第30話 エピローグ
*** それから ***
それから……。
ラムはつわりが始まって食欲がなくなったり、市役所に『妊娠届出』を提出して『母子健康手帳』を受け取って、妊婦健診が始まったり……バタバタと日々が過ぎていった。
あんなにお酒好きだったのに禁酒、おまけに禁煙をちゃんと守ってる。
その頃はもう、男の子か女の子かはラムは知ってたんだけど「忍さんにサプライズプレゼントだから〜」なんて言って、教えてくれない・・・。
つわりも軽くなり、五ヶ月目の安定期に入ってから、二人で引っ越し先を決めて、お店があったので梱包〜引っ越しは全て業者さんに頼んでしまい、新居に一緒に暮らし始めた。
安定期だから、ちょっとだけえっちした……数回だったけどね。あ、ちゃんと感染予防でゴムは付けたぞ。
まだ入籍はしてなかったけど、ケジメとしてお互いの実家へ挨拶に行き、お互い母親から『なんで早く知らせてくれなかったの!』とこっぴどく怒られ、ラムの誕生日――8月14日――に入籍。
バタバタしてるし、今年は『最重要被験者』から外されたから検査と更新は一ヶ月先に延ばしてもらった。
だんだんとお腹も大きくなり、赤ちゃんも活発に動いてるみたいで「あ! 今動いた!」って教えてくれたり……。
オレは有給を使って二人でマタニティセミナーに参加したり、入院の準備を始めた頃……。
そんな週末、その週も女子ってたのでオフしなくちゃ……習慣でネイルオフはお風呂出て髪を乾かしてから始める。
ラムはベッドで早めに休んでいるんで、オレはリビングのソファでいつものようにコットンにジェルリムーバーを染み込ませてオフをしてからゆっくりしようとした……。
だけど、一向に男子化どころか、動悸、頭痛、めまいとかの戻る兆候が始まらない……左親指から右小指まで指全部オフしても始まらない……もう三十分は過ぎたはずだ。
まさか……あのときの一条教授と、自分の言葉を思い出す。
『……それは私からは何とも言えないし、はっきりとはわからない……ただ、女子化固定はほぼ100パーセントだとしか言えない……』
『……そうですよね……もうしばらくは男でいたい……です……』
ああ、そうだ……もう女子化固定して、男じゃなくなっちゃったんだ……。
ラムの妊娠……それは『種の保存』……現在の生物学では『本能』ではないので使っていないけど、あえて『種の保存本能』だったと思いたかった……。
……自然と涙が溢れて、自分では気づかなかったけど込み上げる嗚咽をこらえきれず、号泣していた……。
そこへラムが起きてきた……。
「し、忍さん……!?」
「ラ、ラム……オレ……戻れない……」
「!……」
「オレ、女子化固定しちゃった……覚悟はしてたけど……せっかく赤ちゃんも産まれるのに……」
「忍さん、わたし、忍さんがTS娘で女子ったままになるって聞かされてからも、男も女も関係なく、ずっと好きです! ずっと一緒です! 忍さんは忍さんです!」
いつかどこかで聞いたことあるような……。
「いっぱい愛してくれたし、赤ちゃんまで授けてくれて、わたし嬉しいです!」
しばらくの間、二人で抱き合って……泣いた……。
翌朝、ムツミさんと一条教授には電話で女子化固定したことを連絡した……。
*** エピローグ ***
TS市駅の東側の小高い丘の住宅街の一角にある六階建てのマンション。その六階一番奥の2LDKの一室……明るい陽が差し込んでいる。
開け放したベランダに桜の花びらがひとひら、風に乗って舞い込んでくる……。
三、四歳くらいの男の子が、キッチンカウンターの上にいくつか置いてある写真立てに初めて気がついたようで、爪先立ちで食い入るように見つめている。
今日は休日とみえて、母親と二人でいるようだ。
「ねぇ、ママ……? この男の人はだあれ……?」
写真には、水族館と思われる『天井水槽』を泳ぐペンギンを背景にした男女が写っている……。
「あ、それはパパよ?」
「ふーん……」
「じゃ、この人もパパなの?」
男の子が指した写真には、桜の木の下で、数人の女性に囲まれた無愛想な男性が写っている。
「そうよ〜」
「……じゃ、今のパパは別の人? なんで女の人なの?」
「ううん……おんなじ人で、今は女の人だけどパパだよ」
「……なんで〜? どうして〜?」
「……それはね……」
Fin.
ネイルサロンTSの日常(再編集版) 中島しのぶ @Shinobu_Nakajima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます