第36話 「決闘、再び」
ローマのコロッセオを彷彿とさせる円形の闘技場。
その中央、砂が敷き詰められた地面の上で、俺達は向かい合っている。
「ルールは無用、何でもありの一本先取。先程渡した指輪を嵌めている限りは、私が頑張って不死性を付与しておいてやるからねえ。存分に殺し合ってくれよ?」
観客席から野次にも似たルール説明が行われるが、この手の話もこれまで幾度となく聞いてきた。
ヘルメスには悪いが、今の俺は戦い方を思案するので精一杯だ。
三人だけの観客席へ意識を割く余裕は、一片たりとも存在しない。
「ノベル、調子はどう?私に負ける準備、ちゃんと終えて来た?」
「そちらこそ、普段通りの調子に戻った様で何よりです。気兼ねなく勝ちに行けそうで安心しました」
「言うねえ。いいよ、遠慮なく蹂躙するから」
俺の約十五メートル前方に佇む、普段通りの黒いコートを身に纏った少女––––––––レクシーは、木製の大杖を俺へ向けて不敵に微笑む。
ヘルメスから渡された指輪の他に、普段は嵌めていない銀製のバングルが腕に嵌められているのも気になるところだ。
何らかの魔道具ではあるだろうが、自作の物だろうか。
対する俺の装備は、腰から下げた三本の短剣と
魔術戦をする際は相手の魔術をする手段を用意するのが定石だが、今回は敢えて一切用意していない。
木の盾を用意しておいたところで、大砲相手だと意味は無いだろう?
「それじゃあ、私が五数えたら決闘開始だ。……レクシー、今回は死ぬ気であの
「ふふ。ノベル、ワタシと試行錯誤した日々を忘れない様に。大丈夫、アナタなら勝てますよ」
「えーと……お二人とも頑張って下さいね!」
もうすぐ、決闘が始まる。
負けて失うものはなく、勝って得るものもない戦い。
それでも互いに勝ちたいと思い、今この場に立っている。
自分の強さを、相手の強さを証明する為の
もうすぐ、始まる。
「––––––––五、四、三、二、一……決闘、開始!」
そして、決闘は開幕した。
*
(とりあえず……いつもの確認でもしておくか)
右手に握った杖へ魔力を込め、軽く振る。
杖の先に魔法陣が描かれ––––––––レクシーを、爆炎が包んだ。
が、当然の様に彼女は無傷。
涼しい顔で立ったまま、杖を地面へ軽く突き立てる。
「今回の私は普段と違うから。受け切れるとも逃げ切れるとも、思わないで」
「なんだ、普段通りの無法じゃないですか。いいですよ、受けて立ちましょう」
彼女の頭上に広がるのは無数の魔法陣。
放たれたのは––––––––光の槍!
(よし了解、
杖を振り、今度は前方の地面に向けて複数の爆炎を生む。
そして立ち上った砂煙の中へ走り込み、急ぎ詠唱しながらレクシーへ接近する。
本当は詠唱を短縮したいが、それで効力が落ちてもらっても困るんだよな。
「水神レーゲンの名の下に、ノベル・サルファー・プロスパシアが告げる。我が血潮、我が肉体に魔力の加護を––––––––流れよ、”ヒュグロン”」
これで全体的に身体能力が向上し、接近戦の準備も同時に完了。
そのまま砂煙の中を疾走し、短剣を抜いてレクシーのすぐ近くへ––––––––!
「ああ、そういう魂胆?今回は短剣でやるつもりなんだ。でも、一旦離れてもらうよ。弾け、”シュラック”!」
「残念、その前に追尾を振り切らないとですから。頭上、失礼しますよ!」
「え。嘘、まだ追って来て––––––––」
レクシーを飛び越え、背後へ。
光の槍は全て放った本人か地面へ命中したが、最強の矛と盾だと盾が勝利した様で。
結局レクシーは無傷のままだが、戦いの流れは俺が掴んでいる。
まずはその無防備な背中に、短剣を勢いよく突き立て––––––––られない!?
彼女の周囲を覆う防御魔術に、短剣は勢いよく弾かれた。
「複数の防御系魔術の併用……では無いですよね、それ!常時展開するには流石の貴方でも魔力が持たないでしょうし!」
「さあ、なんでしょう?ま、教えないけど。縮め、”トランスファー”!」
「ああもう、幾らでも逃げれる魔力量は羨ましいですね!?逃げた所で無駄ですけど!乱せ、”イグニッション”!」
だが、そこまでは想定済み。
急いで道に短剣を投げ入れ、彼女の周囲の魔力を乱す。
さて、これで数十メートル先まで一瞬にして移動した彼女に短剣が刺さる筈だが……うん、やはり刺さっていない。
短剣は弾かれ、地面に落ちている。
これで戦況は振り出しに戻ったが、一つ情報を得られたのは大きい。
彼女の周囲を覆っている膜。
あれは、小規模な結界だ。
大気中に満ちている
一時的に一回限りの防御をするなら防御魔術の方が優れているが、展開し続けるとなると話は違ってくる。
防御魔術は長時間維持しようとすればするほど、術者自身が使用する魔力も加速度的に増えてしまうのだ。
それに対して、結界の維持に使う魔力は常に一定。
現代では些細なメリットだが、自身の魔力を使う結界はその性質上、大気中のマナが如何なる状況にあろうと関係なく使用できる。
その些細なメリットは、俺にとって重大な落とし穴になった訳だが。
となると、嵌めていたバングルは結界を作る為の魔道具か。
––––––––勝てる。
最初は面食らったが、アレの正体が結界なら勝てる。
後はもう一度、接近するだけだ。
そしてもう一度、彼女は地面に杖を突き立てる。
彼女の頭上にはたった一つだけ、巨大な魔法陣が輝いていた。
「星神シュテルンの名の下に、レクシー・スティル・プロスパシアが告げる。強くあれ、疾くあれ。無数の星々は、これより我が敵を打ち砕く。滅ぼせ、”ガラクスィアス”––––––––!」
貴族を貴族たらしめるものの一つ、血筋により継がれる継承魔術。
それは、彼女が持ち得る中では最強の魔術であり––––––––
いつしか彼女が、使わなくなった魔術。
魔法陣が回転する。
光の線が、まるで流星の様に地表へ降り注ぐ。
ならば、俺は空に逃げるまで。
「縮め、”トランスファー”」
地面に魔力を纏わせた一本の短剣を突き立ててから、
魔法陣が旋回し、空中の俺を穿たんと光線を放つ。
それを避ける為、空中で俺はもう
何度も、何度も。
滅びの流星を振り切るまで、何度も空を翔け––––––––
終いに、最後の短剣を抜いて彼女の元へ落下する。
「火が昇る、風が支える。水が落ちる、土が止める。星の巡りを英雄は詠い、彼等の歩みを俺は騙らん––––––––」
「五連直列詠唱、開始。弾け、”シュラック”!」
「––––––––”
俺を、俺の剣を弾かんとして五枚の透明な盾が展開された。
それを、正面から叩き切る。
刃渡りは20センチにも満たず、数秒しか形を保つ事が出来ない、白く輝く聖剣で。
聖剣は神の、英雄の、あるいは王権の象徴とされてきた。
残された多くの物語の存在こそが、人々が剣に何かを夢見た事の証左だろう。
無論、俺も例外ではなく。
俺にとっての聖剣は、
一歩踏み込む。
結界を切り裂く。
もう一歩踏み込み、振るった剣は––––––––
彼女の服に、阻まれた。
「服へのエンチャント、想定してなかった?だったら、私の––––––––」
「いいえ。想定していませんでしたが、俺の勝ちです」
崩れかけた聖剣に、適当な属性を流し込む。
聖剣がたった数秒間の夢幻だと言うのなら、最後くらい派手に爆ぜた方がお得だろう?
……多分俺って、勇者には向いてないんだろうな!
「それじゃあ、お先に失礼しますね!移れ、”テレポート”」
青い光は爆音を伴い、一瞬で広がる。
*
––––––––これにて、決闘は終幕した。
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