僕≠
僕と兄は、古い平屋の一軒家に二人で住んでいる。
父の仕事の転勤を機に、親子別々に暮らしているのだけれど、両親は何かと理由をつけてこっちに会いに来るのであんまり離れている気はしない。
母方の実家を内装だけリフォームして貸家にしていて、借り手が居ないから管理も兼ねて住まわせてもらっているのだけど、実家に借りは作りたくないと、家賃は兄がしっかり払っていた。
それでも、厚意なのか監視なのか、実家の関係者の人が庭の剪定や掃除に定期的に来ており、兄はそれに何も言うことはなかった。
二人で管理するには広かったし、それだけの理由じゃないのかも知れない。
事情があって兄は在宅で仕事をしているが、どうやって稼いでいるのか正直なところよく分からない。ちょっと変わった兄だけど、変なことはしてないと僕は信じている。
「おかえり」
「あれ、外に居るなんて珍しいね」
玄関の扉を開ける前に、庭の方から声がかかる。
視線を向けると、兄が立っていた。
「さっきまで神楽が居たからな。小言がうるさいから逃げてた。外に出ないと大きくなれないって、何歳相手に言ってんだアイツは」
「あはは、そうなんだ」
「お前、なんか良いことあったのか?」
「良いこと? 何もないよ」
「ふーん、なんかそれにしてはスッキリした顔で笑うのな。今朝まで学校行くの嫌そうだったのに」
まぁいいやと、家に入るように促す兄に、よく気がつくなと驚く。灯も僕の気持ちに気づいていたみたいだし、分かりやすいだけなのかも知れないけれど。
「神楽が作って帰ってるから、ご飯すぐ食べられるぞ」
「なら食べよう、お腹空いたよ。これ、お土産に人形焼き」
「ん? お前今月小遣いもうないだろ」
「なんで知ってるのさ。貰ったの、食べながら話すよ」
それから二人で食事をしながら、僕は今日あったことを話した。
灯のこと、じゅんたのこと。
……ゆびふでを使ったこと。
◇
「ふーん」
「なにさ、その反応」
夕食を終え、ひとしきり今日あったことを話すと、兄は人形焼きを頬張りながら気のない返事をした。興味がないような、考えているような……どちらとも取れる反応。
「いや、私はお前が良いのならそれで構わないしな。その指も、隠した方が面倒が少ないだろうってだけだ。使いたいなら使えばいい。そうできるように、神楽にもその手ぶくろを作ってもらったんだからな」
そう僕の手を指さしながら、兄は言葉を続ける。その内容は、二人で暮らすようになって彼が僕に言い聞かせてきたこと。
「悪用はしないと信じている。ただ家の……陣之内の血に振り回されるな。その力がなくても、お前は誰かのために心を尽くせる人間だ」
「……うん、ありがとう」
兄の言葉に、胸が温かくなる。
小さい頃から聞かされてきた、他では聞いたことのない昔話。
祖父母からも、親からも語られた話だ。
僕のご先祖様にはもっと不思議な力があって、神を内に宿していると讃えられていたみたい。
噴火を予知し村を救う英雄譚や、氾濫した川を曲げた巫女の話。なぜかは分からないけど、おっちょこちょいな尾の生えた大道芸人の話なんかもあった。
でもそれは本当に神様を宿していたわけではなくて、まだ人ならざるモノが潜んでいた時代に、外から異能を取り込んだからだと教えられた。
妖怪を食べ、栄えた一族。
簡単に表すとそういうこと。口伝くらいしか残っていない、確かめようのない昔のことだ。
けれど、たまに先祖返りみたいに変化が現れることがあることを、兄も僕もその身をもって知っている。
僕はこの指。
兄は身体の成長速度が、通常の人に比べ遅い。顔つきも幼く、二人並ぶと僕が兄と言った方がしっくりくる。年齢と見た目のギャップが大きくなりすぎたこともあり、在宅でできる仕事をしているという事情もあった。
「私のこの見た目はまぁ、不老不死をもたらす
僕の指が変化した日、状況が受け入れられず混乱する僕に、兄自身のことを教えてくれた時の言葉だ。兄は昔から頭が良く、状況理解も在宅ワークにするなどの自身の方針を決めるのも早かったらしい。
戸籍上では六つ離れているが、本当は六つではないのかも知れない。でも僕にとって兄であることは間違いないと両親からも言われているから、年齢なんて些細なことだと、今では思っている。
「
「すぐにそんな気にはならないよ」
「そうか? きっかけなんかちょっとしたことだろ。朝の挨拶が明るかったり、髪を切って似合ってたり、料理が美味かったりな」
「それ全部、神楽さんじゃん」
「さぁ、なんのことだろうな」
食後の他愛もない会話。家族全員よりは、二人で過ごしてきた時間の方が長い、いつもの光景だ。
僕が自分の変化にも大きな動揺もなく過ごしていられるのは、間違いなく兄のお陰だった。
でも、その兄は自分の抱く想いを隠している。
人のことは色々と口出しするのに。
◇
夕食後食器を洗いながら、僕は以前した兄との会話を思い出していた。
「お前のその指が何の特徴を発現させているのか、まだ分からないことが多い。ただ似ているとしたら、袖引っ張りという妖が存在した。見えないところから袖を引っ張って、その方向を向かせるヤツだ」
全然聞いたことないし、スゴイ妖じゃないから安心だと僕が言うと、兄はそれを否定した。
「ほとんどの人間が、どこか自分を偽って生きている。願いの後押しにもなれば、望まぬ誘導にもなる。力そのものには、良い悪いはないんだ。お前なら心配ないと思うがな」
僕を信じている。
陣之内にまつわる話をする時には、必ず最後にそう言ってくれる兄。だからこの話をされた時、僕は一つ誓ったことがある。
「そうだね。なら、口に出せないことには使わない。約束する。ちゃんと、僕自身からも同じ言葉を伝えるよ」
「それがいい」
書いて溶かす言葉は、口に出す。
なら書く意味がないと、誰かが聞いたら思うかもしれない。けど書くことは、僕自身が言葉にする勇気を一歩を踏み出すためでもあった。
いつか、兄にも伝えたい言葉がある。
──素直になって。
背中を押す、この言葉を。
居間に戻ると、兄は残り二つになった人形焼きを食べるか分けるか考えているのか、なぜかライトにかざしている。
その仕草だけなら、本当に弟にも見えるなと可笑しかった。
「ねえ、手ぶくろがほつれてきているんだけど、神楽さんに頼んでくれない?」
「なぜ私から、自分で言えば良いだろう」
「まぁ、いいじゃない。ご飯美味しかったって、ちゃんと伝えないとダメだよ?」
「……そうだな。なら小遣い渡すから明日これ買って来てくれ。甘いもので釣れるだろう」
こちらをチラッとだけ見て、いつもと変わらない淡々とした口調で言う兄。
その少しの変化を僕は見逃さない。耳が赤くなっていた。
「素直に食べさせたいって言えばいいのに。明日ならまだあるんじゃないかな、小遣いおまけしてよ」
「さぁ、なんのことだろうな」
僕の和やかな日常は、家族がというよりは、ほとんどが兄が作ってくれた。
陣内である前に、僕は僕。
いまそう思えるのは、兄が自身を通して教えてくれたからだ。
だから僕は、兄自身にもちゃんと幸せになってほしいと、願わずにはいられない。
キミの為のゆびふで つくも せんぺい @tukumo-senpei
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