第26話 残された人々と夢と

 ホイルとその従者たちが帰っていってから、約1年が経とうとしていた。

 頭がどうにかなりそうな体験を経たものの、以降も日常は続くわけで、辰巳は日々自分の仕事をこなしてすごした。気がつくと、猛烈な繁忙期は過ぎていた。やっと一段落つき、ドラゴンベアーの新作映画は無事に公開され――

 そして、無常にも時は過ぎる。全国の劇場公開が終わる頃となった。

 クマちゃんズ先生はもうこの世界にはいないはずだが、なぜか、まだ「クマちゃんズ先生」は漫画家として活動している。といっても公式コメント出すとか、キャラのカットをひとつ描くとかの細々としたもので、もう新作マンガはこれっぽっちも発表していない。おそらく、オリジナルメンバーの事情をまったく知らない一般の漫画家が後片付けを引き継いでいる。ホイルたちがうまいことやったのだろう。もはやそれではまったく「クマちゃんズ先生」ではないような気もするが……。とりあえず、名義上でも原作者がいてくれるだけで当面は困らないのでいいとする。

 辰巳は魂が抜けたように、当面の仕事のオファーを断り、自宅のソファでだらだらとスマホの画面を見ていた。次から次へと流れていく人々のつぶやき。

 業界やアニメファンの様子を観察しているかぎり、エンタメの世界にさほどの混乱が起きている様子はなかった。ホイルとその一味はうまいこと引き継ぎを行っていたようだ。まあ、そのために15年も滞在を延長したのだろう。

 あれは夢だったのか。

 と思いたいところだが、辰巳の手元には、例のブツがある――

 竜の至宝。

 なぜか自分が代表で預かることになってしまった。

 はあ、とため息をつき、彼は重たい腰を上げた。


『会議室取ったから、例の件について話す。暇な人は全員来るように』


 グループにメッセージを送信する。

 すると、全員暇なのか、昼過ぎにはいつもの面々がレンタル会議室に集合していた。

 みな鏡に映したように浮かない顔をしていて、思わず苦笑いが漏れる。


 辰巳たちはおのおのの担当作品は繁忙期を終え、みな仕事を休業していた。誰も大きい声では言わないが、これは、あの日、ホイルと出会い関わったことが大きい理由を占めている。

 辰巳はドラゴンベアーがもちろん大好きだが、なにもかもがあの一匹のドラゴンの思い通りだったことがどうしても腑に落ちない。地球のエンタメだ、自分たち地球人が創らないでどうするのか。

 とはいえ、今のアニメプロデューサーは、アニメ化したい面白い原作を見つけ、アニメ化の許諾をとり、スタッフに声をかけてそろえて、放送枠を確保し……そのような仕事が通例となっていた。1からアニメ企画をたちあげる人は少ない。辰巳にはそのようなスキルも経験もないのだった。

 それに、オリジナルはこけたら負債が大きい。まだ誰も見たことのない作品を世に送りだすのだから、うけるかはまったくの未知数。というか、明らかに成功しないことのほうが多い。夢はあるがハイリスクなのだ。

 なので、ある程度のヒットが見込める、すでに人気のある原作に飛びつくのが現状のアニメ業界。

 しかも――

 現在ヒットしているオリジナル企画は、そのほとんどがホイルが考えて生み出したのではないかという疑惑がついてしまった。

 なので、半村をのぞく四名は、今までと同じ量のモチベーションで仕事ができなくなったのだ。

「って、半村さんも休業してるの? なんでですか? 『はんぺんまん』だけは、正真正銘、ホイルの手がまったく介入してないオリジナル作品でしょ」

 塚が驚くと、半村は「いや、そういう問題じゃあない」とうなった。

「気分の問題っていうかね」

「わかります~。私も、世界で一番まじっくプリンセスが好きだと思ってたけど、急に距離を置き始めた。ホイルのつくった作品をそのまま喜んでていいのかなってなりますよ」

 

 その、ホイルに託された、魔法アイテム、『竜の至宝』は、けっきょく話し合った結果、元の世界に戻すことには使っていない。

 元の世界に戻すとなると、辰巳たちが解いた「はしのすみの謎」も、すべてなかったことになるし、今のこの胸にある感情も泡となって消えるのだ。


「なあ。まだ、俺たちにできることがあるんじゃないかな。このまま、ホイルのつくった作品が幅をきかせていくのはなんだか納得いかない。もちろん面白いんだけどさ。あの子に、負けてられないって思う」

 辰巳がつぶやくと、姫野がのりのりでひとさし指を立てた。

「お、そうだよね。人間もがんばらないと。うちらでアニメ会社作っちゃう? 作品は絶対オリジナルだけにするとか!」

「それおもしろいじゃないか。あまりにもハイリスクすぎるが」

 半村が大口をあけて笑うと、田原もころころと笑った。 

「人気の原作ならスポンサーがつくわ。けれどオリジナルだと、資金繰りが大変ね。スタッフも集まるかどうか。それこそ、アレにお願いしてお金出してもらったらどうかしら、魔法だからほぼ無限にお金出るんでしょ? ね?」

「いやいや、そこを魔法でチョチョイとやるのは……みんなつらい中で頑張ってるところでしょ。ズルじゃないですかぁ?」

 塚がやれやれと肩をすくめているが、その肩を姫野が横からつついた。

「いやいや、ズルとか言ってられないよ。何の後ろ盾もなく今から会社作って、オリジナルアニメ作るなんて、挑戦者すぎる。下手したら倒産して借金抱える末路だもん。ねえ辰巳?」

「あぁ――……、みんな、そのことなんだけど……」

 全員の視線が自分に注目しているのに気づき、辰巳はますます目を泳がせた。

「え? なにその目? あんたを信用してあずけておいた竜の至宝、まさか一人で使っちゃったとかじゃないよね? 全員で使い道決めるって約束でしょ」

 それはないことを証明するために、辰巳は鞄からテーブルの上に、竜の至宝を出して置いた。

「俺、ひとつ、使いたいことがあるんだ……」

 願い事は一度きり。

 承知の上で、辰巳は仲間たちにみずからの胸の内を明かしたのだった。

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