『文字や言葉が湧いてくる男』

小田舵木

『文字や言葉が湧いてくる男』

 書かなければ死ぬ。間違いなく僕は死ぬ。

 何せ―僕の身体からは文字や言葉があふれてくるのだ。

 僕の座るライティングデスクの脚元には、書かれなかった言葉達が溢れている。

 僕の部屋の床には。書かれなかった言葉、文字が積もっている。

 残念ながら。僕はタイピングが遅い。思いつく速度に執筆が間に合わない。

 僕は身体から溢れれる文字を何とかPCのテキストエディタにぶつけているが。

 それは焼け石に水ってもんだ。文字や言葉が生成される速度に間にあっていないのだ。

 いつか。僕は文字や言葉に溺れて死ぬだろう。

 ああ。肩が痛い。丸一日ライティングデスクに向かいあっているんだ。

 そりゃ肩も凝るさ。

 だが。僕は書き続けなくてはならない。

 まるでさいの河原の石積みのように、僕は物語を紡ぎ続ける。

 

 気が付いたら。この有様だった。

 僕は特別な事をした覚えはない。

 ある日起きたら。僕の指先や頭から文字や言葉が溢れていて。

 どうにかしようとしたけど。結局は執筆してアウトプットする他はなく。

 僕はこの責苦をじっくりと味わうハメになった。

 最初の内は楽しかったさ。何せ書けない時期が続いていたから。

 だが。その内、義務になった執筆は責苦と化した。

 仕事なんかと変わりない。やりたかないけど、やらざるを得ないのだ。

 

 僕の身体は物理法則を無視して言葉や文字を生成し続けている。

 一体。何処からこれだけの質量が湧いてくるのか?

 そう。僕から溢れ出てくる文字や言葉には質量がある。

 感触としては玩具のブロックみたいな感じだ。

 カチャカチャと音を立てて、僕の脚元に積み重なる文字や言葉。

 僕はそれを片っ端からゴミ袋に放り込むが。それもまた焼け石に水ってもんだろう。

 45リットルの指定ごみ袋はあっという間に一杯になる。

 ああ。こんなことをする位なら。

 僕はPCに向かわねばならない。そして物語を紡ぐ他ないのだ。

 いい加減。腰が痛い。そして肩も痛い。目もかすむ。

 だが。やり続けなければ。文字や言葉に殺される他はないのだ。

 

                 ◆

 

 僕は残念ながら素人の物書きである。

 溢れ出す言葉や文字があるが。コイツを売って飯を食うことは叶わない。

 まったく。こんな事をしている場合じゃないのだが。

 切実な問題として。僕は物語を書き続けなくてはならない。

 書き続けなければ。僕の部屋は文字や言葉で埋め尽くされ。僕は死ぬ。

 

 僕は今日も溢れ出る文字や言葉を適当に組み合わせて物語を整形し。

 小説投稿サイトにポストし続ける。

 これに読者がつけば、少しは慰みになるのだが。

 僕の作る物語には人気がない。

 。一人相撲。

 こんな事をし続けている場合ではない。分かってる。僕には仕事がないのだ。

 他人のカネで暮らしてる。さっさと職を見つけなくてはならないが。

 僕の身体からは文字や言葉が溢れ出て。それが辺りに撒き散らされる。

 この有様で仕事を探しに行って。成功するだろうか?答えはノーであり。

 僕はこの症状を止めたいが。何とか帳尻を合わすので精一杯。

 

 PCに向かう僕は孤独だ。

 溢れ出る文字や言葉をどうにかする為の作業に忙殺されている。

 そして。僕の作品には読者はつかない。

 僕は詰まらない男なのだ。つくづくそう思う。

 そして。物語を創る能しかない。

 ああ。こんな僕に生きる価値はあるのだろうか?

 …ない。確実にない。

 文字や言葉に埋め尽くされて死ぬのがお似合いの男なのだ。

 虚しくなってくる。

 

                  ◆


 僕は死にたい。同時に死にたくない。

 矛盾した男なのだ。生きている価値などないのだが。

 命だけはどうしても惜しい。

 だから。僕は文字や言葉に溺れて死にたくない。

 今日も文字や言葉を無理やり物語に成形して。一日の生を何とか絞り出す。

 繰り返される日々。そこには達成感などありはしない。

 ただ。一日を生き残っているだけ。

 生き汚いと思う。しっかりした哲学の持ち主なら、こんな生き様、唾棄すべきモノとして切り捨てるだろう。

 

 僕は人生をことごとく間違ってきた男である。

 与えられる選択肢を全て間違ってきた。

 そして今の有様で。何とか生きているが。

 消極的に生きているだけだ。死ぬのが怖いから生きているに過ぎない。

 負け組や弱者男性という言葉があるが。僕にピッタリと当てはまる。

 僕は人生の敗残者であり。ここで文字や言葉に溺れて死ぬのがお似合いの男なのだ。

 なのに。僕は無駄な抵抗をし続けている。

 必死に文字や言葉を整形して物語に仕立ててる。

 文字に溺れて死にたくがない故に。

 負け犬は無駄な抵抗がお好き。

 

                  ◆

 

 僕は物語に救われてきた男であった。

 長い引きこもり生活の友は物語。

 だからいつか物語を書くことを夢見てきたが。

 今。溢れ出る文字や言葉に押されて物語を書いていると。

 無力感に襲われる。物語を書こうが。僕は救われなどしないのだ。

 いくら架空の世界を紡ごうが。僕はそこに埋没出来ない。

 残るのは虚しさだけ。

 だが。僕は書き続けなくてはならない。

 それは消極的な選択である。いつも通り。

 文字に押しつぶされたくがないが故に。言葉に溺れたくないが故に。

 僕は仕方はなしに物語を紡いでる。

 

 僕はライティングデスクの前でうなる。

 文字や言葉は湧いてくるが。それをどう物語に成形すれば良いのか分からないのだ。

 世界を紡ぐのは難しい。ただ、喋っているだけでは世界は創れない。

 僕は神の孤独を味わう。神もこんな気分だったのだろうか。

 そんな事をしている内に。僕の脚元には文字や言葉が積み重なっていき。

 僕は焦る。このままでは。今日の分が危ない。

 一日分、この部屋に文字や言葉が溢れる事になる。

 そうすると。僕が死ぬ日が近づいてくる。

 それだけは避けたい。僕は死ぬのが怖いから。

 

                  ◆

 

 僕の人生はこの部屋で留まったままだが。

 僕は空の自分の存在を絞って物語を紡ぎ続ける。

 それは状況に押されているだけだが。僕はなんとはなしに物語を紡ぎ続ける。

 

 僕は何がしたいのだろう。

 執筆をしているとそう思う。

 執筆をすることで命を延ばしているが。それ以外の執筆動機はどうなっている?

 僕は最初はアウトプットをする事で。自分を救おうとしていた。

 溢れ出そうになっている自分を何とか文字や言葉で表現することで、何とか無力感を遠ざけようとしていた。

 だが。文字や言葉で表現をするほど。僕の無力感は高まっているのだった。皮肉な事に。

 

 僕は最初から無駄な事をしているのだった。

 僕は間違った自己治療を自らに施してしまったのだ。

 そして。元々希薄だった自分の存在を絞り尽して。

 無になった今も仕方はなしに物語を紡ぎ続けている。

 そうしないと死んでしまうから。仕方はなしに。

 

                  ◆

 

 僕には。物語を書くしか能がない。

 そしてその能は。誰にも評価などされはしない。

 僕には何もない。手にしているモノは意味のない文字や言葉。そして自分を救えない物語。

 

 僕は常に虚しさに襲われている。

 切実な問題はあるが。それをどうにかしたところで救いなどないのだ。

 僕は物語を書くことで、一日生を延ばせるが。

 生を延ばしたところで。僕には何もない。

 生きていたって虚しさが襲うだけだ。

 僕はどこにも行けない。

 

 ああ。自殺を考えるべきか。

 自殺をしようと思うなら。簡単だ。物語を紡ぐ手を止めれば良い。

 そうすれば。僕は文字や言葉に押しつぶされて死ねる。

 そうして無に戻れる。あるべき場所に還れる。

 

 だが。僕は生き汚い。

 僕はこんな無意味な人生に執着してしまっているのだ。悲しい事に。

 無意味さを生きる。

 僕の立てるべき目標はこれである。

 だが。物語ホリックな僕は。無意味さの中に自分を埋没させる事が出来ない。

 意味のある物語に貫かれて生きたい欲求がある。

 だがそれは。嘘だ。僕は騙されているのだ。

 …誰に?それは自分自身にだ。

 

 意味のある人生なんて。シナリオがなければ発生し得ないものだ。

 筋書きがあって初めて。意味のある人生は成立する。

 ところがどっこい。本物の人生は。アドリブ劇なのだ。台本なんて洒落たモノは用意されていない。

 誰かのアドリブに振り回されるのが人生で。

 そこには意味はない。ただ。他人の思惑があるだけである。

 僕は哀れなマリオネットなのだ。他人に踊らされる。

 

 それじゃあ。自分で劇を創っていけばよろしい。

 僕の中の賢いヤツは言うが。

 僕には溢れ出る物語があり。

 僕はどう自分を演じて良いのかが分からない。

 いくらでも都合のいい物語は空想出来るが。

 

 そうして。無力で阿呆な僕は完成する。

 自分をどう演じて良いか分からないアドリブ演者、それが僕の正体であり。

 世界という舞台で彷徨ってる。そして。楽屋に籠もる。自分の部屋という楽屋に。

 

                  ◆


 言葉や文字は今日も溢れてくる。

 僕のライティングデスクの脚元にはそれが積もっている。

 意味のない言葉達。どこにもいけない言葉達。

 僕はそれを見ていると無力感に襲われる。

 こいつらをどうにかしてやらねば。そう思うのだが。

 回らない頭は物語を紡がない。

 刻一刻と僕の死は近づいている。

 文字や言葉に押しつぶされて死ぬ未来は視界の中に入ってる。

 

 だが。僕はもう限界で。

 キーボードを叩く事すらままならない。

 僕はライティンデスクに向かって項垂うなだれる。その間も文字や言葉は僕から湧いている。

 ああ。近い将来。僕は死ぬ。

 言葉や文字に押しつぶされて。

 それも運命なのかも知れない。

 それを甘受する心があればいいだけだ。

 僕は諦めれば良いのだ。そうすれば。少なくともこの責苦からは開放されるに違いない。

 

                  ◆


 僕はベットの上に寝転がっている。

 ベットの脚元には文字や言葉が積み重なっており。

 僕の身体からは文字や言葉が溢れ出る。それはベットの脚元に転がり落ちて。カチャンという音を立てて降り積もる。

 

 僕は死ぬことを決めた。

 もう。どれだけ絞っても物語は書けやしない。

 元々空っぽの存在を絞って物語を紡いでいたのだ。

 来るべき限界が来たに過ぎない。

 

 なのに。僕を襲う、この感覚。

 

 これは矛盾しているぜ。僕は疲れたはずではなかったのか。

 

 僕はどうやら。自分が思っていた以上に物語を書くことに取り憑かれていたらしい。

 無意味と分かっている作業に。自分を埋没させる事に夢中になっているらしい。

 これからまた。物語を書いたって。僕はどこにも行けやしないのだが。

 僕は内なる欲求に突き動かされて。

 跳ね上がるようにベットから起き上がり。

 ライティングデスクへと向かっていく。

 

                  ◆

 

 僕は。このまま。物語を書き続けて死ぬのだろうか?

 そう考えてみる。多分。そうなのだろう。

 だが。僕はこの作業に意味を見つけられるだろうか?

 …残念ながら。この作業には意味がない。

 僕はただ。物語を紡ぐことしか出来ない。

 救いなどありはしない。人生と同様に。

 だが。僕の身体からは文字や言葉が溢れ出す。

 そして。それに埋もれて死なない為には書き続ける他はない。

 

 シーシュポスの心境である。

 僕は意味のない作業に専念する哀れな生き物でしかない。

 永遠にこの作業を続けていく運命に落ちている。

 

 そうやって。

 今日の物語を書き上げてみたが。

 この物語もまた。誰にも届くことはないだろう。

 電子の海の底で朽ちていく運命にある。

 僕は書き続ける。

 ただ。死にたくはない故に。

 溢れ出る文字や言葉に押しつぶされたくないが故に。

 いつか。老衰で死ねる日を心待ちにしながら。 

 

                  ◆

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