最終回 そして彼らは会議室に戻った
あれから、わたしは泥の中で眠っていた。
感覚としてはそういう感じである。
息はできないけど、そもそも、息をする身体の構造を保っていない。
誰かが迎えにやってきた。天国か地獄に行くのか。それとも。
「辰巳です。佐田さん」
「……プロデューサーさん?」
辰巳だけではない。あのときの五人のプロデューサーがみんなそろっていた。
目は開けられないけれど、気配でわかった。
「倫理的な問題についてはよく考えた。考えても分からなかったど。あなたの、声優デビュー以前の記憶のなかにある、家族や友達はおそらく妄想だけど、実際に通った養成所の仲間や仕事で出会った人は絶対に本物だ。なので、妄想部分は覗いて、佐田ケイさんひとりを普通の人間としてこっちの世界に呼び戻したいと思っている。申し訳ないけど最初から家族がまったくいない状態になっちゃうけど、ま、俺も独り者だし、なんならここに集まってる人たちみんな仕事バカの独り者で、いっしょだから。なにか困ったことあれば、みんなで力になるから。……ね、どうだろう。また声優やってくれないかな」
泥の中で目を開く。
目の前にあるのは泥だと思っていたら、そうじゃなかった。繭だった。
妄想から生まれた人格なんて、実在しないとわかれば簡単に消えてしまうような弱い弱い力しか持っていないはずなのに。
佐田ケイはまだここにいた。
温かいやわらかいものに包み込まれていた。
これを用意してくれたのは……?
「辰巳さん……。みなさん………。ありがとうございます」
心を決めて彼女は答えた。そして――
竜の至宝が、砕け散った。
*
竜の至宝の最後のお願いを使って、佐田ケイはこの世界に蘇った。竜ではない。ホイルでもない。普通の一人の人間として。
そして、それを機会に、改めて辰巳たちは今までの仕事から足を洗った。
はしのすみ、いや、ホイルがこの世界にもたらした恩恵。それは。
平均寿命150歳――だ!
まだまだ未来は長い。150歳の地平から見たら、辰巳たちはほんの生まれたて。赤ちゃんみたいなものだ。
いくらでもやり直せる。ゼロから、自分たちの本当に創りたいアニメを創るためにまた始める。そこには佐田ケイもいる。
仲間が増えて六人になった彼らは、とある天気の良い昼下がり、会議室で詰めていた。アニメの企画書をそれぞれ持ち寄ってプレゼンする。
「ぜっったいに美少女アニメ!! ロリからおねえさんまで取りそろえる! エンタメと言えば美少女。美少女アニメしか勝たん!」
姫野は己の美少女への熱い思いを語り――
「今どき美少女アニメは流行らない。お色気シーンとかのコンプラも難しいし。イケメンアニメのほうが売れたらでかい。声優人気・二次創作人気も視野に入れて……」
対抗するようにそう塚は冷静に提案し――
「世界人気も考えるなら、万人が好きなケモノ系・モンスター系がいいんじゃないかしら。グッズの版権でぼろもうけしましょう」
田原がにこやかに言えば、
「それができれば苦労はないですよ田原さん。俺は、ぜひマニアックなカルト系をやりたいね。コアな層を狙って、いずれはじわじわと一般層にも知れ渡るような人気を」
と、半村が語り始める。
予想はついていた。
まったく話はまとまらなかった。
様子を見ていた佐田ケイは笑いをこらえきれない。
「みなさん、目がきらきらしてます! アニメってほんとうにいいものですね」
「うん。ほんっと、そうだね」
「わたしはアニメ全般が好きだけど、やっぱりロボットアニメですね。歴史を動かすような、ロボットアニメの金字塔を今からでも打ち立てたいなぁ。プラモデルも全世界で売れまくれりで」
辰巳の隣で、佐田ケイもまた、他の者に負けないほど、瞳を輝かせていた。やっぱり彼女も熱い心を秘めている。おいおい今からロボットアニメかよ! 野望が凄い!
「へっへへ。ところで辰巳さんは、どんなアニメを作りたいんですか?」
「それはね――」
満を持して辰巳が己の企画を発表した。
「ぜったいに、妹と恋するアニメだね。中学二年生のツンデレ美少女の妹。主人公は高校一年生の双子の兄妹で、この二人は犬猿の仲。で、双子で妹を取り合うって話なんだ。ポイントは兄妹萌え、姉妹萌えを同時に摂取できること。妹と恋したい!という願望は女性にもあるから、それを姉のほうで表現して――」
誰も、辰巳の熱弁に耳を傾けなかった。佐田ケイももうこちらを見ていない。
会議は難航した。
姫野が大きく肩を回して首を振り、椅子を後ろによけた。
「あーもうぜんっぜん進まない。よし気分転換にコンビニ行ってくるか」
「俺も行く」
「行こう行こう」
そして彼らはぞろぞろと連れ立ってコンビニに向かうのだった。
終わり
レジェンド声優120歳、定年退職す らいらtea @raira_t
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