第37話 「願わくば、今後の」
一瞬の爆音、一時の静寂。
闘技場には相変わらず、二つの人影と砂埃だけが残っている。
「––––––––そこまで。勝者は、ノベル・サルファー・プロスパシア!」
ヘルメスの一声で、正式に決闘は決着した。
勝って得るものも、負けて失うものもない、無意味だが充実した戦いは終わったのだ。
名残惜しさもあるが、今はただ勝利の余韻に浸っておこう。
疲れと重力に身を任せて、地面へ倒れ込む。
空は普段と同じ曇り空だが、心なしか普段より明るい気がする。
……いや、流石にそれはないか。
「ノベル。隣、いい?」
「お好きにどうぞ。あ、でも寝転がるのはおすすめしませんよ。砂のせいで背中が痛いですし、俺は既に後悔してます」
「なら止めれば?……そうだ、敗者として負け惜しみの一つや二つは言っていい?ほら、ここ最近は君に負けてなかったし」
「聞き流しますから、ご自由に」
わざわざ今言わなくても良いだろ、それは。
まあ、今回の勝利が久しぶりの物だったのは事実だが。
「……あの短剣、何?」
「あー……聖剣ですよ、即興で作った。錬金術の魔術式へ手を加えて、色々な物へ結晶化した魔力を纏わせられる様にしました。驚いたでしょう?」
「そりゃあ驚くよ、結界まで強引に切られたんだし。錬金術って大概何でもアリだよね。正直、使えるノベルが少し羨ましい。あと、最後のテレポートってどのタイミングで仕込んでたの?」
「空へ逃げる直前ですよ。いざという時に逃げる為、魔力を纏わせた短剣を地面へ刺しておいたんです。それがまさか、あんな使い方をする羽目になるとは」
元々は聖剣を爆破する気もなければ、自爆を避ける為にテレポートを使う気もなかった。
カッコ良く聖剣で斬って決める気だったんだよ、本当は。
「その技って、カルディアさん……だっけ。あの人に教えて貰ったの?」
「いえ、一応は自力ですよ。手伝っては貰いましたし、着想の元もカルディアさんですけど。いい人ですし、レクシーも話してみてはどうです?」
「んー……遠慮しとく。私まで行くと、ヘルメスが可哀想だし」
「確かに……?何であの二人って喧嘩してたんでしょうね。喧嘩するほど仲が良い、的な何かだとは思いますが」
現状の一番の謎は、師匠と師匠が何者なのかな気がする。
片や謎の天才錬金術師、片や転生者の最強魔術師。
どこで出会ったのかも不明だが、多分二人とも生きている年数が百年や二百年どころでは無い気がするし、推測と憶測を重ねても意味はないかもな。
……普通に聞きに行っても良いんだが、うっかり地雷でも踏み抜いてしまった日には骨も残りそうにない。
いつかあの二人に勝てる様になった暁には、堂々と正面から臨戦態勢で聞きに行こう。
「––––––––二人仲良く歓談している所に水を差したくはないんだがねえ。パ……カルディアから話があるらしいから、一応聞いておいてくれないかい?」
「はいはい、了解しました……背中痛いな、マジで。というか、もしや滅茶苦茶砂が付いてません?」
「うん、付いてるね。でも、どう足掻いても自業自得じゃない?」
「でしょうね!全く、過去の俺を張り倒してやりたいですよ」
「お、手伝うよ?私がしばき回せるのは今の君だけだけど」
「……暴力反対でーす」
迂闊な発言はするものではないな、いや本当に。
「……ワタシ、もう話しても良いですよね?」
「あ、それは勿論です。むしろ、俺が勝手に騒いでいて申し訳ありません」
「謝罪は求めていませんが……まあ、進めますね。ワタシの肩書きが学院長である以上、こういう時くらいはちゃんとしないといけませんし」
普段とは違う仰々しいまでの装飾が施された白いローブを着たカルディアさんは、どこからか透明な針を取り出して俺達へ手渡す。
テラスさんの使っていた、この街へ入る為の鍵か。
「––––––––ノベル・サルファー・プロスパシア及び、レクシー・スティル・プロスパシア。学院長カルディア・テロス・メイリックの名の下に、アナタ方両名の入学を認めます。ようこそ、セル・ウマノ魔術学院へ」
「お二人とも、おめでとうございます!今後学院で分からない事があれば、私の事を気楽に頼って頂ければ!」
「ええ、今後も機会があればお願いしますね。そしてカルディアさん、個人的な恩も含めて……お世話になりました」
「……ノベル。アナタは、ワタシ自慢の弟子です。あと数年の時間、あと数度の機会さえあれば、きっと最強へと至れる。今日、ワタシは確信しました」
そう語るカルディアさんは、これまで見たこともない程の笑顔になっていた。
まるで子供の様な、無邪気な笑み。
「レクシー、アナタも同じです。辿る道も、到達する場所もノベルとは違うかもしれませんが––––––––アナタ達はきっと、同じ事を為すでしょう」
カルディアさんがその笑顔を向ける対象は、俺だけではなく。
レクシーにもまた、同じ様に語りかける。
笑顔に屈託はない。
その言葉には、きっと嘘偽りもないのだろう。
それでも、何かに祈るかの様な切実さを感じるのは何故だろうか。
「先程渡した透明の針は、この街に入る為の鍵であり、また学院に所属している事の証でもあります。くれぐれも無くさない様、大切に扱って下さい」
「はい、了解しました。今の内に知っておいた方がいい事などはありますか?」
「そうですね……細かい説明はまた後日、制服を渡す際にでも。ワタシが諸々の手続きは行いますから、あと数日は心身を休めておいて下さいね?」
疑問はまだ沢山あるし、やるべき事もいまいち分からないままではあるが。
学院に入るという目標は達成できたので、一旦良しとするか。
––––––––ここまでの旅路も、楽しいものだったし。
願わくば、今後の生活も今以上に楽しいものであります様に。
貴族の誇りは投げ捨てた!〜貴族らしく振る舞おうと努力してたのに、戦闘と魔術が楽しすぎてそれどころではなくなってしまった〜 不明夜 @fumeiyo
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