて、私を指差し、「生きてて楽しいの?」と何度も聞いてくる。


今度は耳を塞ぎ、何も聞こえない無音で真っ暗な中を手探りに歩きながら毎日を過ごしていった。


あっという間に私は大人になった。けれど盲ろう者の私はこれからどうすればいいのか分からず、それからも宛もなく彷徨い続けた。


そして私の周りには誰もいなくなり、光も届かぬ場所で胸を掻きむしりたくなるほどの寂しさに暮れていた。


そうしてある日、疲弊し切った私はついに瞼をあげた。そこには案の定そいつが居て、こちらを指さし、「生きてて楽しいの?」と聞いてくる。


私は思わず、「楽しくない」と答えた。


するとそいつは、「じゃあ、死にたいの?」と言ってきた。


そう言われると途端に悲しくなり、私は右手で胸を強く握り締めながら、「死なない。これからはちゃんと生きる」と伝えた。


そいつはニッコリと笑ったかと思うと、「なら、頑張ってね」って言い残し、目の前から姿を消した。


そんな私の前には酷く懐かしい、本当の私が立っていて、やっと私は私らしく生きられるのだと思うと、それがあまりにも堪らなく嬉しくて、両目から涙が溢れ出した。










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