第5話
胸騒ぎがした僕は、イベントの翌日すぐ、さやかさんの住む町について調べ始めた。
SNS上では伏せていたが、彼女は自分の住む町の場所や住所について、僕だけに教えてくれている。その名は「長者町」。彼女の住む地区は、「大字六部」。後日、エピソードをブログなどで紹介する際、よりリアリティが出るように、気になる怪談は語り手視点の話だけでなく、自主調査や現地取材も行うようにしている。そうした「調べ物」をしていいかどうかの許可をもらうことも、僕の実話会段階の応募条件になっていた。
過去に何か大きな事件が起きていないかと、図書館で新聞を調べてみたが、特に見つからなかった。他にわかることがないかと、さやかさんに家を紹介した不動産会社を調べてみれば、地主の親族が経営していることがわかった。
次は現地に赴いてみる。さやかさんの手前、大っぴらに現地調査はできないので、道に迷ったふりをして、車上から住人に話しかけていく。
「なんなんだあんた。探るように色々聞いてきやがって。警察に通報するぞ」
「あんまりこの町の中をうろうろしないでくれる? 都市の方に抜ける道はあっちって教えてるんだから、さっさと行きなさいよ」
この地域の人はよそ者に対する警戒心が強いらしく、手をかえ品を変え話しかけても、概ねこの反応だった。残念ながら大した情報が得られない。
結局対面では何の収穫も得られず、僕は最後に、地主の家の前と、さやかさんの家の前を通って帰ることにした。
地主の家は、町を貫くように作られたメイン道路の突き当たりにあった。土地だけでも五百平米以上はありそうだ。大きな門があり、その先に日本建築の住宅がチラリと見えた。他にも建物が見えるので、母屋以外にももしかしたら離れや、蔵、物置小屋などがあるのかもしれない。そしてそのすぐ近くに、さやかさんの自宅らしき建物があった。
車の窓を開けて建物を観察する。築二十年の輸入建築だそうだが、しっかりとメンテナンスされているようで、築年数より新しく感じられる。彼女の言うとおり、地主の家の次に大きく、庭も広い。これだけの住宅を都内で買ったとしたら、億はくだらないだろう。
あまりうろうろしていても本当に警察に通報されかねない。そろそろ帰ろうかと窓を閉めようとして、さやかさんの屋敷の方から悲鳴が聞こえた。
慌てて路肩に車を止め、外に出れば。輸入住宅の中から子どもたちが飛び出してきた。誰もがみな不自然に笑っていて、肩掛けカバンを持っている。その中には、ものがパンパンに詰まっているようだった。
最後に出てきた子供を見て、僕は息をのんだ。小学校高学年らしきその男の子の服には、返り血らしきものが染み込んでいたのだ。
失礼を承知で、開け放たれたドアの中に飛び込んでいく。不法侵入で訴えられでもしたらという不安がよぎったが、住人の身の安全を優先することにする。
玄関にはさやかさんと思しき女性がへたり込んでいた。
「大丈夫ですか?!」
「あなた、誰ですか?! あなたもこの家のものを盗むつもり? 主人と私をどうするつもりなの?!」
半狂乱でそう叫ぶさやかさんに、僕は名刺を取り出し、身元を打ち明ける。本当なら怖がられそうなところだが、SNSで会話した怪談師が突如現れたことよりも、今現在起きている脅威の方が恐ろしかったらしい。
「幽玄さん……? お願い、二階に、来てください! 主人が……!」
藁をも掴むような表情でそう言うと、さやかさんはフラフラと立ち上がり、僕を先導する。大階段を上がった先の個室の前で、太一さんが倒れていた。そして腰にはカッターナイフが突き立てられており、衣服が鮮血に染まっている。
「大丈夫ですか? 出血がひどい。救急車は?」
「あ、いえ、まだ」
「こちらで救急と警察に連絡します。さやかさんは旦那さんについていてください」
各所に電話で要件を伝え終えると、僕はさやかさんに向き直る。彼女の向こうにいる太一さんは、意識はあるようだったが、起こっている現実が信じられないのか、ぼんやりと床を見ていた。
「あの、何があったか話していただけませんか」
「はい……」
さやかさんは泣きながら、堰を切ったように話し始めた。
太一さんの有休は金曜日だったのだが、今週に限って、いつもは来ない木曜日に子どもたちがやってきたのだそうだ。
総勢十二人の子どもたちが家の中を駆け回り、あまりのうるささに太一さんも部屋から飛び出してきたらしい。そして太一さんが見たのは、家のあちこちで、カバンに自宅のものを詰め込む子どもたちの姿。しかも彼らが詰めているのは、ブランドもののカバンや、アンティークのカップ、毛皮など、値の張るものばかり。
「お前ら何してんだ! 警察呼ぶぞ! 調子に乗りやがって」
太一さんは目の前にいた男の子の胸ぐらを掴み、怒鳴りつけた。しかし直後、後ろから他の子どもに体当たりされ、ぐらり、と体が揺れたかと思えば、そのまま床に倒れた。
「お前……自分が何したかわかってんのか」
叫び声を聞いたさやかさんがその場に到着した時には、太一さんは床に伏せながら、背後で手を赤く染めた男の子を睨みつけていた。
カッターで襲撃した子は何も答えず、すぐ近くにいた光希ちゃんが笑い始めた。
「おじさん、バカだね。私たちみんな十一歳だよ。警察に連れて行かれても、捕まらないんだよ」
光希ちゃんが合図すると、その場にいた子どもたちは一斉に玄関に向かって駆け出した。まるで公園で遊ぶ子どもたちのように、生き生きと。
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