燻情論
芽吹茉衛
”過去”
思い返せば、私はいつもひとりだった。
両親はいつも仕事で居なかった。私はいつも、ロクな物とは言えない物を食べて、それ以外の時間は、ぼーっとしていた。家も、学校も、大人になってからの職場も、私はいつもひとりだった。
先日、遠い親戚らしい女性から、電話がかかってきた。両親が私のいなくなった実家で、互いを包丁で刺し合って、心中したそうだ。
私は、”そうですか”とだけ言って、電話を切った。そうして、部屋の壁にもたれ掛かった。
煙草の箱の封を切る。そこから1本取り出して、100円ライターで火をつける。
吸って、吐く。煙が私の口から上がる。その煙は、天井に当たって、まるで雲の様に広がって、淡く消えた。
私の過去も、こんな風に消えればいいのに。
両親とは数年前に、私が家を出た時に縁を切った。両親の言い分では、私は”金ヅル”であり”穀潰し”なのだそうだ。ある程度年を取り、仕事を辞め、酒と煙草に溺れるロクでなしを養うのが、心底馬鹿らしくなった。
そもそも、幼少期に私に暴力を振るっていた二人を養おうと少しでも思った時点で、私はおかしかったんだと思う。
私は小さい頃、父と母の仕事が休みで、家族全員が家に居ようと、ひとりだった。というより、家族ではなく、ただ”個”の存在が3つ、狭苦しい箱に押し込められた、と言った方がまだ正しい。そうして、その”個”の3つの中の大きな2つが、小さな1つである私を虐めている。それが日常だった。
一日、母が見ていない内に食料を見つけ、父に見つからない様に食べるのが当たり前だった。
学校でも、専ら虐められていた。”汚い奴”だとか、”菌が
私は何も怖くは無かった。それが普通であり、当たり前だったから。
走して育った私は、その普通と当たり前を捨てるべく、家を出て、縁を切ったのだった。
今は、ただのOL。汚くもなんともない、ただの人間だ。たまに、こうやって煙草を吸っては煙を眺める、ただの人間。
けど、たまにふと、こう思ってしまう。
”私もいつか、あのロクでなし共のようになるのだろうか”。
私の血管を流れる血が、あのロクでなし共と同じ物である事を考えると、自分にすら嫌悪感を抱く。
だから、そうなる前に、私は消えようと思う。今また、天井で広がり消えた煙の様に、誰にも気づかれずに、静かに、ふっと、過去と共に。
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