第3話 それから

 それからのことはもうよく覚えていない。

 あれから数年が経った今、気づけば周りは成人して、彼女は立派な大人の女性になって今は企業勤めをしている。その事を知ってから、僕の中にあった彼女の存在や記憶、彼女への気持ちは日が経つにつれて徐々に薄れていった。

 透明な僕の身体は今日も雨に打たれることは無く、中学時代の身体で時が止まった僕は、水溜まりで遊ぶ子供のように飛んだり、走ったりした。時には人のいなくなった夜の教室で誰かが置き勉した教科書を眺めたり、学校の灯りをつけたり消したりして、警備員の人を怖がらせたりして楽しんだ。


 それでも、僕の身体は成仏しなかった。


 この世に未練なんてあるはずがないが、ひとつ気がかりなことがあった。

 それは時々、三ヶ月に一度くらいの頻度で見る夢だった。

 雨の日になると、決まって可愛らしい笑顔の少女が学校に来て、僕に何かを言う。そして僕はその言葉に胸を高鳴らせ、僕は少女に何かを伝えようとする。そこで、いつも夢は突然終わる。


 少女はそうやって繰り返し僕の夢に出てきて、そして、僕はその夢のことも少女の存在も直ぐに忘れる。何度も、何度も、忘れる。大切な人だったような気もするし、そうじゃない気もする。


 ザーーーーーー…………

 

 太陽が照った今日、お天気雨だなんて珍しいと思い、僕は教室のベランダから空を見上げる。

 雨の音、ぴちゃぴちゃと跳ねる音。高鳴る鼓動。こんな日が、確か生前にもあった気がする。


『雨が綺麗だったから』


 誰だろう。


『今日は頑張って来たよ』


 何故だろう。


 狂おしい程、心が踊る。


 この教室で誰かと過ごした僅かな青春が、僕の記憶を駆け巡り、涙を助長する。


 誰なんだろう。


 透けた両の手を雨にかざし、雨に触れられないことを確認すると、僕は何故か虚しさに襲われた。


 誰に触れたかったのだろう。


 僕は訳の分からない感情と虚しさを抱え教室へ戻ろうとした。

 その時、水色の傘をさした女性が校門前を歩いてくるのが見えた。右手には花束と、見えづらいがお酒のようなものを持っている。


『何か言われたら、僕が注意する』


 その人は、いつも雨の日に現れて


『ありがとう』


 僕の心を奪う。


『納屋くん』


 あぁ、そうか。君は確か。


『朝根さんっ!』


 君は、僕が愛した、唯一の人。


 雨の日だけ現れる、美しい人。


 今でも好きでいるのが止められない


 愛し人よ。


 ずっと君を、待っていた。




 雨、愛し人へ【完】

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雨、愛し人へ 月見トモ @to_mo_00

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