”手紙”

 父さんへ。元気にしているでしょうか。僕です。貴方の息子です。覚えてらっしゃいますでしょうか。

 あの世では、死者は望んだ姿・・・とりわけ、自分の人生に於いて最も輝いていた時期の姿に戻れる、というもんですから、姿が若返ると共に、記憶も若返って、僕の事も忘れたのではないか、と、心配なのです。


 懐かしいですね。気難しい貴方に怒られ、その度に貴方が吸っていた煙草の匂いに怒りを覚えていた時分じぶんが。

 今でも思い出します。かの、”失われた時を求めて”のシーンの様に。煙草の匂いを嗅ぐ度に、貴方の事を思い出すのです。


 今思えば、貴方は相当不器用だったのでしょう。あまり僕に愛をくれなかった、貴方の子供である僕が言うのだから。

 きっと貴方は、愛のあげ方を知らなかったのではないのでしょうか。そして、繊細な貴方の事ですから、それがむず痒くて仕方なかったんじゃないでしょうか。

 なぜこんなに見透かしているかと言うと、僕もそうだからです。どうやら、僕は母さんよりも父さんに似たようで、大人になった今だから、大人になって初めて守るべきものが増えたから、貴方の気持ちをようやく理解できたと思うのです。


 愛とは、どの様にすれば他者に分け与える事ができるのか。どの様にすれば他者が愛と受け取ってくれるのでしょうか。僕が生まれてからずっと、貴方の考えていた難題に、僕が代わりに答えを出すことにしました。

 人は皆、自分本位です。それはきっと、貴方も、僕も、僕の守るべき人達も、そうなのです。だけど、だからと言って意地を張らず、他者に寄り添って初めて、愛は生まれるのだと思うのです。貴方はきっと、自分の事で手一杯だったんでしょうね。

 貴方が僕にできなかった事を、僕は責任をもって果たそうと思います。


 母さんは、元気です。今でも僕の子の面倒を見てくれたり、散歩にジョギングなど、明朗快活に過ごしていますよ。尤も、遠く空から見ている貴方なら、わかりきっていた事かも知れませんが。

 この手紙を、貴方の愛した煙草の、匂いと煙に乗せて空へと送ります。

 どうか、貴方の元に、届きます様に。

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燻情論 芽吹茉衛 @MamoruMebuki888

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