前世の自分の恋人を堕としたら。  K.K.0

目 のらりん

前世の自分の恋人を堕としたら。  K.K.0

 命を終えた瞬間、死者の体は分解をはじめる。

 髪や爪、肌に臓器。ありとあらゆるものは分解される。

 分解された体だったものは、世界と同化し、循環する。

 やがては再び他の生物を構成することもあるだろう。


 その循環が体だけに留まらず、『魂』にも適応されることを知ったのは、私が生まれ変わった時だった。


 なんの因果か、ふたたび人間としての形を得た私は『前世』の記憶を保ったままだった。べつに失っても構わなかったのだけど。

 だって、新しい人生がはじまったのに、わざわざ古いものを持ち続ける必要もないだろう。


 前世の私、『蟻澤 花』は、ごくごく普通の人生を生きた女だった。

 1980年、日本のごく普通の家庭に生を受け、普通の幼少期、青春を過ごし、大学に通った。大学では英文学なんてものを専攻し、将来潰しが効くということで教職の授業も受けていた。正直、文学にも英語にも教師の職にも興味はなかったが、それらを選んだのは、それ以外のものにも特に興味がなかったからだ。その時周囲の人間がそうであったように、もちろん私にも恋人がいた。

 そんな私の普通の人生があっさり終わりを迎えたのは、二十二の、大学直前のことだった。交通事故で私の体はまりのように軽やかに跳ね飛ばされ、あっけなく死を迎えた。

 両親はさぞや悲しんだに違いない。

 申し訳ない。


 一旦分解された私の意識は、なんの因果か、もとの形を保ったまま、人間の赤ん坊に宿された。以前の生とはちがい、今度は男になった。

 これはなかなか幸先がいいように、意識が再形成された当時は、思われた。

 なにせ以前の生では、二十二年間もの間女であったので、女であることにもそろそろ飽きていた。男になるという新しい経験は、わるくない。


 しかし、それがぬか喜びであったことはすぐに知れた。

 男であることが、私の想像を超えることはなかった。苦しみも、楽しさも想像の範疇だった。

 その上、子供時代を繰り返すのは退屈極まりなかった。一回めの生ではそこそこ楽しかったように思う子供時代も、二回めともなればただの繰り返しだった。

 両親は神童だなんだと、私の二十二歳にしては凡庸な才を褒め称えたが、私は私自身に飽きていた。ニューロンは本来無関係な人格をインプットするという、とんでもないイタズラは行なったくせに、私から退屈という感情は取り上げてくれなかった。


 唯一、楽しかったのは女と寝ることだっただろうか。

 十の時には、三軒隣の女子高生と初体験を済ませ、十二の時には歳上にも飽きて同学年と遊んでいた。

 なにせ『神童』である上に、そこそこ運動もでき、また見た目も悪くない。私に対して、甘えを宿した眼差しでしなだれかかる女はかわいく、そして前世よりは筋肉のついた体で彼女らを組み敷くのは、強者になったようでいい気分だった。もっとも子供の筋肉なんてたかが知れているが。

 こんなに女性と寝るのが楽しいのなら、もっと早く、前世からやっとけばよかったと思ったくらいだ。

 前世の自分は選り好みをしていた。

 その点は後悔している。


 女の子の髪がすきだ。

 特にそれが自由気ままにシーツの上に広がっているときは。


「和樹、またね」

 男になって、はや十八年。

「優香の家、いつでも来ていいよ」

 高校三年生になった私はその日、学校帰りに寄った同級生の家を出るところだった。玄関先、段差に腰掛けスニーカーの紐を結ぶ私に、おしゃれをしたのだろう指先で、照れたようにつやつやの髪を梳きながら、伏せ目がちに彼女がいう。それから思い切ったように後ろから私の肩に手を回すと、ちゅ、と私の頬に口付けた。

 その初々しい仕草に、私はほほえむ。

「きみの両親がいないときなら?」

「そ。いないときなら」

「ありがと。じゃあね」

 靴を履き終えた私は、彼女にお返しのキスをして、家から出る。名残惜しそうにドアが閉められる。

 夏の終わり。すでに日は暮れかけている。

 風が肌に心地いい。

 帰り道を歩きながら、先の予定を考える。三週間後には定期テストがある。少し先だが、気が早い生徒はすでに勉強をはじめている。一応『進学校』と呼ばれている学校に通っており、周囲は普段から真面目に勉強をしている生徒が多い。それなのにテスト期間に近づくと、さらに真面目さに拍車がかかり、勉強する時間が伸びるのだ。

 だからこの時期は、他の人の家に行き来する機会がごっそり減る。

『そういえば、』

 最近すこし仲良くなった子が、私に勉強を教えて欲しいと言っていたのを思い出す。

『美穂に勉強を教えてあげようかな』

 それはとてもいいアイデアなような気がした。

 繁華街の入り口に路駐しているクルマのミラー。

 十八歳の自分の姿が映っている。

 いいかんじだ。ほんとうに。

 いい加減大人らしくなってきたこの体も、まだ時折少年の面影をちらつかせる。その移り目の妖しいうつくしさといったら。その気になったら、女だけじゃない、男も落とせそうだ。

 決して自信過剰じゃないのは、街を歩いた時に人が私によこす眼差しからも分かる。

『いいね。たのしい』

 ほくそ笑む。

 そうやって笑っていると、なんだか本当に楽しいような気がしてくるのだから、人間の体って単純だ。


 前世で関わりのあった人間にわざわざ会おうと思ったことはない。

 しかし、うまれ変わったこの場所は、前世の故郷と惑星をまたいでいるわけでもなく、せいぜい二、三県しか離れていない以上、いつ知人とばったり出会ってもおかしくはなかった。

 だから、それまで誰とも出会わなかったのも別におかしくないが、今日のこのなんてことのない日に再会したのだって、ただの偶然だ。

 その時、私は家への帰り道を歩いていて、居酒屋に入ろうとするサラリーマンの集団にたまたま視線を向けた。いい年してわいわい騒いでいる中年男性たち。その中に、どこかで見たことのある顔を見つけた。

うるさい集団の中、楽しそうに笑っている。短く整えられた髪には、灰色がわずかに見えるが、汚らしい感じはせず、逆に年齢を重ねた落ち着きと、成熟さを感じさせる。

 服装がある程度洗練されているからだろう。スーツやシャツ、革靴はそこそこ金がかかっているのが見て取れる。スーツで隠れているが、あの体の分厚さは、そこそこ筋肉もあるものとみた。

 自分ほどではないが、いい男だ。

『だれだろう』

 そう考えているうちに、一団は店内へと入っていった。

 私はしばらくその方向を見つめ、それが前世の私の恋人であることに、ようやく気がついた。

 鴨川 善一。

 善人な若者を絵に描いたような、なにかと記念日を祝うのが好きな男だった。大学に入ってすぐの頃、何の気なしに告白したらすぐに了承したので、彼も大学に入って恋人が欲しかったのだろうと思われる。ものすごくモテる男ではなかったが、学部には彼のことがすきな人間が何人かいた。その中で私が選ばれたのは、まあ、単にタイミングと、運だろう。大学生なんてある程度見た目がよかったら、だれとでも付き合う。

『ほーん、歳とるとあんな感じになるんだ』

 家に帰ろうかどうか少し迷い、結局、善一が居酒屋から出てくるのを、向かいの公園で待つことにした。特に理由はない。なんとなく、そっちの方がおもしろそうだからだ。

 なにもない空っぽの公園に設置された唯一の遊具であるブランコを漕ぎながら、ひまつぶしに美穂のことを考える。美穂は私に好意を持っている。私は私のことが好きな人間がすきだ。だからきっと、わたし達はいい関係を築ける気がする。

 どうやって彼女に近づこうか算段を立て、はや二時間も経っただろうか。日はとうに暮れ、ようやく善一が居酒屋から出てきた。

 善一は、店の前で他の人間と別れると、どこかへ向かって歩き始めた。その足取りはどこかおぼつかない。

 ホテルだろうか。それともこの辺に住んでいるんだろうか。

 こっそり後ろをつけていく。

 そういえば私が死んだ後、どうなったんだろう。数年くらいは落ち込んだんだろうか。私は普通の人間であったから、おそらく普通程度には悲しまれただろう。

 計算違いをしていなければ、善一は今年ちょうど四十になるはずだ。

 今はなにをしているんだろう。

 前から見ると若々しくても、歳というのは後ろ姿に出るらしい。

 その少しくたびれた後ろ姿を眺める。

 善一はふらふらと歩き、途中で自販機に立ち寄ったかと思うと、なにを買うでもなく、傍にカバンを置いてしゃがみこみ、げろげろと吐きはじめた。

『おおっ。吐いている』

 私はその様子を眺めていたが、すぐに近づくのにいい機会であることに気づいた。

「だいじょうぶですか?」

 そばに駆け寄り、さも心配げな声を出す。

 善一は驚いたように顔を見上げたが、吐き気が襲ってきたのか、私の顔を見る間もなく、すぐに俯く。

「あ、ああ。すみません。すこし、酔ったみたいで」

 ぜいぜいと息を切らしながら、合間合間に言葉を挟む。

 自販機でペットボトルの水を購入しようとコインを挿入した私に向かって、申し訳なさそうに手が掲げられた。

 その手の薬指に指輪がはまっているのが見えた。

『ふーん』

 なんとなくおもしろくない気がした。

 水ではなくポカリをのボタンを押す。

 がこっという音、取り出し口からボトルを取り出し、

「どうぞ。飲んでください」

 そういってボトルを手渡す私に、善一はなにを渡されたのかよく確認しないまま、

「ありがとう」

 礼を述べると、喉が渇いていたのだろう、ぐびぐびと飲み干した。空になったボトルを受け取り、ゴミ箱に入れる。

「一人で歩けます?」

「あ、ああ……。すこし休めば、だいじょうぶ」

「そんなこと言ってふらふらじゃないですか。どこまで送ればいいですか?」

 善一がぼんやりとした目で私を見上げた。

「……ありがとう。君は親切だな」

 おそらく制服が目に入っていない。

 私が高校生だと気がついていないのだろう。

「ホテル……」

 むにゃむにゃと言うと、胸ポケットを触るような動作をした後、目を閉じる。

 それから動作を完全に停止して、うんともすんとも言わなくなってしまった。

「あら。寝ちゃった?」

 声をかけるが、返事がない。

「触りますよ〜」

 適当に声をかけて胸ポケットを触る。

 ビジネスホテルの予約情報を印刷した紙が出てきた。

「おお、見事におじさんくさい」

 紙に記載された住所をスマホで調べると、歩きで三十分もかかる。そんなに歩いてられるか、とさっさとUberを予約した。時間をおかずにやってきて車にカバンごと善一を押し込み、自分も乗り込む。

 発車した車の窓の外を眺めながら、ほくそ笑んだ。

 車の振動が気持ちいい。


 ホテルについても相変わらず酔っ払っている善一を肩に抱え、ホテルのカウンターでカードキーを受け取る。エレベーターで三回まで昇り、客室に入り、ベッドに善一を寝かして、ようやく一息ついた。重かった。

 それから、親に友人の家に泊まる旨の連絡をし、他にすることもなくなったので、私も寝た。ブランコも漕いだし、スポーツをするのは疲れるのだ。

 カバンを漁ったりなんてしない、性格なんて多少狡猾になれど、二十年かそこらでそんなに変わるものか。そんなことをする必要はないのを、私は知っている。

 翌朝の善一の反応は見ものだった。

 制服姿でソファに眠る私を見て奇声を上げ(おかげで目が覚めた)、ベッドの上で後ずさったかと思うと「君はだれだ!」と怯えて上ずった声を上げる。記憶の中より、低くなった声。渋い。いいね。

「いやだな、忘れちゃったんですか」

 私がほほえんで見せると、青ざめた顔はますます青くなった。

「し、しらない」

「俺のことを好きだって言った」

「おおおお、男だろう君は」

 いい大人が慌てふためく姿は、実に愉快だった。

 くすりと笑う。

「そうですよ。ほんの冗談です。だから、怒らないで。鴨川さんが酔っ払っていたから、ここまで運んできたんです」

「そ、そうか。ありがとう」

 ほっと息をついている。

「僕たちは初対面だよね? 僕は君に名乗ったのか?」

「ええ、教えてくれましたよ」

「君にはお礼をしなくちゃいけないな。こんな若い子に申し訳ない」

「いいんですよ、むしろラッキーです」

「それはどういう……」

 手櫛で髪を整えながらにこりと微笑むと、善一は慌てて目をそらす。

 混乱している。

 これはいけるな。

 そう思った。

 反応が他の人と一緒だ。

 知らなかったが善一にはそういう気があったのかもしれない。結婚しているくせに、こんなに尻が軽いなんて残念だよ。そっと肩をすくめる。

 とりあえず今日のところは帰るか。

 すっと立ち上がった私に、善一はびくりと体を震わせると、おそるおそる問いかけた。

「な、なあ君。昨日、僕にポカリ渡さなかった?」

 声に困惑がにじんでいる。

 私は頷いた。

「渡しました。水分補給ができるかと思って」

「あ、ああ。そうだよね。ありがとう。いや昔、学生のころなんだけどね、アルコール摂取した後にポカリを飲むと酔いが余計に回るって噂が流れたことがあったんだ。いや、単なる都市伝説的なウワサで実際にそうなるってわけじゃないんだけどね」

「いやだな、そんなことしませんよ」

 笑ってみせると、善一も引きつった笑い声をあげた。

「は、は、は。そうだよな。僕もなあ、普段だったらあんな酒のミスなんてしないんだけどねえ、昨日は取引先に飲まされすぎてしまって」

 頬をかくその手の指輪が光る。

 それを見て、楽しそうなことを思いついた。

『私のものにしよう』

「お仕事、大変なんすね。何しているんですか?」

「ぼ、貿易だよ」

 私の決意を感じ取ったのか、善一の肩がまた、ぴくりと揺れた。


 善一を堕とすのは簡単なことだった。

 不思議に思わなかったと言えばウソになるくらい、簡単に堕ちた。もうそれは私が口説き落としたとか、そういうレベルではない。

「だ、だけど僕は結婚していて」

「やるかやらないか、じゃない。もうヤルって決まってるんだよ」

「そうだけど。いやでも」

「俺のことが好きなくせに」

「……うん、好きだ」

 その程度である。

 警戒しているフリはただのフリで、もしやそういう美人局かと疑うレベルで簡単だった。しかし、向こうは明らかに私に溺れている。簡単すぎて、ばかばかしくなった。それとも、そういう演技だろうか?

 この男と大学時代に出会った時、善人だと思っていたが、そうじゃなかったのかもしれない。それとも時間とともに変わっていったのだろうか。浮気というか不倫をするような奴には見えなかったのだが。

 しかもその結果、ファミレスで三者面談をすることになるとは思わなかった。

 善一の妻に呼び出されたのである。

 まあ、いいけど。

 このまま善一ともども、私のものにしてやろうか。

 これまたどこかで見た顔だ、鬼の形相をした彼の妻が低い声で喋っているのを眺める。もしかして大学の同級生とか後輩だろうか。

「蜂谷和樹さん。あなたにも慰謝料を請求させてもらいます。親御さんにも連絡することになるわ」

「別にいいけどさ、そんなことしたら未成年との淫行で捕まることになるのは、あんたの旦那じゃないの」

 女のプライドが高いことは明らかだった。

 善一が捕まるというよりも、自分の旦那が逮捕されることに耐えられないだろう。

 そういう女だ、これは。なんとなく私と似ているものを感じる。他人のことを言えた義理じゃないけど、絶対に性格が悪い。おお、こわいこわい。

「よかったら証拠の動画、送ってあげようか?」

 にやりと笑う。

 相手はツンと、答えた。

「ええ、お願いするわ」

「たくさんあるから、順番に送るね」

 たのしい。

「あ、あのさ」

 善一がなにかを言おうとするのを、彼女がぴしゃりと遮る。

「あなたは黙ってて。私はぜったいに別れないから」

「ええー。べつに俺だって別れる気ないけど。前世からの縁だし?」

 混ぜかえす私に、彼の妻は心底侮蔑するような目線を向けた。

「前世からの知り合いだろうがなんだろうが、関係ないわ。今のパートナーは私だもの」

「そんなん紙切れ一枚だろ」

「だまりなさい小僧」

「おねえさんこそ」

 ニヤニヤ笑う私と絶対零度の妻に耐えきれなくなったのだろう。善一は震える声を絞り出した。

「や、やめてくれ。おれのために争わないでくれ」

「だいたい、あなたはどっちが好きなの」

 善一は逡巡すると、やがてぽつりと呟いた。

「ふ、ふたり……」

 じつに最低だ。

 本心がどうであれ、適当に一人選べばよかったのに。利益を考えたら、向こうを取るべきだし、若さならこっちか。選べないなら『どちらにしようかな』で簡単に決められるではないか。優柔不断の善人はこれだから。

 彼の妻も呆れた顔をしている。

「この子を選んでごらんなさい。あなたのソレをもう二度と使い物にならないようにしてあげるし、陽のもとを二度と歩けなくしてやるわ。私を怒らせたあなたが悪いのよ、バカな子ね」

「や、やめなよ。高校生の前だよ、『花』」

 なに言ってんだか。

 子供のように、子供の前で窘められて、なにを取り繕っているんだろう。

「ん?」

 『花』?

 思わず、声を出した私に、彼の妻がキッと睨みつける。

 私は彼女の顔をまじまじと見つめた。

「なによ。私はあなたとは寝ないわよ」

「寝てもいいけど、お姉さん、もしかして俺たち会ったことある? …………あ」

 私はすごいことを理解してしまった。

 その事実にフリーズした私に、彼女は怪訝そうに眉をひそめる。

「なによ」

「もしかして、旧姓、蟻澤じゃない?」

「なんで知ってんのよ」

「おやまあ」

 穴のあくほど見つめられて、気味悪そうに蟻澤花が顔を歪めた。

「二十代の時に、交通事故にあったことある?」

「だとしたらなんなの」

「いいや、なんでも」

 胸がどきどきする。

 似てるも何も、今、私の目の前にいるのはだれあろう、『蟻澤花』、前世の私じゃないか。

 こんなことってあるのだろうか。

 なんで生きているんだろう。だれだコイツ。

 よく見たら、本人そのままである。顔が変わっていない。自分は歳をとったらこうなる予定だったのか、と愕然とした。自分が歳を重ねた姿として捉えたら崩れたスタイルは忌々しいが、恋愛相手としてならアリかもしれない。むしろそそる。実に微妙なラインだ。


 いいことを思いついた。


 もしかしてこれは一世一代のチャンスではないだろうか。

 この世にかつて、自分と恋愛をした人間があっただろうか?

 いや、きっとそれは前人未到の行いであるに違いない。

 それにしても、交通事故にあったはずの私が生き延びているのは、どういうワケだろうか。分解され再構築されたと思っていた、私の私としての自我は、分裂して増殖したということだろうか。

 目の前の『コレ』は偽物だろうか。

 べつに、目の前の方がオリジナルでもかまわない。しかし、私が私である以上、私が本物であり、目の前のこれを含めて他の全てが偽物であることは、この世の真理よりたしかだ。

 そして、彼女はかわいい。

 これはいい。

 これは、楽しい。

 にこりと微笑んだ私に、蟻澤花もまた、迎え撃つように冷笑を浮かべて見せたのだった。きっと、内面が私なら、私’たる彼女もこの状況を楽しんでいるにちがいない。

「私が本妻なの。偽物は消えてちょうだい」

「いやいや蟻澤花さん。私たちのどっちを、善一は好きだろうね?」

 この関係にかこつけて、きっと私たちは近しくなれるだろう。

 そんな気がする。










 続かない。

 息抜きに思いついた妻と私の関係をフィルター無しにそのまま書き連ねていたら、自分でもビックリするくらいクズが出てきた。奥さんをホラーにしたかったのに、主人公の方が正直怖い。何考えて行動してんだ。淘汰されてしまえ。


 普通を装った性格の悪いサイコパスから好きな人を救おうとして、善一に片思いをしていた子が変な魔術に手を出して、体を乗っ取ったとかが案外、真相かもしれない。次元を超えてアメーバ的に自我が増殖した、とかのSFでも、クローンだった的SFでも楽しい。

 どれでも楽しい。


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前世の自分の恋人を堕としたら。  K.K.0 目 のらりん @monokuron

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