見違えた被害者

三鹿ショート

見違えた被害者

 久方ぶりに見た彼女は、別人だった。

 髪の毛を金色に染め、顔立ちは佳人そのものであり、ふくよかだった肉体は見る影もないほどに細くなっている。

 まるで、彼女の名前を使っているだけの他者のようだった。

 だが、彼女の口調などに変化が無いところを考えると、どうやら本人らしい。

 彼女はその場で一度回転し、誇らしげに腰に手を当てた。

「肉体を改造するまで時間はかかりましたが、なんとかなりました」

 そこで口元を緩めながら己の顔面を指差すと、

「さすがに顔だけは努力ではどうにもならなかったために、医者の手を借りることになりましたが」

「何故、そこまでのことを」

 別段、彼女の外見は、悪いわけではなかった。

 医者の手を借りる行為を責めているわけではないが、そこまでのことをする理由が分からなかったのだ。

 私の問いに、彼女は先ほどまで浮かべていたものとは異なる醜悪な笑みを浮かべた。

「私を虐げていた連中は、変化する前の私だけを知っているのです。あの姿のままで近付けば、満足に報復することもできないでしょう。ですが、今は油断するに違いありません。そこを狙っているのです」

 彼女の双眸は、爛々としていた。

 その行為以外のことなど何も考えていないような、強い口調だった。


***


 私が彼女と親しくなった理由は、互いに虐げられていたためである。

 傷だらけの顔で互いを慰めるような言葉を何度吐いたのか、憶えていない。

 そんなある日、彼女は学校に姿を見せることがなくなった。

 私に対する行為に変化は無かったが、彼女を虐げていた人々は、何事も無かったかのようにそれぞれの日常を送っていた。

 それを見ていると、彼女に対する行為にそれほど大きな意味はなかったのではないかと考えてしまう。

 彼女にとっては人生を左右するような出来事だが、彼女を虐げていた人々にしてみれば、数多く存在する話題の一つでしかなかったのかもしれない。


***


 彼女は、自身を虐げていた連中を一人ずつ狙うことにしたらしい。

 街中で声をかけ、己の色気で相手を誘い出すと、人気の無い場所で襲いかかった。

 後日、彼女が私に示してきた写真によると、相手の手足は折れ、歯は地面に散らばり、切り取られた一物は相手の肛門に突き込まれていた。

 相手の生命を奪っていなかったため、彼女の仕業だと露見するのではないかと心配をしたが、

「私がこの身に受けた行為によって相手が然るべき機関に捕らわれることが無いということは不公平ですが、私は捕らわれたとしても仕方が無い行為に及んだのです。覚悟の上で、私は行動しているのです」

 淡々と語るその姿を見て、彼女を止めることはできないのだと悟った。


***


 それからも、彼女の行為は続いた。

 単純に肉体を傷つけることも多かったが、中には相手との行為を撮影し、それを相手の恋人に送りつけて不和を引き起こすなど、変化球を見せることもあった。

 やがて、彼女は己を虐げていた人間の全てに報復を終えたが、その爛々とした瞳が輝きを失うことはなかった。

「これから先も、私のことを虐げ、見下す人間が現われることでしょう。未来の加害者のために、私が足を止めることはないのです」

 彼女の外見が変化したということもあったが、彼女はすっかり別人と化していた。

 これまでは、受けていた屈辱を帳消しにしようと動いていたが、今では何かしらの理由があれば嬉々として他者を傷つけるような存在に変化していたのである。

 それは、被害者から加害者に変貌したようなものだった。

 恐ろしくなってしまった私は、彼女と距離をおくことにした。

 彼女は何度も接触してきたが、私はそれらを全てはねのけた。

 そのような行為を繰り返していくうちに、彼女が姿を見せることはなくなった。

 私は安堵しながら、今日もまた、虐げられるのだった。


***


 ある日、郵便受けに写真が入っていた。

 直接投函されたのだろうかと思いながら見たところ、目を疑った。

 其処には、私を虐げていた人間たちの変わり果てた姿が写っていたのである。

 分断された手足はそれぞれ別人に取り付けられ、体内から顔を出した腸は互いに結びつけられ、頭部から取り出された脳は一つの容器の中に入れられ、掻き混ぜられている。

 赤々とした室内の中央には、満面の笑みを浮かべた彼女が立っていた。

 私は、その場で嘔吐した。

 地面を汚していると、何者かが私の背中を摩り始めた。

 感謝の言葉を口にしようと振り返ると、其処には彼女が立っていた。

 目を見開く私に向かって、彼女は口元を緩めると、

「先日は、自分の未来のために足を止めることはないと言いましたが、それは間違っていました」

 彼女は地面に落ちていた写真を拾い、それを見つめながら、

「私は悪事に手を染めました。どのように言い訳をしたところで、その事実が消えるわけではありません。それならば、私と同じように困っている人間を救った方が良いのではないかと考えるようになったのです」

 彼女は写真を衣嚢に仕舞った後、私の手を握りしめながら、

「全ての被害者が、私のような報復行為に及ぶことができるわけではありません。たとえ動くことができたとしても、罪の無い人間だったはずが、罪のある人間のために動いたことで未来を台無しにしてしまうということになることを思えば、既に汚れている私が動くべきではないかと、そう考えたのです」

 言葉を失っている私に対して、彼女は手を振ると、

「私に感謝の言葉を吐く時間が存在するのならば、一秒でも早く、自分の幸福のために動いてください」

 そう告げると、その場を後にした。


***


 彼女と別れた後、各地で凄惨な事件が発生するようになった。

 多くの事件に関与していながらも未だに彼女が捕らわれていないことを考えると、おそらく協力者が存在しているのだろう。

 その中の一人として挙手することはできないが、再会した暁には、改めて感謝の言葉を告げることを決めていた。

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見違えた被害者 三鹿ショート @mijikashort

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