カミサマノオクリモノ

その他2人

第一章「残影と予兆」第一話「雲の狭間」

 この屋上の雰囲気はどこか非日常的で、同時に生活の色が溢れている。

 千世チセイは季節の変わり目になると、その季節の飾りを追加する癖がある。正月の書き初め、ハロウィンのかぼちゃ、時期外れのクリスマスツリー...。

 遠くに化け物の影が空を舞う。広げられたテントはカラフルなペンキで彩られ、もはやこの屋上全体はまるでアートのよう。

 千世はまた新しい飾り、風鈴を手に取り、嬉しそうに青峰セイロに見せびらかす。「新しい仕入れ物だよ!」と言いながら、それを屋上のフェンスにいくつも吊るして、涼しげな音を奏でさせる。飾り付けを終えると、彼女は満足そうに青峰の方を向く。「それはそうとして、あの化け物達も今日は静かだね。」

 昨日はあの分厚く暗い雲に珍しく切れ目ができた。そこから日が射し込んで、その影響か午前中は化け物たちはおとなしく、静寂を保っていた。しかし、日が切れたすぐ、その穏やかさが嘘のように化け物たちが活発になって、その鳴き声や暴れる音がずっと聞こえてきてた。青峰も千世もそのうるささには手をこまねいていて、特に昨夜は夜中までその音が響き渡って、2人の眠りを何度も妨げられていた。

 ポケットから小さなデバイスを取り出す千世。「そういえば新しい依頼が入ったよ。」デバイスの画面には、2人の便利屋としての仕事の依頼一覧が表示され、その中に見知った名前「坂口 悟」からの新しい依頼が。要件は、ある日記を回収して欲しい、と。

「あの人からの依頼か、珍しいな。」青峰が尋ねると、千世は頷く。「うん、でも坂口さんの依頼なら面白そうじゃない?」青峰もまた同感。


 夕方、屋上には2人の食事の場がセットされる。老朽化した学校の屋上が、4つのランプの灯りで暖かく彩られた。

 様々な取り分け用の小皿、そして中央には鍋を熱する焚き火台。千世は手際よく料理を取り分けていく。青峰は今日の依頼の達成報告をしつつ、その様子を静かに見守る。屋上から見えるグラウンドを見やれば、そこには千世が屋上に持ってくるのを諦めたプラスチック製の雪だるまが、煩雑と丁寧な中間のような並びで転がされている。

「今日はあの家で排水口のつまり取り、あとは時計の修理、それと古びたぬいぐるみの修復をしてきたんだー。完璧だって、褒めてもらったよ。この大根はそれでもらったんだよ!」千世が仕事の話をしながら、青峰は彼女の話を聞きながら料理に手を伸ばす。彼の目には、千世への優しいまなざしが浮かんでいる。2人はこの壊れた世界でなにより、二人でゆったりと食事をとるこの時間を大切にしている。

 夜の風が屋上を撫でると、風鈴が軽やかに音を立てる。千世はそれに耳を傾けながら、「あれがあると、なんだか心が落ち着くね。」と青峰に微笑む。

「坂口さんの依頼、どうする?」青峰が話題を変えると、千世は考え込む。「この依頼は受けたいな。お世話になってるし、それになんで今更日記なんて求めてるのかも気になる。」


 食事が終わると、千世はランプを消してお気に入りのテントの下に置かれたベッドに倒れ込むように横たわる。なかなかの勢いで、体が何度か跳ねた。

 その横ではハンモックに揺られながら、青峰が眠りにつこうとしていた。

 2人は遠くの化け物の鳴き声や焚き火の弾ける音に耳を傾けながら、この世界の夜の音に包まれる。「明日も忙しい日になりそうだね」と千世が呟くと、青峰は空を向いたまま微笑む。そして一言「うん」とだけ。

 2人はゆっくりと眠りにつく。

 焚き火の残火はすぐに消えて、風鈴の合唱が響く、心地よい夜だった。

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