第52話 8月15日①…心を開く開陽台。

しべつ「海の公園」オートキャンプ場─


昨夜の鳥居の素性について前田の旦那である慶次郎が知り得る限りの話を聞いてみたが、なぜ自衛官を辞めたのか…その理由もはっきりと解った。


俺の中で鳥居について一旦の区切りはついた。一緒に行動していて悪い男では無いのは分かっていたが俺達と一定の距離を取っているのを常に感じていた。


もちろん聞いた話を鳥居本人に確認する事はしない、俺の人生哲学に反するからだ。だからいつも通りに接して行こうと思う。


朝日が昇る時間に起きると一花と饗庭あえばが寝るテントを抜け出してコンパクトバーナーでコーヒー作りを始めるのだが近所の住人だろうか、一人の老婆がビニール袋を腕に下げてキャンプ場を散歩がてらに見て回っている。


ちょうど老婆と俺の視線が合うと笑顔でこちらに寄って来る。


「おはよう、ってあらー…こんな若い子がキャンプしてるのねー。」


「おはようございます。」


俺の容姿を上下から隅々見る老婆が感心した声で俺に挨拶をしてくる。北海道のキャンプ場にいる女子高生は家族連れか部活動しかないのでかなり珍しいだろう。


「これ良かったどうぞ。」


「い、いいんですか?こんなに貰って。」


老婆がビニール袋からリンゴ、バナナ、菓子パンを出して渡してくる。この時期にキャンプ場を訪れる人に渡していると話をしてくれる。


「若いんだから一杯食べるでしょ?他の人と一緒に食べてね。」


「…ありがとうございます。美味しくいただきますね。」


俺が受け取ると老婆は海を隔てた国後島を見ながら語り始める。


「私もね、小さいころはあの島に住んでたんだけど…。」


「は、はい…。」


昔の話を始める老婆、国後島での生活について懐かしむ様に話をするのだが段々と声を荒げてくる。


「…でね、あのロシアの野郎が攻めてきやがって!ぐぎぎぎ!」


「お、おばあちゃん、お、落ち着いて!」


話の途中から老婆らしからぬ言葉使いになり興奮して顔を紅潮させていくと心配になった俺が落ち着くように促す。


「はあはあ…ごめんね、昔を思い出すとついね。」


(こ、これは結構根に持ってるな…。)


元住んでいた島民も北海道へと移住をしたが何十年も前の事を忘れていない。老婆にとってそれ程心に深く刻まれた出来事なのだろう。


「それに最近ね、孫が仕事もしないで引き籠もってばっかりで…。」


「そ、それは大変ですね…。」


「なんとかってアイドルのオタクでね、部屋に貼ってたポスターがあなたに似てたからつい声掛けちゃったのよ…。」


「あー…。」


そのポスターについて老婆に特徴を聞いてみると胸が大きくて手足が長く顔も小さくてモデルの様な日本人離れした体型…自信過剰だと思うが俺かもしれない。


「おばあちゃん…もしかしたらお礼出来るかも。」


「えっ?」


リンゴやバナナ、菓子パンを貰うだけでは悪い気がする、そのも兼ねてその孫に会う事にした。


俺のファンなら喜んで貰えるし、ついでにおばあちゃんの悩みの種の引き籠もった孫を部屋から引っ張り出せてるかもしれない。


先に起きていた鳥居に貰った食材を預けてキャンプ場から少し離れる事を伝えると承諾してくれる。他の皆が起きた時に説明をしてくれるように伝言もお願いしておいた。


老婆と一緒に標津町の中を歩くと数分で老婆の家に到着する。家は二階建ての一般的な家屋だ。


太士ふとしー!まだ起きてるんだろう?」


「なんだよ!バアちゃん!これから寝るとこなんだから!」


孫の名前は太士と言うらしい。その太士の居る二階に老婆が声を掛けると夜通し起きていたのだろうか野太い声が聞こえてくる。どうやら孫とは言っても成人している様だ。


老婆から家に上がる許可を貰うとすぐさま俺が二階に登り太士の部屋の扉を笑顔で開ける。


「おはよう!太士くん!いい朝だね!」


「あっ?あ?えっ…?」


髪はボサボサ無精ひげの小太りな体型に眼鏡の太士を横目に部屋に入ると、俺の予想通りに壁一面に俺のグラビアポスターが貼られている。


そして部屋の中央に布団が敷いてあり周りに汁の残ったカップ麺、飲みかけのペットボトル、カビの生えた菓子パンなどのゴミが溢れている。


おっさんの俺が見てもドン引きする位に汚い。


そのせいか部屋の匂いも男臭さとアノ匂いで充満している。俺がその匂いに我慢出来ず窓を開けて空気を入れ換える。


「ほ、本物の結城ハル…さんですか?」


「そうだよ!太士くんのおばあちゃんが食べ物くれたからお礼に来ました!」


当たり前だが突然女の子が自分の部屋にいきなり入って来たら誰もが呆然とする。現役グラビアアイドルなら尚更だ。呆然とする太士を横に部屋の様子を窺うがとにかく汚い。


「部屋の汚れってのは心の余裕の無さの表れだ。掃除するよっ!!」


そう言うと一度部屋から出て一階に居る老婆からゴミ袋を貰い、エプロンを借りると再び二階の部屋に向かいゴミ掃除を始める。


太士は呆然とその状況を眺めているだけだが俺がゴミ袋を渡すと一緒にゴミを仕分けながら片付け始める。


俺が小さく丸められたティッシュを指で摘まむと太士がかなり焦り恥ずかしそうにしている。若いし…まあ分かるよ…うん。


ある程度の大きいゴミを片付けると掃除機を借りて部屋を掃除、布団を窓から掛けて叩く。手際よく一通り部屋が綺麗になると老婆の所へ行って報告をする。


「おばあちゃん、お礼になったかな?」


「…あなた何者なの?部屋に人を入れるのも嫌がる太士が何も言わないなんて…。」


老婆が驚いていると慌ただしい様子で太士が二階から急いで下りて来る。


「遅くなりましたけど…ハルさん!あ、あの俺ファンです!サイン、お、お願いします。」


「はいっ、喜んで。」


なし崩しに始まった掃除が終わると冷静さを取り戻した太士がサイン色紙を持ってくる。サインを書きながら俺が太士にお願いをする。


「太士くん…知らない人に食べ物を分けてくれる親切な人は世の中そんなに居ないから、おばあちゃん大事にしてあげてね。」


「は、はい!!」


サインを書き終えると手を振りながら老婆の家を後にしてキャンプ場へと戻って行く。


「ハルちゃんって言うのね、凄い押しの強い子ねぇ…。」


「うん、俺が好きなグラビアアイドル…。」


サインの色紙を握りながら俺を見送る老婆と太士。太士がサイン色紙をじっと眺めながら老婆に話しかける。


「バアちゃん…俺、もう一度仕事頑張ってみるわ…。」


「太士…。」


そんなやりとりがあり、太士は社会復帰への第一歩を踏むのだがこの体験を太士がSNSで上げて俺の北海道での行動が話題になってしまっている事に俺は気付いて居なかった。


キャンプ場に戻ると鳥居が用意した朝食と貰ったリンゴとバナナを切り分けて皆で美味しく頂くと出発の準備を整えていく。



「それじゃあ、私達はここでお別れだね。」


「ハルちゃん凄い楽しかったよ、また戻ったらツーリング行こうね。」


父からの依頼でボディガードとして来た前田夫婦だが、鳥居の存在を知ってから俺の身が安全だと分かりここで別れる事を決めた。


迷惑系のいずなまりゅーもヒグマの件で少し落ち着いたとは思うので、しばらくは俺を直接襲う人間は居ないと判断したのだろう。


「前田さん、道中とても楽しかったです。」


たった1日だけだが前田夫婦が来てから濃密な時間を過ごせた。たった1日だけだが別れるのが少し口惜しくもある。


前田がYAMAHAのSR400、慶次郎がHarley-DavidsonのVロッド VRSCDX ナイトロッドスペシャルに跨りエンジンを始動させる。


「そうそう…言い忘れてたけど私達ハル天会員に入ってるからねー!」


「ユミがNo.4で俺がNo.5。ナンバーズになれたのもハルちゃんのお父さんの口利きがあってだけどね。」


「…マジか。」


前田夫婦の突然の告白に戸惑う俺。確かにマスツーリングの件で父が前田夫婦と接触していたのは知っていたがハル天会員にまで誘っているとは思わなかった。


「昨日の動画、明日にでも上げるからしっかり見てねー!」


そう言い残すと前田が大きく腕を振ってバイクで出発して行くのを全員で見送る。


「嵐の様な夫婦だったね。前田さんのグイグイ来る性格には戸惑ったけど…。」


「ほんとにね、出会いはバイクなんだけど…ここまで縁があるとは思わなかったよ。」


前田夫婦と出会ってまだ数か月前なのだが何年も付き合ってきた友人の様な錯覚すら覚える。しばらく余韻に浸るとバイクに荷物を載せて俺達も自分のバイクに跨りエンジンを始動する。


「じゃあ私達も出発しようか!」


「おーーーーっ!」



道道863号から道道774号に向かって走行中─


しべつ「海の公園」オートキャンプ場を出発してすぐに道道863号へと入って行く。標津町から中標津町を走っていると防風林を挟み牧場が多く存在している。


夏でも平均気温が低く、乳牛の育成環境として最適な場所だからだ。


道中には多くの牧場の独特な看板が掲げられて放牧されている乳牛を見ながらツーリングを楽しめる場所でもある。


「なんかさ、北海道を走ってる感が凄く感じる道だよねここ!」


「それは北海道の道路をイメージした時に一番に思い浮かぶ道まんまだからね。」


牧場と牧場の間の長く続く直線の道を北海道の道路とイメージする人が多いだろう。まさにその通りの道が多く存在するのが中標津町の特徴でもある。


そして中標津と言えば北海道ライダーにとって絶対に外す事の出来ない観光名所がある。今はそこを目指して走っている。


道道774号から道道775号に入り、道なりに進むと中標津ミルクロードへと合流する。中標津ミルクロードをひたすらに進んで行くと目的地への看板が見えてくる。



開陽台─


過去に小説の舞台となった中標津で一番有名な観光名所だ。北海道ライダーが必ず一度は訪れているこの場所は俺のお気に入りでもあり、俺自身も毎年訪れていた。


ミルクロードから勾配のある坂道を上ると丘の上に開陽台がある。


展望台の内部に綺麗なカフェがありライダー以外にも家族連れや恋人同士でも楽しめる場所となっている。


円形をした建物屋上の展望台から望む景色は地球が丸く見えるという謳い文句に遜色がない位に360°の景色が地平線まで見えるのだ。


何度か訪れた中で個人的にはセンチメンタルな気分に浸れる雄大な夕暮れ時が一番お勧めだ。


そんな展望台から一人で寂しそうに外を眺めている鳥居にハチミツソフトを持って近寄る。


「はい、助さん。あーん…。」


「…あのハルちゃん、さっきから不自然な位に構って来るのは何なんですか。」


開陽台に到着すると鳥居と一緒に幸せの鐘を鳴らそうとしたり、飲み物を買ってあげようとしたり、肩を揉んで上げようとしたり、ハチミツソフトを食べさせようとしたり俺なりに普通に鳥居と接していたつもりだった。


昨夜の話を聞いた事に対する懺悔…同情に近いものがあったのだと思うが普段よりも接触が多くなり逆に警戒される羽目となる。我ながら不器用な性格である。


「…慶さんから俺の話聞いたんでしょう?」


「ギクッ!…な、なんの事だか…。」


図星を突かれ目がぎょろぎょろと泳がせて動揺してしまう。慶次郎との内緒話は鳥居には筒抜けだった様だ。


「そこまで聞いたのなら俺がを殴ってしまった事も聞いてるんでしょう。」


「…うん。」


12年前の東日本大震災で鳥居は自衛隊の一員として災害復旧の為に尽力していた。そんな忙しい中、被災地を訪れた復興大臣を護衛する為、任務を外れ同行する事になった。


だが復興大臣の被災地の知事に対する横柄さ、マスメディアを脅す、対策は丸投げでその行動には目に余るものがあった。そこまでは問題は無かったのだが…。


そのままの流れで被災地の視察に向かったのだがこれが良くなかった。


復興大臣がパフォーマンスで地震で両親、親類を亡くした子供に対してしまったのだ。


鳥居の頭に一瞬で血が上り火山の様な激情が抑えられず、しっかりと握りしめられた拳で復興大臣の顎にアッパーカットをしてしまった。


鳥居が我に返った時には復興大臣が10mも吹っ飛び歯が何本も折れていた。


当時はニュースにもなり大騒ぎとなったが事情を知っている者や上官からの根回しもあって裁判沙汰にはならなかったが当然、責任感の強い鳥居は災害復旧の任務を終えた後に自主的に退職届けを出した。


「…という事があって元上官の伝手で藤堂のかしらにお世話になったという訳です。」


「もっと殴って良かったのに。」


「外敵に備えて鍛えた力をに使ったら自衛官として終いでさ…。」


概ね慶次郎から聞いた話と同じだが本人から詳細な話を聞けるとは思わなかった。


当時のおっさんの時の俺も不謹慎ながら良くやったとニュースを見て思ってたし、もし俺がその場に居たら同じ事をしていたと思う。


それでも鳥居は職務中に感情が抑えられなかった未熟さを後悔している。


「…ん?藤堂さんの所で働いて長いならなんでお金が無いの?」


次に疑問と思っていた鳥居の金欠だ。藤堂の会社に入社したのがどう見積もっても10年は前だ。


その間に給料もしっかりと貰っているはずだし、鳥居の性格を考えても賭け事やお酒、女遊びをしないと思っている。


「あー…その、あんまり言いたくないんですが…。」


「私と助さんの内緒にするから話してみなって。」


「…俺の上官も指揮系統を無視した責任で退職したんですが…その後に震災孤児の施設を始めまして、そこに俺のほとんどの給料を預けてたんで…。」


鳥居が少しはにかみながら理由を話すのを俺は俯きながら沈黙を保って聞いている。


「そのお陰でかしらの奥さんの差し入れなんかで食いつないでいる有様で…。せめてハルちゃんの護衛に付くのなら煙草も止めて貯蓄すべきでした。」


「…なんていう施設なんだ。」


「はい?」


俺の質問を理解出来ていない鳥居の胸倉を掴み再度、同じ質問をする。


「なんていう施設なんだっ!後、助さんが振り込んでる口座番号を今すぐ教えろっ!」


「えっ、えっと上官の名前が鱒男って言うんでトラウトマンハウスって言う施設で口座番号は…えっとスマホに送りやす。」


俺の気迫に気圧されて驚いた鳥居が急いで答えて行く。俺のスマホに銀行口座の番号が送られるとすぐにハルの家に電話をする。


「もしもし…パパかっ!私!これから送る銀行口座に私の預金から1入金しておいて!…帰ったらマッサージしてあげるから…うん、すぐにお願い。」


「あ、あのハルちゃん一体何を…。」


稲妻の様な早さで俺が動くとそれに追い付けていない鳥居が普段は出さない困惑した表情を見せている。


すると今度は鳥居のスマホに電話が入る。


「…はい鳥居です。…ご無沙汰してます。はい…えっ?銀行から電話?ちょっと待ってて下さい。」


施設の口座に今まで見たことの無い金額が入金されていたので心配した銀行が施設に電話をした様だ。そこで元上官の鱒男が事情を知る為に施設から鳥居に電話を掛ける。


鳥居が電話を中断すると慌てた様子で俺に声を掛けてくる。


「今施設の元上官から電話が来たんですが、ハルちゃん!一体いくら入金したんで?」


「1本!」


人差し指を1本立てて答える。


「ひゃ、百万円もですかい!こ、こりゃ大変だ!」


急いで電話に戻り元上官との会話を再開する鳥居だが、元上官の鱒男からさらに衝撃の事実が告げられる。


「いま、一緒にいるハルさんが入金を…えっ…い、一千万円…。」


予想以上の金額に体が固まる鳥居だが、危機的状況を何度も潜り抜けているだけあってすぐに冷静さを取り戻す。


「ハッ、ハルちゃん!こりゃあやり過ぎだ!こんな大金、稼ぐのだって大変だ!」


「私の水着は中型バイク1台分だ!それを考えれば問題はないっ!」


「だ、だからと言ってこんな…。」


「助さん、グラビアアイドルを舐めたらいかんぜよ!この自慢のボデーでそんくらいは軽く稼いでやるさ!!」


俺が妙な方言と胸を強調するセクシーポーズを取りながら大丈夫だという事を伝える。それに俺、いやハルの実家はお金もあるし父も帯の付いた札束をチラつかせる位に稼いでいる。


「あーあ、盗み聞きするつもりなかったんだけど。助さんってさ凄いね。子供とはいえ他人にこうも尽くす人は居ないって。」


俺と鳥居の後ろから展望台の階段を上りながらハチミツソフトを食べる一花が現れる。その後ろには少し興奮気味の饗庭が地団駄を踏んでいる。


「カッケェ…ハルさん尊すぎてマジやばいって…。」


俺の行動を逐一見ていた饗庭が小声で褒めて称え悦に入っている。


「一花も聞いてたのか?」


「まあね…助さんハルってたまーにこういう後先考えない行動するから諦めた方がいいよ。」


「でも一花ちゃん…一千万なんて大金。」


「お金なんて持ってても寄ってくるのは魑魅魍魎、そして離れるのは大事な人…。それなら必要な人に渡るべきだと思うよ。」


俺と鳥居の間に割って入り、展望台から景色を眺めながら一花がお金の力に対する持論を展開する。自分の経験からだろう、言葉の重みが同世代に比べ説得力がある。


「ちなみに施設には何人いるの助さん?」


「里親に出た子もいますが最後まで残った子が5人…。」


「じゃあハルの1本じゃ心もとないし、私も1本入れておくよ。」


一花がそういうと俺のスマホを取り上げ自分のスマホに銀行口座の番号を転送する。それをさらにマネージャーの佐竹へと送り、佐竹に電話を掛ける。


「…もしもし、マネ?私。仕事中悪いんだけどさ1本その口座に入金してくれる?うん、ハルも元気だし事故も無いよ。じゃあお願いね。」


電話を切ると何事も無かったかのように再び展望台から景色を眺めながらハチミツソフトを食べ続ける。


「俺は…なんて言ったらいいか…言葉が見つかりません。」


涙を流しながら俯く鳥居が絞り出すような声で感謝の意を示す。そんな鳥居の姿を見るのも初めてなので少しぎこちないが俺も今の気持ちを鳥居に伝える。


「…今はもう自衛官じゃないけどさ、あの時から今まで私達の分まで頑張ってくれた助さんに対する気持ちというか…助さん個人だけじゃないんだけど。」


「自衛隊の人達にありがとう…それを助さんが代表で受け取ってくれると嬉しいかな。あとそれで浮いたお金で体に良い温かい物食べてね。」


鳥居の様に自分の身と心を削りながら人を助ける人達が居る。それならば余裕のある者が手を差し伸べてやっても良い筈だ。


「…ちょっと席を外します。」


俺の言葉を聞いた鳥居が涙を手で隠しながら展望台の階段を下りて行くと、展望台から景色を眺めながらハチミツソフトを食べる一花に俺が声を掛ける。


「まったく、一花もやるじゃん。」


「だってあんな話聞いたらさ…ハルだけやって私だけ何もしないのも何か嫌だし…。それに助さんも私達のチームなんでしょ?」


「おう!もちろん、チームだよ。」


俺と一花でこんな雑談をしていると少しして鳥居が戻って来るのだが、その姿に全員驚く。


「俺に出来る事はハルちゃん、一花ちゃんを無事北海道ツーリングを完遂させる事。お二人の側に居ても恥じないように身を綺麗にしてきました。」


鳥居がいつも生やしていた無精ひげを綺麗に剃り上げ、目まで掛かっていた髪も後ろにかき上げ表情がしっかり見える様になっている。


その顔と言ったらイケメンを売りにしている芸能人が霞んで見える程だ。身長も高い上に逞しい体、まさに外国人モデルに負けないスタイルになっている。


Tシャツは『仮出所中』だが…。


「ひゃー、これは女の子がほっとかないわ…。」


(俺も女の子だけど。)


「助さん、今ウチのマネに会ったら絶対スカウトされるよ。」


俺と一花が褒めると鳥居は以前に比べて明るい笑顔になり恥ずかしがっている。現に周りに居る饗庭を除く女性陣からは熱い眼差しが突き刺さっている。


会った時から良い男だとは思っていたが予想を超えている…。俺もまあ美人な方だが二人が並ぶとお似合いのカップルの様に見える。


「…助さんの気持ちは分かったけど、ハルからちょっと離れてよね!」


俺と鳥居が立ち並ぶと絵になるので、それを避けようとして一花が鳥居を腕で押しのけようとする。やきもちでも焼いているのだろうか。


「ほら、ハルもうここはいいから次行こうよ次!」


「ちょ、ちょっと押すなって。」


俺の背中を押して次の目的地へと行くように急かす一花、鳥居も心を開いてくれたのか俺と一花のやり取りを見て明るい表情で自然と笑う様になった。


本人も気付かない間に心に溜まっていた物が開陽台で解放された気持ちになったのだろう。身銭を切ってまで支えてきた震災孤児の施設も俺達の募金でかなり潤った筈だ。



同日トラウトマンハウス─


その頃、施設を運営している鳥居の元上官の鱒男は本日の入金額をノートパソコンから見て椅子から転げ落ち、子供達に心配されていた…。


「大佐どうしたんですか?」


「まさか二千万以上の兵器を扱える部下から二千万振り込まれるとは思わなかった…。」


「???」


子供達とは言えあれから10年以上経っている。年齢的にも高校卒業を控える者も多く皆、卒業後は自費で大学か、諦めて就職しようとする者も居た。


ちなみに子供達には『大佐』と呼ばせてる様だ。


「ともかくだ!皆、やりたい事、行きたい大学への費用は出来た!諦めなくても…いいんだ!!」


鱒男が一人一人子供達の肩を叩いて回る、その後はステップを踏みながら踊り喜びを噛み締めていた。

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