”童心”

 童心、という言葉がある。”邪気をもたない、純粋な心”を指す。

 私は、それが人間の本来あるべき姿だと、昔から思っていた。

 邪気をもたない、即ち、誰を騙すでも無く、誰を疑うでも無く。

 純粋な心、即ち、一点の汚れも曇りも無い、宝石の様な心。それこそが、人間の本来あるべき姿だ。


 学生の頃、この童心という言葉の意を知り、自分は童心を保って居よう。そうすれば、真に”綺麗な人間”で居られるのだから。強くそう思った。そして、それを実現し通した。

 そして今、大人になって知ったのは、ただただ大人の醜さ、汚さ、それらのみだ。自らの利の為なら息を吸う様に人を騙し、息を吐く様に嘘をつく。その汚れた息に塗れて、他の人達の心も曇る。

 そのなんと嘆かわしい事か。


 結局、蓋を開けてみれば、童心に帰っている人間なんて、この世に一人として居ないのだ。変わっていく世の中に迎合して、自らを曇らせ、汚すのだ。宝石の様な心なんて、今はもう、ただの路傍の石ころと変わらない。

 ・・・私も、そうだ。


 馬鹿らしかった。そんな大人の中でまで、童心を維持する事が。私も曇るしかなかった。汚れるしかなかった。曇り、汚れていく度に、私は童心のよすがとして、一本の煙草に火をつける。私の口から出る煙は、私の曇らせる汚れその物の様に思えたからだ。

 怖かった。いつか私も、自分の為に人を騙すんじゃないか、そんな気がして。まだ私は、童心を保てている、そう暗示をかけるしかなかった。その為の、麻酔でもあった。


 いつか、全ての人間が、真に童心に帰り、手を取り合い、助け合い、笑顔を絶やさない、そんな世界が実現されると信じて。

 無邪気に、未来を想っていた、あの頃に帰れると信じて。

 この願いを、私は煙に乗せて空へ飛ばす。その夜空には雲は無く、星空が広がっていた。

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