第26話 エピローグ

 あの事件から3日間。

 マリ奪還作戦は全世界に報道されたため、俺はあっという間に有名人になったのだ。学校に行けば、影口を叩かれる。

 

 お嬢様を奪還した王子様、と揶揄されたのだ。


 俺は何もしていないのに、革命家のロームや梨田大使がいなければ、銃殺されそうになった一人のバカだ。


「……マリに会いたい」

 

 誰もいない教室に俺はそうぽつりと呟く。

 実は、早く帰っても、彼女に会えることはないのだ。

 マリは諸事情で喫茶店ラッセルから姿を消していた。

 彼女曰く、彼女がいると、報道のタネになるから、話題が落ち着くまでホテルに滞在することになった。


「もう! 情けない顔をして!」

「む?」


 俺は声元に振り向くと、そこには瑞希が腰に手を当てて、俺の方を睨んでいたのだ。ゾロゾロとゆっくりと教室内に入ってきて、俺の前に佇んでいたのだ。


「日本の英雄さんが情けない顔をしたら台無しよ」

「やめてくれ。あの時、俺はマリのことで必死になっていただけだ」


 あの日。俺は全世界のニュースの報道された。

 花嫁を救う日本人、というタイトルとマリを抱えて逃げ出した姿をバッチリよ捉えられた。

 梨田さんとロームの仕業なのだ。内容を誇張し、世界から同情を求める。そうすれば、クーデター軍の正当化が難しくなったのだ。

 世界から非難され、憲法改善という方向でタイの政治は大きく動いたのだ。

 その辺は、マリの父さん、ピターがなんとかしてくれている。

 彼に掛かれていた容疑を真正面の裁判で受けて立つとのこと。贈賄の疑いは、タイの裁判で行われる。

 俺は彼が何も罪を犯していないことを知っている。だから、裁判問題なく釈放されるのだろう。

 それより、問題は俺の方にある。

 俺は世界中の一発報道で、いつもの生活を送ることが困難になった。

 日本に着いた瞬間、総理大臣から平和賞を与えられた。

 日本と対を繋ぐ若者、と称される。


 いや、なんでだよ。まじで。


 俺は子供だからよくわからないので、革命家のロームに相談してみたら彼は鼻で笑いだして、こう答える。

 

 世界がそう望むから。


 まあ、世界平和がどういう形になっているのか俺には計り知れない。

 俺はただマリと一緒に過ごしたいだけなのだ。


「じゃあ、帰るか」

「ええ。帰りましょう」


 俺は鞄を取り出して席から立つと瑞希は俺の隣を歩く。

 二人して、俺たちは高校を後にして駅の方へと向かったのだ。


「で、マリさんは今どこなの?」

「さあな。俺も知らない。帰国してバタバタしていたからな」

「御愁傷様」

「うるせえ」

 

 俺は揶揄する瑞希に舌打ちをする。

 人の苦労を知らないで、日本は平和だったろ? この三日間は。

 そんなことを思っていると、俺たち最寄駅に下車し、喫茶店ラッセルに向かっていた。

 春も終わり、緑の木しか並んでいなかった。もう桜は散ってしまったのだ。


「来年は……花見をしよう。父さん、俺、雉丸、マリ、瑞希、この5人で花見しよう」

「ええ。そうね。でも、雉丸を数えるのはどうかと思うよ」

「雉丸はうちのマスコットキャラだからな。数えないと行けないな」

「それもそうね」


 瑞希は笑い出すと、歩む足を止めなかった。

 俺たちは喫茶店ラッセルに向かった。

 そして、住宅街を通ると、ある人影が喫茶店ラッセルの前に佇んでいたのだ。


「君は……」


 俺はそこで言葉を失う。

 黒い長い髪に、雪にような白い肌。天使と見誤うほどの美貌の持ち主。

 彼女、マリが店の前に立っていたのだ。


「はい! お帰りなさい! ハルキさん。瑞希さん」

 

 俺たち出迎えるかのようにはにかむマリだったのだ。

 俺は思わずホッとする顔になる。

 マリがもう、ここに帰ってこないじゃないか、と思っている自分がいたのだ。


「ああ。ただいま。マリ」

「ただいま! マリ」


 俺たちは同時にマリに挨拶すると、はにかむマリがいた。

 マリが帰ってきたことが、俺にとって何よりも嬉しく感じた。

 この三日間、俺の心は枯れてしまったのだ。でも、こうしてもう一度、彼女の微笑みが見れたのがこ心地よかったのだ。

 だから、俺は思わず手を差し伸べて彼女の名前を呼ぶ。


「マリ」

「なんでしょうか?」

「ようこそ。喫茶店ラッセルへ。ここが君の家だよ」


 ここが、俺たちの新しい家だ。

 もうタイの政治事情はどうでもいいし、俺たちには関係ない。

 俺たちはこの街でコーヒーを淹れるのだ。人々を笑顔にする喫茶店になるのだ。


「はい! ハルキさん」


 マリは俺が差し伸べた手を掴んだ。

 俺たちは笑い合いながら、喫茶店ラッセルの中に入っていく。

 そうだ。俺たちの人生はこれからだ。

 この喫茶店で、俺、父さん、瑞希、マリ、雉丸で再スタートするのだ。


「ハルキさん!」

「ん? どうした? マリ」


 一瞬、彼女は間を開くように沈黙してから口を再度開いた。


「愛しています!」

「俺もだ」


 俺はそう答えると、父さんはヒューと口笛を吹き出す。

 俺も俺自身が恥ずかしいことをしたと自覚し、顔を真っ赤になった。

 さて、今日もいつものように厨房でカレーを作り、みんなに振る舞うことにしよう。

 

 ……人生は長いのだ。


 

 

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異国から来た許嫁は可愛くて、たまらないのだ。 ウイング神風 @WimgKamikaze

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