第3話 後編
「ばかっ!!」
私は彼の腕から無理やり逃れた。もう不敬罪でもいいや!
「殿下のバカバカっ、変態!
「ごめんごめん泣かないで……でもそんな顔もそそるな?」
「……こっの
「あはははは! 凄い言葉知ってるねえ!」
「そっちこそ、どこでこんなキスの方法を知ったんですか!」
「ん? そりゃあそういう本でね。君の為に色々勉強したんだよ」
「まだヒナのくせに!!」
「……そうなんだよね。ヒナのくせに色々知りすぎちゃってるから」
◇
殿下がこうなったのには訳がある。もともと私達鳥人のヒナは雌雄の見分けがつきにくいが、王家の鶏族はその傾向が特に強い。ジェレミー殿下は女の子の様に美しく生まれてしまった。それだけではない。生後半年で立ち上がり、1歳の時には言葉を理解した。3歳で既に本を読む天才だったのだ。
殿下が男の子であればその優秀さゆえに兄殿下の脅威になり、無駄な争いの種になると思ったジェレミー殿下の母上(側妃でいらっしゃる)は殿下に女の子の格好をさせた。勿論数年でバレるし王宮の深部の者には男の子だと言うのは知られていたのだが、あまりの美しさに外部の者にはなかなかバレずにいた。それで保たれた数年の平和を賢しい殿下が肌で理解してしまったのだ。
やがて殿下は男の子であると周知され、婚約者を選定する期間になっても、殿下自身が女の子の格好をする事をやめなかった。それだけでなくピヨピヨピー! と馬鹿な言動を繰り出す。だんだんと陰で「天才となんとかは紙一重」「うつけ殿下」と呼ばれるようになり、彼にすり寄る貴族はぐっと減った。それでも一部の新興貴族や成金貴族はご機嫌伺いにやってくるが、適当に相手をしている。
そんな殿下の婚約者の座を望む令嬢は勿論少ない。私、オクタヴィア・スワロー侯爵令嬢もできれば避けたかった。だが、婚約者候補の一人としてジェレミー殿下と顔合わせをした時、もしかしてこのひとは噂通りのうつけ殿下とは違うのでは? と思ってしまったのだ。
野生のカンを持つ殿下は、その瞬間私の心を読んだらしくにっこりと美しい笑みを見せてこう仰せになった。
「うん、気に入った! この子に決めた!」
ああ、あの美しい笑みったら! 私はその時点で彼に魅了されてしまったのだ。
◇
「……殿下」
流石にちょっと可哀そうになったので歩み寄った途端。
「つーかまえた! ふふっ騙されたね」
さっきまでの美しさを伴った悲しげな顔が一転、いたずらっ子の少年の顔になる。
「殿下!」
「もう逃がさないよ」
そう言ってぶっちゅぶっちゅ頬にも口にもキスをされまくる。……ちょっと! 言って良い嘘と悪い嘘があるでしょう!!! トサカ(無いけど)に来たわ!!!
「殿下ァー!! お戯れもほどほどにッ!!!」
私の怒りMAXの叫び声に、外で待機していたらしい侍女達が慌ててドアを開け入ってきた。そして呆然とする。そりゃそうだ。どこからどう見ても美少女の殿下が、彼より背の高い、男装の私を拘束してキスをしまくってるんだもの。
「……」
「……」
「……」
暫くの沈黙の後。このうつけ殿下、何と言ったと思う?
「やだ……オクターのえっち///」
もうブチ切れですよ。
「えっちで結構!! そんなはしたない令嬢は要らないでしょう? 今日この場で、私とあなたとの婚約は破棄させて貰います!!」
「え、ちょっと待って! 冗談だから!!」
「私は冗談がわからないノリの悪い鳥人なので! 失礼します!!」
私は真っ赤な顔で王宮から駆け出した。私も完全な
まあ、そんな訳で。私はめちゃくちゃ怒ったのでジェレミー殿下が何を言ってきても無視した。お茶会もキャンセルしまくったし手紙や贈り物はすべて突き返した。とうとうあのうつけ殿下が折れて「ごめん、本当に俺が悪かった。何でもするから許してください」と我が家を訪れて土下座したので条件付きで許してあげた。
その条件とは。殿下が完全な成体になって結婚するまでは私に指一本触れない事。
夜会のエスコートやダンスすらもダメ。どうせ今までは女装の上ふざけてばかりいるからって理由で滅多に夜会も出てなかったんだから問題ないでしょう?
「え……指一本?」
「文句があるならこのまま破棄で結構です」
「ないない! 文句ない! だから破棄はしないで!」
◇
いやにあっさりと条件を呑んだなと思ったら、この殿下とんでもなかった。
そこから僅か1年で、私の身長を抜いて長身の美青年に。あのふわふわのたまご色の毛も全て抜けつやつやと輝く白い羽毛と虹色の尾羽に生え変わり、頭には燃えるような赤の冠が出来た。
「これで結婚できるね♪」
「なんで……殿下、13歳ですよね? まさか偽物じゃ」
「やだなぁ。偽物なんか用意したらその偽物が君に触れることになるじゃない。絶対にそんなの嫌だもん!」
私はツキツキと痛む頭を抑える。
「ああ、そんな事を仰せになるのは多分本物ですね……。でもどうやって?」
「ふふっ、内緒だよ?」
殿下は私の耳に顔を寄せた。たまご色の毛はなくてもやっぱりいい匂いがする。
「王宮の書庫にある本は大体読みつくして内容を覚えてるからね。その中にある秘術をちょっと試してみただけさ」
「秘術!? それ、生贄とかヤバイ代償を払う奴じゃ……」
「そんな事してないよ。ちょっとセイチョー・ホルモンザイの神に祈りを捧げて宗旨変えしただけ」
「な! それ、今では禁忌とされてる古代の邪教じゃないですか!!」
「大丈夫だよ。10万ページ以上歴史書を読んだけど、今の主流の宗教家達が他の宗教を弾圧する為に邪教だと言い張っただけみたいだから」
「お戯れを!! 王族が宗旨替えなぞしたら国が乱れます!」
「だから内緒にして。ね?」
ジェレミー殿下は美しい顔の前に人差し指を立て、しーっと言った。そしてその顔をこちらに近づけてくる。くそっ、ホントに無駄にホントに美形だからドキドキしてしまう。落ち着けオクタヴィア。深呼吸だひっひっふー。
「あ、その呼吸法。もうすぐ役に立つね?」
「た、立ちません!!」
くっ、この
でも悔しいけど好きっ!!
ひよこ殿下……。婚約破棄ごっことか「俺様になって」とか、お戯れもほどほどになさいませ 黒星★チーコ @krbsc-k
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