第2話 中編
その
左手を差し出すと、何故か殿下の右手はその下をスルリと掻い潜り僕の背中を抱いた。
「今日はこっち」
え? まさかリードを取りたいの?
「いや、でも」
「なに? 私が
不服もなにも。僕、自分より背の低い人にリードを取られたことが無いから上手く踊れる自信が無いんだけど。でもそんな事殿下に言えな……あ、カンの良い殿下に伝わっちゃった? 若草色の瞳が上目遣いにこちらを睨んでる。
……あ! そうだ。前に殿下が「オクター、小説に出てくる俺様ヒーローの真似をやって見せて!」って言ってたワガママを叶えてあげよう。
「こら、俺を困らせるなよ、かわいこちゃん」
僕は殿下の綺麗な弧を描く顎に手を掛け、くいと持ち上げて顔を近づけた。
「君は俺に身を委ねていればいい。悪いようにはしないから」
「……!」
ガゼボからごく小さく「まあ」と言う声が聞こえたので顔は動かさず目だけチラリとそちらにやると、僕の侍女が口に両手を当て、目を潤ませてウンウンと頷いてた。王宮の侍女達もぽうっと見とれている。うん。僕の演技は彼女達から見て及第点を取れたみたい。
視線を目の前の殿下に戻すと、こちらは宝物を見る少年のようなキラキラした目で僕を見上げていた。
「オクター、最っ高! こないだ言ったの覚えていてくれてたんだ!!」
そう言って殿下は僕に抱きついてくる。ふわふわのたまご色の髪の毛が僕の鼻先をくすぐった。いい匂いだなあ。なんか悔しい。
「では殿下、改めて。僕と踊ってくださいますね?」
「うん!」
僕は左手で殿下と手を組み、右手は背中に回してステップを踏む。実はリードもそれほど上手じゃ無いんだけど、練習したからまあまあ見れるレベルだと思う。それにジェレミー殿下が上手く合わせてくれてるのもあるし。その殿下は笑顔でくるりとターンをすると髪とドレスがふんわりと広がり、日の光を弾いて輝いた。その様は軽やかで美しく、まるで妖精のよう。
音楽もないのでひとしきり踊ったら終いにして体を折る。侍女達がお愛想の拍手を送ってくれた。
「ふふ。汗かいちゃった。ちょっと部屋で涼もうよ」
殿下に手を引かれ、中庭から王宮に戻るとでっぷりと太ったひとりの貴族がこちらに寄ってくる。あ、あのガチョウらしきヤツはいつぞやの成金伯爵じゃなかったっけ?
「これはこれはジェレミー殿下。今日も実にお美しい」
「ん? そうお? ありがとうフォアグラ伯爵」
「いやあ、それに加えてダンスの腕前も素晴らしいですな。今見ておりましたが溜め息が出ましたぞ」
「ははは、そこまで言うとおべっかも気持ち悪いよ」
「おべっかなんてとんでもない! そちらのスワローのお子様とだけでなく、是非とも次の夜会ではうちの娘とも踊って頂きたいものです。いや、息子かな?」
成金伯爵はそう言うと僕の方を意味ありげにチラリと見た。
「だめだめ。オクターは私のもの! 」
と、頬を膨らませた殿下が僕の横から伯爵の前に立つ。
「オクターに手を出したら許さないよ!」
「おお、これは怖い怖い」
フォアグラ伯爵はニヤニヤとイヤな感じの笑顔を見せた。口とは裏腹に怖がってはいないよう。
「いこ! オクター」
「え? で、殿下」
戸惑う僕を引っ張りながらジェレミー殿下は廊下をずんずんと進む。あっという間に王宮の深部、殿下の私室にたどり着いた。
「人払いを」
「しかし……」
部屋に入るなり殿下は侍女や従僕達に命じる。でも彼らは素直に従うべきか躊躇っていた。無理もない。いくら婚約者とは言え、未婚の男女を部屋に二人きりで残すのは流石にまずいと考えたのだろう。
「なあに? 私がオクターに何かすると思ってるの?」
殿下は意地の悪い目付きをした。
「私は声変わりも精通もまだの子供なのに、何をすると? ねえ、言ってみて?」
「いえ……失礼致します」
侍女達は気まずそうに目を伏せて部屋を出た。出ていってしまった! あわわ、ほんとに二人きりに……。
「オクター、こっちへ来て」
僕の背中にねっとりと甘く低い声がかかる。
「は」
「何をそんなにビクビクしてるの? ふふ。可愛い。ヒナみたい」
ヒナはあなたでしょうに! ……ってちょっと待って。
「殿下、お声が……声変りがまだってウソですか!?」
「あ、バレちゃった。これを知ってるのは兄上と君だけだからまあいいよね?」
よ、良くない、良くはない。いや、声だけなら良いけど、この状況は良くなくなくなくなく……
混乱している
「オクター……
「殿下ッ」
「大丈夫。君は俺に身を委ねていればいい。悪いようにはしないから」
「それっ、さっき私が言ったセリフ……ひゃんっ」
私の言葉は最後まで言えなかった。その前に殿下が私の首に口づけたから。
「な、何なさるんですかっ!」
「マーキング。だって君が悪いんだよ。あんまり君がかわいいから、伯爵もいやらしい目で見ちゃってさ。せっかく悪い虫がつかないように男装させてるのに」
「うそっ! 単に殿下のシュミでしょ!?」
「あ、バレた?」
ジェレミー
「いいじゃない。どうせあと2~3年で俺の身体は君の背に追いついて、この黄色の髪の毛も生え変わっちゃうさ。それまでの戯れだよ。愛しいオクタヴィア」
そう言うと、殿下は私の頭の後ろに手を当て、背伸びをして私の唇をついばむようにキスをした。二度、三度。
……と思ったら、ついばむどころかもっと濃厚なキスをはじめ……いや、無理ぃ!!
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