閑話といたしまして! ……さる筆頭女官の告白……

第19話 あれから、一年がすぎまして……

 『クイーンズカレッジ』の卒業から王位継承者の交代に加えて、王后陛下の崩御と、様々な難局が波濤のように押し寄せた。


 特に件の『葬儀』に際しては……。


 一年のうちに、これらの出来事を、真摯な姿勢で対処された王甥殿下と我がまた従姉妹どのの婚礼が、あと一ヶ月まで差し迫る。


 ある日のことだったわ。




「一年すぎるのも、あっという間だわ」

「その通りにございます」




 私とエスメラルディーナは、お互いの婚約者に支えられたお陰もあり、穏やかな日々を過ごしている。


「カタリナさまの婚礼での絵姿は、今年中に完成するみたい」


 現在、王宮の別館を、『王立芸術博物館』に改装中で、こけら落としでお披露目用として、エスメラルディーナ自ら依頼されたそうな。



「あなたの絵姿と並べたら、さぞ、素晴らしいでしょうね」

「はい?」

「どうかされたの」

「いいえ」


 エメルったら、自分の絵姿は用意させないつもりかしら? うーん。まあ、本人の好きにさせてあげようか。



 一応の近況として。国法の定めによる喪が明けて、カタリナさまはアジュール公爵家のシモンさまと、正式な婚約を整えられた。




『王国を上げての婚約式ならば』




 と言った風体で、私とヴィルヘルム、エメルと王甥殿下までもが、同じ日に婚約式を取り行った。


 言わずもがな、前代未聞の出来事よ!


 普段、国の催事に物言わぬ、カタリナさま立っての願い。宰相の父が愚痴をこぼしたなど、私の胸にだけしまっておくわ。



「カタリナさまは、アジュール公爵領の教会で婚礼の署名式を挙げられるのね」

「王女としての降嫁ではなく、『ニエル女侯爵』のご身分を選ばれたと、聞きおよんでいます」

「なら、祝辞用の書簡。お願いするわ」

「かしこまりました」



 一年に渡るお妃教育により、エメルに『女王』の風格が備わった。




『賢すぎる、また従姉妹どのの身代わりとは、お労しいことか……』




 口すがない王侯貴族の悪評も、すっかり過去の遺物となった。

 ふふふ……エメルは、昔から『やれば出来る子』なの。


「それから、聞いて下さる」

「何事でございますか」


 署名ずみの羊皮紙を受け取ろうと、私は文机の手前まで歩み寄る。



「例の草案を書き直したのだけど……」



 受け取った羊皮紙に書かれた文字を見て、私は血の気の引く思いにさいなまれる。いつになれば、ドレスの裾丈にまつわる法案を通すなど、諦めて下さるのか? 



「聞いているの」

「このたびは……」



 私、ロザリンド=オーモンドの立ち位置だけど、婚約者のヴィルが、結婚年齢に達するまでの期限つきながら、未来の王后陛下つきの筆頭女官を勤めている。


 王宮に出仕する全ての女官を代表して、閣僚たちとの交渉ごとを一手に引き受けているの。世間では私を、『未来の女宰相』と呼んでいるけど、それはちょっとご遠慮願いたい。



 もっとも、その最たる原因を作っているの、

「ジブリールさまったらねぇ」

 妙な部分で、エメルが妥協したがらないから。



 件の筒状ドレスを広めるべく、裾丈の長さの下限にまつわる法令の承認が進まなくて、ジブリールさまと喧嘩が絶えないのだとか。



「貴族の妻君が、娼婦じみた裾の短いドレスをまとうなど……」



 王甥殿下のご言い分だけど、わからなくない。



「でも、養蚕を増大させる手段が限られている。現実を見なさいませ」



 エメルったら、かわいい顔に似合わず、物事をシビアに理解出来るから、怖いのよね。


 先日、話し合いが平行線のまま終わったら、養育係が余計な知恵を授けたと、ぼやいていらしたけど、言いがかりはおやめください。



 全くもって恥ずかしいわ。



「確か、背の高さは人それぞれのはず」

「ローザ?」



 あら、私ったら余計な一言を申してしまったかしら。


「そうね。布の長さではなくて、足の特定の場所から上に、採寸した時の数値を基準にするべきよね」

「そうしますと、令嬢やご婦人の年齢と身分に合わせて?」

「そうそう! さすがローザだわ」


 なんだか嫌な予感がして……。この時の悪い予感が当たり、筒状ドレスをオクシタニア王国に広めた『採寸にまつわる法令』は、『ロザリンド法』として、隣国にも知られることとなった。



「草案を初めから作り直さないと」



 どうしてくれるのよ。エメルったら……。本当に、かような形で、名を残すはずではなかったのよ。




 故に、いかなる場所であっても、私が筒状ドレスをまとう機会を持たなかった。




 後年、私の孫が編纂した歴史書には、そのように記載されてしまうけど……。これはまた、別の話だったりする。

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