第20話 道返玉・蜂の比礼 (チガエシノタマ・ハチノヒレ)

 理事長屋敷応接広間。

 紫が合図をすると、紫衛が広間の壁一面のオブジェの寄せ木細工を動かしだした。

素早く何度も角度を変えていろいろな場所を動かしていくと、中央に50センチ四方くらいの空間ができた。

その空間に手を差し入れ、黒い漆塗の箱を出してくる。

紫は、紫衛から渡されたその箱を持って、瑠奈の隣に座る。

「環もこちらへ来て」

 環が瑠奈の隣に座ると、紫が箱の蓋をとる。

中には、古くなっているが金の縁どりと同じく金色のすじの入った、手に取れば透けて見えるほど薄いベージュ色の美しい布が入っていた。

「環には、昔話したよね。

珠緒さんがうちの離れに匿われていた時、最初彼女の記憶は、無かったそうなの。

少しずつ、戦いの傷が癒えてきたとき、私を環と間違えてとても大切にしてくれた。

幼いころ、母の愛情は兄だけに向けられていて、私が藤ノ宮の名前を継ぐまで、ずっと母からいない子のように扱われていたから、優しくしてくれる珠緒さんを母親のように慕っていたの。

 両親は、政略結婚で、母にとって兄が生まれた後の父は、もう疎ましいだけの存在だったから、不憫ふびんな弟の未亡人を大切にしていた父に、もっと親密になるよう勧めたのは、母だったかもしれない。」

瑠奈と環の表情を見ながら

「ふふ。変な家族でしょう?

瑠奈が生まれてから、私は、瑠奈に教えるていで珠緒さんを『おたあさま』と呼ぶようになった。

いつも三人でいて、時々、忙しい父が来て、本当に幸せだった」

ふうっとため息をつく。

「瑠奈。もっと良い環境であなたに姉だと名乗りたかった」

そうなのか。

だから、普通の家のしかも養女の私が、私立アルテミス学園で寮生活ができたんだ。

周りは、お金持ちのお嬢様か、特別勉強やスポーツができる人達ばかりで、遥以外友達もできなくて、居心地が悪かったけど。

一瞬だけ瑠奈は、そう思った。

「そんななか、都築の陰謀で父のスキャンダルが捏造され、事実確認のための精査やマスコミ対策のためのスタッフなどが屋敷内を頻繁ひんぱんに出入りするようになったの。

それで父が、珠緒さんと瑠奈と私を誰も知らない静かな別荘へ行くよう手配したんだけど、それ自体が、都築の罠だった。

 途中、待ち伏せしている都築から瑠奈と私を逃がすため、珠緒さんは、自分の両掌に半分ずつ隠していた、道返玉ちがえしのたまを取り出すと、瑠奈と私の左の掌に埋めた。

珠緒さんの柔らかい手に包まれて、呪文を唱えながら埋め込まれたのだけれど、少しも痛くなかった。

瑠奈も笑っていた。

珠緒さんは、私に瑠奈を抱っこさせると、瑠奈の小さな左手を抱きしめている私の左手にしっかりと握らせて

『絶対に離さないでね』

と私達二人を抱きしめてくれた。

そしてこの蜂の比礼ひれを二人にかけ呪文を唱えた。

気がつくと、私達は、遠くにいたはずの十全に守られていたの。

そして、それが、生きている珠緒おかあさまとの最後の思い出になってしまった。

だから、今、皆さんのお力をお借りして私の掌から環の掌へ道返玉ちがえしのたまをお返しするね」

紫が、周りを見回し頷くと、紫衛が蜂の比礼をうやうやしくテーブルに広げる。

「さぁ、環、左手をだして。」

蜂の比礼の上で紫と環が手を繋ぐと、安寧やすし、十全、紫衛が三人を取り囲み、手を添えた。

「瑠奈さんも」

紫衛に促されて瑠奈もおずおずと手を添える。

安寧と十全が呪文を唱える

「ひとふたみよいつむななやここのたりふるべゆらゆら」

紫と環の手が緑色に光る。

心地よい暖かさだ。と瑠奈は、思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツクヨミの娘たち 加賀屋 乃梨香 @kagayanorika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ