エピローグにございます

第20話 永遠の愛に感謝をささげまして(完)

 前日までの嵐がウソみたいな、王都は穏やかな朝を迎える。今、わたしの心は、かつてない幸福感に満ちあふれていた。


 近衛楽隊による、祝祭のラッパが鳴り響く。わたしたちの門出のために、雲一つない青空目がけて、祝砲が三度打ち上がった。




『選ばれし吉日をもって、国王ジブリールと王后エスメラルディーナは、婚礼並び戴冠式を挙行する』




 ここは、王立教会に併設されたコテージだ。



 重厚な鐘の音が、止む気配などない最中、古の習いに則り、わたしは薄青のドレスをまとっている。


 素敵なドレス……なのは間違いないけど。

 うっ……コルセットを、もう少しだけ緩くした方がよかったかも。



「あなた、顔色よくないわ」

「ローザ……」



 困った時、頼りになる、また従姉妹どのだよね? 


 新郎とかち合わないタイミングで、メイドたちを呼び寄せる。彼女らの手を借りて、わたしはコルセットの紐を緩めた。



「お呼びはまだなの」

「それ、口にするの五回目よ」



 生まれて初めて味わう緊張から、自分が発した言葉すら覚えていない。


「三十分! 覚えましたか?」

「そう」


 そんな風に怒りすぎたら、シワが増えるわよ!


 新郎新婦は祭壇の前で顔を合わせる習わしだから、あと、もう少しの辛抱よ!


 あゝ、でも早く……。普段よりも素晴らしい、ジブリールさまにお会いしたいわ!



「ですから、砂糖漬よりシロップ漬の方が……」



 突如、世間話に花を咲かせるメイドたちが口をつぐむ。女性ばかりいる控室にて、扉を叩く音が木霊した。


「失礼を。王后陛下。参道の方へ移動願います」


 せっかく、待ち時間をつぶすアテがついたのに。

 でも、仕方がないわよね。


「みなさん。準備はよろしいですか?」

「はい!」


 ローザの手でベールを整えたら、女官の手引きで出口へと向かった。




 外は白い光にあふれて、風は穏やかにそよいでいる。緋色の起毛が波打つ真上に、わたしたちは最初の一歩を踏み出した。



 ーーリンゴンリーン……。



 言祝ぎの鐘が響く礼拝堂は、数多の参列者によって席が埋め尽くされていた。


 青いベール越しに人の輪郭がかすかに見える。右手をローザに支えられて、わたしは祭壇を目指して歩いた。


 ジブリールさまとのご対面まで、あと数十歩くらいかしら。



「永遠の愛と平和のために、神の御前で口づけを交わすのです」



 神官さまのお導きに対して、

「御意」

「かしこまりました」

 わたしたちは、是と答える。



 この瞬間のために、寸暇を惜しんであらましを頭の中に叩き込んだのよ。泣いちゃダメなんだから。


 そう自分に言い聞かせてみたものの、案の定と申すべきか、片方の瞳から一筋の涙がこぼれた。



「そこに座して」



 二人並んで床に膝を置く。目を閉じて、頭上に感じる重みに耐える。


「ここに手を乗せて」

「はい」


 今までも、ジブリールさまのお手を借りてばかりだったけど、こんなにも心強く感じ入ることはなかった。



「私の方へ顔を」



 改めて、ジブリールさまと向かい合う。その瞬間、厳かな鐘と暖かな拍手が、折り重なるように響いた。




 大方の参列者が出口へ移動を始める。この後、王都内を馬車で巡行するのよね。筆頭女官のローザがいないと、なんだか不安になるわ。



「夜会の時間だが」

「九時ではなく、八時に終わるように手配したから」

「左様に……」



 それって……!?



 夜会の後、湯浴みで体を清め終えたら、

「あああ……跡継ぎの準備、大丈夫かな?」

 わたしの耳元で、ジブリールさまが気まずそうに、そっとささやいた。



「陛下?」



 こんな風に、しどろもどろなジブリールさまって、初めてお目にかかるかも。



「何分、初めてなので。でも、母と義姉のお陰でおおよその範疇を……」

「誠か? 詳しいことは、後で話すとしよう」



 陛下の仰せの通りに。とりあえず、今は目の前の難題に取りかかるべきだわ。


 楽隊による祝福のラッパを合図に、わたしたちは歩調を合わせて出口に向かう。



「おめでとう御座います! 両陛下」



 出迎えの列に居並ぶ、紳士淑女たちの祝福を受けて、わたしたちは、白い石段を降りて行く。


眼下には、屋根を取り払った馬車一台。わたしたちを待ち構えていた。



 車は小さいながらも、二人用の座席は決してせまくはない。今まで向かい合う形での着席だったから、速なる鼓動を抑えたくて、わたしは息をゆっくり吐き出す。



 当然だけど、みんなにばれないようにね!



「エメル」

「目を閉じて」



 小声での耳打ちに魔法でも? と思いきや、首元への口づけって、誰かに見られたら……。



「あっ! 誰も気づいていない?」

「そなたとの口づけを堪能したいから、我々の睦言をみなが認識しないように、魔法を施した」

「ええええ……それ、大丈夫ですの?」



 馬の嘶きの直後、馬車はゆっくりとすべり出す。


「存外かな? 我が君よ」

「いいえ、わたしも嬉しいです。陛下」


 大胆不敵と言うべきだろうか? わたしたちは熱い口づけを交わす。



 周囲が咎められる心配もなく、わたしはジブリールさまからの愛を享受した。



「国王陛下万歳! 王后陛下万歳!」



 民衆による祝福の畝りを浴びる。口づけを惜しみつつ、わたしたちは前をむく。祝福の嵐に応えるべく、沿道に駆けつけた、人々に向けて手をかざした。



 王宮を出た馬車は、大通りを厳かな雰囲気のまま駆けぬける。見上げれば、大空を二羽の鳥が寄り添いながら羽ばたいていた。




 青々と輝く大空を、あの番のようにどこまでも!

 わたしたちは、新しい世界へと走り出した。


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また従姉妹の婚約破棄に巻き込まれたら、次期王妃の大役を承りました? 赤羽 倫果 @TN6751SK

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