オーロラの雨

@akari_itsuki

短編

歪な天井板の隙間からぼたぼたと降り注ぐ水滴。

隠れ家だとか格好付けて小学校卒業間近な頃に学校の裏山に友人二人と作り上げた秘密基地は素人仕事が極まっていて、壁と天井と扉が一応は付いているものの全て光も雨も遮れない程の酷い仕上がりだ。

それでも大学卒業を迎える歳になった今でも歪なまま存在を保っていて、レジャーシートを敷いただけの床の上は一人で大の字に寝転がれるくらいにはスペースがある。


(しかし何で、自分はここに居るんだったか…)


雨が降り注ぐ中、服も全部びしょ濡れになって子供の秘密基地に横たわる自分の状況に心当たりがない。

"目が覚めた"というよりはボーッとしていた意識が不意に現実に戻ってきた感覚で、そのボーッとする前の記憶が曖昧だ。

上を向いた顔を無遠慮に叩き付ける滴は鬱陶しいけれど起き上がる気力が湧かない。


それよりも──

この、鼻を刺激する独特な匂いは何だろうか。

何処かで嗅いだ事のある匂いだ。


(…あぁ。灯油かな…)


匂いの正体に気付くと共に曖昧だった記憶のモヤが晴れる。


県外の大学に通う為に実家を出て下宿暮らしをしていた中で届いた訃報。

この隠れ家を共に作り上げた二人の友人の内の一人が事故で亡くなったらしく、盆暮れ正月にも怠惰に負けて帰省しなかった地元へと3年半ぶりに足を踏み入れたのだ。

久しぶりに顔を合わせたかつての親友。

片方は遺影になってしまったけれど、幼い頃の面影が残る姿を見て懐かしさが湧く。

けれど、この隠れ家が佇む山の麓で川縁の崖から滑落したという故人に手を合わせた時は悔やまれる気持ちが有りながらも心の奥底でホッとしてもいた。


"秘密"を知る人間が一人減ったからだ。


現在、自らが大の字に寝転がるレジャーシートの下に隠された三人共通の誰にも言えない秘密。

十だったか二十だったか…

正確な数は覚えていないが小さなモノだと雀だとか大きいのだと猫だったりが、この地面の下には埋まっている。

今となっては我ながらゾッとするような、幼い残虐さが積み重ねた若気の至り。


だからこそ何となく、分かってはいたんだ。


『ここから落ちちゃったみたいだよ』なんて、事故の現場へと案内しながら下を覗き込ませようとするようにペラペラとよく回る口。

コチラが乗らないと分かると『隠れ家に行かないか?』と誘う引き攣った笑顔。

裕福な家に生まれて良い大学に入り、親族の伝手で卒業後も安泰が約束された男だというのに哀れな道化だ。


(就活に苦難した"アイツ"は自棄になり、"ヤツ"を強請って生きていけるのではと思い付いてしまった。その結果、15メートルの崖から岩石がひしめく川底へと突き落とされたのだろう)


手を腹に遣り、それを視界まで引き上げると雨にも負けずベットリと肌を染める真っ赤な血液。

秘密基地にたどり着いた時に果物包丁で突き刺された記憶が甦る。

とんだとばっちりだと思わなくもないが、この場所で声高に自らを無実だと言えるような厚顔無恥にもなれない。


(俺としては互いに過去を忘れて無関心に生きていければそれが一番良かったのにな)


こうなってしまってはそれも出来ない。

面倒臭い事をしてくれたものだ。

しかも後始末として全てを燃やし尽くすつもりだったのが、突然の雨に建物の外から放った火を消されてしまったのだろう。


(灯油まで撒いたのに詰めが甘い)


横たわるレジャーシートに溜まった水が浮いた油で七色に揺らめく。


(こんなに水浸しでも燃えるんだろうか?)


ポケットの中を探り、二十歳の誕生日に先輩から譲り受けたジッポライターを引っ張り出す。

カキン──

小気味良い音でフタを開け、降り注ぐ水滴を避けて火を着けた。

生き残れば自らの罪も含めて警察に全てを話そう。

ここで死んだら死人に口無し。真実は成り行きに任せるさ。


(運試しをしてやるよ)


人生というのは面倒臭い。

炎を走らせるオーロラの雨。

これから先を生きていく事を考えると本当はこのまま灰になってしまいたい…

そんな事を思いながら、雨音だけがうるさく響く隠れ家の中で一人静かに目を閉じた。

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