279.【番外編】名付け
お久しぶりです。先日はとても可愛らしいお洋服をありがとう。私は裁縫がまったくだめで、何から何までみんなに頼っている状態だったので、とても助かりました。サイズもちょっと大きいくらいだから、時期になればぴったりになっているはず!
次の大祭には四歳かな? 歩けるくらいにはなっているころですが、アルがとても心配性なので、連れていけるのはその次かなぁ? 人の出入りが多いので、不安だそうです。
それでも、いつか見てもらいたいなって思っています。
イケメンの血が、思う存分注がれた、うちの可愛い子を!!
お手紙にあった、名前なのですが、『アオイ』になりました。
日本らしい名前にしたらと言われて、女の子なら迷うことなく『サクラ』で決まりだったんですが、男の子の名前で日本らしいってなんだろう? とかなり頭を悩ませました。
その過程で、私はこの世界難しさに直面したんです。
「日本らしい男の子って、……ヤマトとか?」
「ヤマト?」
「私の故郷の……昔の名前?? ちょっと違うかな」
「うーん、近しい友人にヤハトがいるからなあ」
「あーっ、そうだ。似すぎてる。却下だね」
二階のゴロゴロ部屋で、シーナは大きなお腹を抱えて悩んでいた。
名付け!
それは、両親からの初めてのプレゼント!!!
と、そこまでは思ってないし言ってないが、アルバートがせっかくならと、日本由来の名前はどうかと言ってくれたので、夕食後のリラックスタイムにお茶をしながら考えていた。
「日本らしいかぁ……難しい。男の子……」
つい、頭の中が歴史上の人物に飛ぶ。
「織田信長? 豊臣秀吉?? 徳川家康???」
「トクガワイエヤス?」
「いや、それ名前全部じゃないから。徳川……日本らしいとは別なんだよなぁ。日出る……いやいやいや、藤原うーん……徳川……スケさんカクさん、水戸黄門」
「ミトコーモン。いいんじゃない?」
となりのアルバートがうんうんと頷いていてびっくりする。
「全然、全然良くないから! どこがいいと思ったの……」
「ほどよく長くて響きが良い」
「長くて!?」
あーーー貴族らしいとかそういった? いやいやいや、ダメ。ダメよ。
「ミトコーモン。ミトって呼ぶ? コーモンって呼ぶ?」
「ダメー!! 忘れて、今すぐ忘れて。黄門様、徳川、この紋所が……うん、葵の紋。アオイ、アオイは!?」
「アオイ? 少し短いけど、まあ貴族として生きるわけじゃないからね。響きはとても良いと思うよ。澄んだ感じがする」
そこら辺の感覚はシーナにはわからないものだ。
「アオイはね、花の名前なんだけど、昔の……王朝? の紋だったの」
「へえ、由緒正しい名前なんだね。素敵だと思うよ」
私はそのときとんでもない危機を回避できたと思ったんです。
「シーナ。今日はランバルトがお屋敷で一時間くらいならアオイを見ていてくれるっていうから、一緒に遠乗りにいかない?」
たまにこうやって、周りの人たちの助けを得て、ちょっとした息抜きに誘ってくれる。完璧すぎて倒れそうになる。うちの旦那様イケメンだ。嬉しくて顔がにやける。
アオイもランバルトに馴れてる……というか普段からお屋敷の人たちに可愛がってもらってるから、一時間くらいなら平気だろうし、お言葉に甘えたい。たまにはアルバートとデートしたい!
「お仕事平気なの?」
「ヴィルヘルム様も許可してくれてるから」
「みんな甘いからなぁ……」
「お礼はハンバーグがいいって」
「下心~!!」
ヴィルヘルムはハンバーグが本当に気に入ったようで、そろそろこれは、シシリアドに、エドワールにハンバーグを教えて、次の大祭の時には王都と聖地にレシピを置いてこようかと思ってます。
今度行ったら絶対また作ってと言われるが、正直【五葉】の皆さんも欲しがるし、なんならリュウも欲しがる。
レシピを渡した方が楽。
「じゃあ、少し遠乗りに行って、そのままお屋敷に行ってご飯作ってこよう」
「そうだね」
「エドワール様にお会いできたら、レシピいくらで買うか聞こう!」
「喜んで言い値を払いそうだな。マリーアンヌ様もお気に入りだ」
そんなに儲ける気はないけれど、一応けじめとして少しだけ払ってもらおう。未だにマヨネーズは死守している。
北の馬屋へ行き、なじみの兵士と挨拶を交わす。
「ミトコーモンを頼む」
「はい。利口な子ですね。アルバート様がいらっしゃるのがわかっているようでしたよ」
いや、ちょっと待て。
え?
えええええ?
現れたのは立派な黒い馬。艶やかな毛並みが美しい。
「いつもの馬とは違うんだ、ね?」
「ああ。最近ヴィルヘルム様からいただいたんだ」
「それで、名前が――」
「ミトコーモン。ほら、アオイの名付けの時の。響きが良かったから」
「ああ……」
「まずかった? 何かにつけたかった名前だった?」
いえいえ、つけることのない名前です。
「イヤ、ダイジョウブダヨ」
ミトコーモンは、とても良い馬だった。
性格は穏やかで、足の速い良い馬だった。
この世界にもブリーダー的なあれやこれやがあるらしい。種付けするのだ。その際、親の家名を継いでいくという。ならばと、アルバートはミトコーモンをミト・コーモンにした。
そうやって、コーモン家の馬があちこちで増えて行く。
そのうちマナさんの街にも、コーモン様の子や孫が現れるかもしれません。
私の犯した罪が、世界中に広がって行くんです。
「シーナ?」
「あ、お帰り、アル。ご飯の支度するから、アオイのこと見ててくれる?」
騎士服を着替えてくると寝室に向かったアルバートの背中を見ながら、シーナはテーブルの上を手早く片付けた。
アオイは床でいつの間にか寝てしまっている。起きたとき誰かいないと長々と泣くので、アルバートに見ていてもらい、部屋まで食事を持ってくればいいだろう。最近はすっかりこのゴロゴロ部屋が拠点となっている。
「何か書いていたの?」
「そう! マナさんに手紙をね。お礼と一緒に渡してもらおうと思って」
「ああ。彼女なら、ニホンゴで通じるんだね。……これは、アオイ?」
「そう! アル、結構単語わかるようになってきてるよね」
「帳簿を書き写しているからね。名前は音がそのままっだから」
「確かに! 名前だけはわかるのか」
「シーナはこう書くはず」
机の上に指文字で書く。合っている。
「すごいなぁ。私はこちらの文字は早々に諦めたのに」
「シーナも聖典は書けるじゃないか」
「あれは丸暗記だよ~」
基本全部丸暗記。決まった単語は書けるようにはなっている。顧客の名前もアルバートに教えてもらっている。それでも帳簿はお任せだ。提出書類なので、きちんとした形式にしないと先方に迷惑が掛かる。アルバートにも多大な迷惑を掛けつつ、毎度清書してもらっていた。
「私の方がニホンゴを覚えるのが早いかもな」
意地悪くにやりと笑うその顔に見惚れつつ、シーナはにやりと笑い返す。
「ニホンゴは、故郷の世界の中で一番難しいって言われてたんだからね? 例えば」
と、紙に、アルバート、あるばーと、と書く。
「これ、どちらもアルバートって読むの」
え、と彼が目を見開く。
あさ アサ 朝 と三文字書いた。
「全部同じアサと読む。でも三つ目の文字には、朝昼晩の、朝って意味も含まれる」
「……どういうこと?」
他にもアルファベットだってある。
「とっても難しいけど、とっても美しい言語なのよ」
そう言って立ち上がる。
「すぐ温め直すから待っててね」
大切な故郷の名前が、この世界に広まって行くのはとても、複雑。
―――――
アオイの名前を何にするかと友人と話していた時に生まれた話です〜
精霊樹の落とし子と飾り紐 鈴埜 @suzunon
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