泣き虫おもらしマーライオンなんて最低!

呪わしい皺の色

第1話

場所  中学校

時刻  一時半。昼休み

登場人物

①山田ヒナ  一人称は「私」

②山田ヒナ  一人称は「ヒナ」

③浅田雫

④佐原のの

⑤前田秀夫

⑥泣きっ面を刺しに来た蜂

⑦男子生徒1

⑧男子生徒2


(廊下で)

男子生徒1  なあ、山田ヒナの話聞いたか?


男子生徒2  その山田ヒナってのは山田ヒナのこと? それとも山田ヒナのこと?


男子生徒1  もちろん山田ヒナのことだ。昼前に数学のテスト返しがあったんだけど、クラスの最高点はあいつの九十八点だ。


男子生徒2  それはそれはすごいな


男子生徒1  けどな、本人はケアレスミスが悔しかったらしく、号泣よ。号泣!


男子生徒2  ええ……


男子生徒1  俺は三十六点だった。わはは


男子生徒2  お前こそ泣けよ


男子生徒1  でもさ、九十八点で号泣なら、俺はどれだけ泣けばいいんだ? 干乾びるまでか?





(踊り場で)

浅田雫  あ、おしっこチビリそう


佐原のの  トイレ行ってきなよ。何してんの


浅田雫  いや、も少し大丈夫。それよりも何か大事なことが……


佐原のの  それよりも大事なことなんてないよ絶対


浅田雫  思い出した。山田ヒナのことなんだけど


佐原のの  どっちの?


浅田雫  三組の。一人称がヒナの山田ヒナ


佐原のの  あっちね


浅田雫  小学生の頃にね、あいつ授業中に漏らしたんだけど


佐原のの  ばっちいね


浅田雫  たまたま近くに座ってた私が後片付けを手伝わされたの


佐原のの  えらいね


浅田雫  でも、その後にちゃんと手を洗ったのか思い出せないの


佐原のの  ええ……


浅田雫  そろそろ限界


佐原のの  言わんこっちゃない。早く行くよ


浅田雫  一人じゃ動けない。手つないでくれる?


佐原のの  絶対嫌





(教室で)

小柄な男子生徒  (開いている教室のドアをノックして)山田ヒナはいますか。あなたの泣きっ面を刺しに来た蜂ですよ。ブンブン♪


(生徒達が談笑をやめ、小声で何かを言い合う)


前田秀夫  山田はいない


泣きっ面を刺しに来た蜂  あなたは確か……えっと、誰でしたっけ


前田秀夫  お前はだれだオマエハダレダだと? 俺は前田だオレハマエダダ


泣きっ面を刺しに来た蜂  そうそう、前田君ね


前田秀夫  このクラスでは二位の実力を誇っている


泣きっ面を刺しに来た蜂  学年八位の前田君! ……そっか。彼女はいないのか。弄ってやる気満々だったのに


前田秀夫  (ぶつくさと)俺だって頑張ってるのに、努力してるのに、でも俺の先にはいつも人がいるんだ


泣きっ面を刺しに来た蜂  じゃあ話相手になってくださいよ。えっと、ダレダ君?


ダレダ君  前田だ!


泣きっ面を刺しに来た蜂  トークテーマは何がいいですか


前田秀夫  駄目だ。ただでさえ落ち込んでるのにこいつの相手をしなきゃなんてストレスで禿げそう


泣きっ面を刺しに来た蜂  テーマはハゲで決まり


前田秀夫  脱毛は不毛の努力だ


泣きっ面を刺しに来た蜂  はへ?


前田秀夫  何だその間の抜けた相槌は


小柄な男子生徒  えっと……


前田秀夫  まあいい。こちらも勝手にやらせてもらう。憂さ晴らしだ





(体育館の出入り口周辺で)

山田ヒナ  やっぱここにいたんだね


山田ヒナ  何か用?


山田ヒナ  ここも暑いな。よく座ってられるね


山田ヒナ  帰れば?


山田ヒナ  だから帰ってきた。ヒナはヒナの影だから


山田ヒナ  くるくるぱあだわこいつ


山田ヒナ  ここに来るまでに興味深い噂を耳にしたんだけど、聞きたい?


山田ヒナ  どうせ私のことでしょ


山田ヒナ  なんでわかったの


山田ヒナ  なんでって、お前が私のストーカーだから


山田ヒナ  ストーカー? 誰が? 誰の?


山田ヒナ  お前が私の


山田ヒナ  言われてみればそうかもね


山田ヒナ  否定しろよ


山田ヒナ  かえるのうたみたいに追いかけてる




(その頃教室では)

前田秀夫  脱毛への関心が高まっているのにハゲが笑われるのは何故か。それは第二次性徴以前の体に、たとえ表面的ではあっても戻りたいという、幼さを取り戻したいという欲望が云々かんぬん


小柄な男子生徒  おお




(体育館周辺)

山田ヒナ  噂によるとね、山田ヒナは授業中に泣いて漏らす女なんだって


山田ヒナ  はあ?


山田ヒナ  上からは涙を、下からは尿を


山田ヒナ  何それ。ていうか、半分お前じゃん


山田ヒナ  あ、ほんとだ。


山田ヒナ  尾ひれがつくってレベルじゃないとは思ったけど、お前の悪評と合体するとか嫌すぎる


山田ヒナ  私達、マーライオンに、なっちゃった?


山田ヒナ  泣き虫おもらしマーライオンなんて最低!




(その頃教室では)

前田秀夫  おお美咲、貴女の新しい砂漠に男達が欲望のキャラバンを進ませる


小柄な男子生徒  ミサキって誰ですか


前田秀夫  近所に住んでたお姉さん。俺の初恋の人。既婚者




(体育館周辺)

山田ヒナ  それで、なんで泣いたりしたの


山田ヒナ  (同じ響きの名を持つ少女と手をつなぎながら)うーん。解答用紙を受け取る直前にちょっと思いついて


山田ヒナ  何を?


山田ヒナ  ここで泣けたら女優になれるんじゃないかって


山田ヒナ  それを試したってこと?


山田ヒナ  あの時は正気じゃなかった。用紙をくしゃくしゃにして机に突っ伏せば悔し泣きの演技は完璧だって確信してたくらいだから。でも、隣の席の男子が用紙を拾って皺を伸ばしたり、先生が直々に慰めに来たりして、軽率だったなってやり過ぎたなって気づいて


山田ヒナ  我に返ったわけだ


山田ヒナ  私は女優に向いてない


山田ヒナ  え? でも、みんな騙されたみたいだけど


山田ヒナ  私が私の嘘に耐えられるかは別の話だから


山田ヒナ  ていうかさ、たまに今回みたいに暴走するのは何なの


山田ヒナ  それはお前のせいだ


山田ヒナ  はあ? ヒナのせい?


山田ヒナ  名前の響きは同じだし、暇な時はべったりくっついてくる


山田ヒナ  こっちだって同じ文句つけてやりたいよ


山田ヒナ  そのせいで自分で自分を取り違えるんだ


山田ヒナ  じゃあ離れる?


山田ヒナ  いや、お前が改名すればいい


山田ヒナ  やだね。この名前、気に入ってんだから





山田ヒナ  お前高校でもストーカー続ける?


山田ヒナ  そのつもりだけど。成績も着実に……って、そういうこと?


山田ヒナ  どういうこと


山田ヒナ  いや……あのね……んとね、これ勘違いだったら恥ずかしいな


山田ヒナ  はよ言え


山田ヒナ  ひ、ヒナのために泣いてくれてありがとう、みたいな?


山田ヒナ  それは勘違いだ。本音の誤変換だ

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