第6話

 その後すぐに救急車が到着し、太一さんに付き添い、さやかさんもその場を離れていく。部外者である僕がこれ以上とどまることもできず、都内にある自宅へと帰ることにした。


 しかし、警察の対応は酷かった。連絡してすぐに、近くの駐在所からやってきた警察官は、家の中の惨状を見て「まあ、子供のすることですし」と言って去っていった。他人事ながら腹が立ったが、さやかさんは予想ができていたようで、「以前もこうでしたから」と消え入りそうな声で言った。


 間も無く都内に差し掛かろうと言うところ。電話が鳴った。信号待ちの間にハンズフリー通話に切り替えれば、相手は知り合いの民俗学者である藤村さんだった。


「もしもし、幽玄さん? この間調べて欲しいって言ってた町のこと、わかったことがあったらから電話したんだけど。今、大丈夫?」


「ありがとうございます。大丈夫ですよ」


「長者町と大字六部という地名。実に興味深いよね。まさかそんなわかりやすい形で自分たちの罪を土地に刻み込むなんて。偶然そういう名前なのかと思ったら、偶然ではなかった」


「そうですか」


「もともと、長者村ってところなんだけどね、そこ。過去の論文を漁ったら、面白いものが出てきた。ここも『六部殺し』の伝説があるらしい。よそからやってきた行者を地主がもてなし、油断している隙に殺し、金品を奪う。そして潤った地主は、村人に金貸しをしたり、村の環境を整備したりして、住人と切っても切れない縁を作った。六部殺しで味を占めた地主は、旅人などの余所者をターゲットにするようになり、何度も繰り返され、村人たちも加担していたと言われている。ちなみに今でも地主の家は残っていて、名前は––––」


 地主の名前を聞いて鳥肌が立った。

 もしも、その慣習が今でも残っているとしたら。


 これは僕の憶測でしかないけれども。


 地主の親族会社である不動産屋が「獲物」を見つけ家を売る。

 地主は不動産屋から買主の詳細情報を得て、初日の挨拶で買い取られた後の部屋の使われ方を確認する。

 町の子どもたちは、地主から得た間取りや各部屋の用途について教えられ、「獲物」の家に出向き、窃盗行為を行う。

 

 きっとこの地区の警察もグルなのだ。

 罪に問われる年齢以下の子どもを使うことで、この騒ぎを犯罪にすることが難しくなる。大人が関わっていないのは、きっとそういうことなのだろう。


「恐ろしい話ですね」


 幽霊も怪異も怖いが、やはり人間が一番怖い。

 時代が変わるにつれて、「六部殺し」も形を変え、裕福なよそ者から金品を奪う行為に変わっていったのだろうか。

 罠にハマった獲物が逃げ出した後、地主が再度土地を買い戻すのは、きっと次の獲物を見つけるためなのだろう。


「君の方の調査結果も、今度研究室で聞かせておくれよ、幽玄くん」


「はい、明日伺いますよ」


 こうした不幸な話を生業にしている僕も、見る人から見れば人でなしなのかもしれない。


 しかしどうしても、仄暗い深淵を覗き込むかのような、こうした怖い話の誘惑から僕は逃れられないのだ。

 

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