終章 神の福音
最終話 ノスタルジア
「……今も神殺しの反逆者は逃走を続けており」
艦内のテレビには指名手配犯として私たちの顔写真が映っていた。
一か月後、私たちは全世界のあらゆる国で指名手配されていた。だから当然家に帰ることもできず、おばあちゃんの戦艦で逃避行を続けている。今は人気のない海のど真ん中に、太陽の光がさんさんと降りしきる中、停泊していた。
「平穏な生活にはもう戻れなさそうだな」
おばあちゃんがぼそりとつぶやいた。
青い世界はどこまでも伸びてゆく。白い雲が空を穏やかに流れていた。ミアは艦橋の手すりに肘をついて、物憂げな表情で外を眺めている。でも桜は隣で「これでよかったんですよ」とミアに微笑んでいた。
するとミアも口元を緩める。
「そうだな。やっと救うことができたんだ。例え悪魔になり果てようとも、普通の生活を送れなくなろうとも、私は、私の思う正しいことをした」
お姉ちゃんはミアに笑顔を向けられて、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「お姉ちゃんも気にしないで。もとより世界を敵に回す覚悟だったんだから」
「分かってる。でもちょっと辛いんだ。こうなったのが私のためだと思ったら」
私の隣でお姉ちゃんはあからさまな作り笑いを浮かべていた。私たちはこれから普通の人生を送ることはできない。でも大切な人たちがそばにいてくれるのなら、それでいいと思う。私はそっとお姉ちゃんの手を握った。
そんな私たちを優しい表情でお母さんがみつめてくれている。でも不意に不安げな表情を浮かべたかと思うと、おばあちゃんに視線を向けた。
「そういえばおかあさん。言ってましたよね? 誰かが世界の敵になれば世界が結ばれて、イデアやアーティファクトの能力は消える、と。いつか燃料とか食べ物をアーティファクトの力で生み出せなくなったりはしないんですか?」
お母さんが物憂げにおばあちゃんをみつめている。でもおばあちゃんは首を横に振った。
「……私がこの宇宙に手を加えたことで、イデアやアーティファクトの力の根源は大きく変化した。人が人であるかぎり、それらも消えないだろう。もう旧時代に戻ることはない」
おばあちゃんは清々しさすら感じる微笑みで、背伸びをする。お母さんの頭に手を伸ばして、優しく撫でていた。
「過去は過去だ。私たちはいつかまた日常を取り戻すまで逃げ続けるだけだ。……あるいは、この非日常すらもいずれは日常になってしまうのかもしれない。だがそれも悪くはないだろう」
おばあちゃんはきっと心からであろう優しい笑顔を浮かべた。私たちはお互いに微笑み合いながら、穏やかな時間を過ごす。紆余曲折あった。もうどうしようもないんじゃないか。そう思うこともあった。
けれど私たちは遂に手に入れたのだ。普通とは言えないかもしれないけれど、それでも大切な人と一緒にいられる。そんな当たり前の幸せを享受できる世界を。
相変わらずテレビでは私たちのプロフィールが極めて詳細に語られている。かと思えば「政府が反逆者である私たちをとらえるために国際協力を検討している」なんて昔じゃ考えられないことまで報道している。
世界もそれだけ平和になったということなのだろう。
私たちが敵になることで世界が結ばれたというのなら、少しくらいは神様の願いにも報いていると思いたい。……神様は一か月経った今でも、この世から消えたままなのだ。
でもテレビを見ていると突然キャスターが慌てた様子で口を開いた。
「速報です。信じられないことですが、……神様が蘇ったようです」
私は思わず目を見開く。艦橋のみんながテレビに釘付けになっていた。
画面は記者会見場のような場所に変わり、そこには空色の髪と桜色の瞳をした、神々しい人が映っていた。見るだけでそれが神であると信じざるを得ないほどだ。動くたびに空間がキラキラしている。
その人は笑顔でこんなことをつげる。
「
会場がざわめいていた。そのざわめきはやがて世界へと波及していった。
〇 〇 〇 〇
三か月後、私は家の近くの公園にいた。お姉ちゃんと二人で青空の下、桜吹雪の中を歩いている。遠くには夏になれば輝くだろうひまわり畑がみえた。
「お花見楽しみだね。お姉ちゃん」
「おばあちゃんの料理美味しいもんね」
その時お姉ちゃんのお腹がなった。恥ずかしそうにお姉ちゃんは微笑む。
「みんなどうしてるかな。最近ごたごたしてたせいで、全然会えなかったし」
二人で手を繋いで歩いていると、なんだかおいしい匂いが漂ってきた。
「おお。二人ともやっと来たか」
ブルーシートの上に座ったおばあちゃんが腕を組んでニコニコしていた。その隣ではお母さんが満面の笑みを浮かべている。たくさんの美味しそうな料理が並べられていた。
「せっかく牛肉が戻ったので、今日はたくさん作りましたよ。おかあさんも腕によりをかけて作ってくれてます。日葵も
「やった!」
私がニコニコ笑っているとお姉ちゃんは「子供だなぁ」なんて薄ら笑いを浮かべてきた。お姉ちゃんだって牛肉とかおばあちゃんの料理とか好きな癖に。
「ミアと桜は?」
「もうすぐ来るみたいです。今日もボランティアに参加してるみたいです」
二人は罪滅ぼしのために色々な方法で人々を助けている。いつ許せるようになるのかは分からないけれど、二人一緒なら大丈夫なはずだ。
その時、聞きなれた声が聞こえてきた。
「お待たせしました!」
「申し訳ない。道中で人に囲まれてしまった。サインしてたら遅くなったんだ」
ミアは見た目が金髪金眼で長身な美人さんだからね。反逆者としての汚名が消えてからは、男女問わない人気者になっている。
「ということでさっそく美月。私の頭を撫でてくれ」
「……ミアは変わってないねぇ」
人気者ではあるけれど、お姉ちゃんの前だと尻尾を振る犬だ。お姉ちゃんが頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を閉じている。
「お姉ちゃん? 私の頭も撫でてよね」
「分かってるよ。恋人なんだから。後でたくさん撫でてあげるね」
不意に恋人とか言われて、顔が熱くなってしまう。いや、事実なんだけどさ。……まったく。お姉ちゃんには恥ずかしさとかないのかな?
なんて思ってたら、突然後ろから声が聞こえた。
「うわぁ。豪華ですねぇ」
振り返るとそこには元神様がいた。空色の髪に桜色の瞳をしていて、動くたびになんだかキラキラしている。その大人びた顔立ちとは裏腹に、とても楽しそうに目までもキラキラさせていた。
この世に生まれてまだ半年も経ってないもんね。この反応も当然か。
おばあちゃんが元神様に微笑む。
「礼を言うのを忘れていた。事態を収束してくれてありがとう」
「いえ。そもそも元の原因はといえば、私ですから」
元神様は後ろめたげにしている。おばあちゃんは笑顔で手招きした。
「君はただみんなの願いに答えようとしただけだ。それがたまたま私たちの願いと衝突してしまったというだけで。それに本来は私たちが悪だと断罪される側だ」
おばあちゃんは小さく口元を緩める。
「ようやく、本当にようやく取り戻した日常なんだ。みんな。今日は楽しもう。つまらないことで笑い合って、好きな人と一緒に美味しい料理を食べて、そういうありふれたことを楽しもうじゃないか」
「……これが、幸せなんですね」
神様が微笑みながら、おばあちゃんの隣に座った。
空は青く、吹く風は心地いい。散る桜は美しく、笑い声も聞いているだけで幸せな気持ちになれる。その上料理もとても美味しい。まだ終わっていないにも関わらず来年のことを考えてしまうくらいだ。
かつてこの世界には桜も、ひまわりも、青空も。
そして、
けれど今、周りには大切な人がたくさんいて。
きっと私はこの世界で一番の幸せ者だ。
「お姉ちゃんを救うため、無力な妹は世界を滅ぼすことにしました」 完
お姉ちゃんを救うため、無力な妹は世界を滅ぼすことにしました 壊滅的な扇子 @kaibutsu
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