第16話
ふぅ……。
何とか無事に、彼女を射止めることが出来た。
本当にギリギリで、もう死んでしまったかとも思ったけれど、たまたま振り向いてくれた相手が自分の面影を持つ人で良かったと思っている。
「スー、スー、スー、スー」
彼女は穏やかな寝息を立てて、ぐっすりと眠っている。
「寒くない?」
「スー、スピー」
全く可愛らしい寝息。今すぐ抱きしめたくなるほどの。
ブロンズと栗色が混ざったような色のうなじは、今すぐ切り取って、一生それを撫でながら眠りたいくらいの美しさがあった。
「もう寝ようかな……」
彼女は身長は僕と同じくらい低くて、おとなしく、自己主張をしない。
まさしく僕にとってはピッタリの彼女で、というよりかは、この劣等感を自分だけのものと思いたくないが故の出会いだったのかもしれない。それは相手も同じか。
「……ふぅ」
第一ラウンドが終わり、突破者は十九人中十人と聞く。ここからは、僕と彼女を含んだ五つのペアで争うことになる。
詳細はまだ明かされてはいないが、ルールブックには、第二ラウンドからのルールとして
『第二ラウンドでは、カップル成立した者たちで戦う。これを勝ち抜いたものが王者となる』
『第二ラウンドでは、相手の前でキス、ハグ、バックハグ、膝枕等を行うことでHPを回復させることが出来、その間、相手はカップルを攻撃することが出来ない。ただし、これを使えるのは一つのバトルで一回きりとする』
と明記されている。
――バックハグか。
彼女の身体は華奢で、抱きしめるには少し怖いが、それでもそのことを想像するとワクワクドキドキしてしまう。
――あぁぁっ。
アドレナリンが、夜十時となって湧き始めてきた。
――これは、良い夢を見られそうだな。
***
ワイワイワイワイと、賑やかなその会場。あの会場で、僕は彼と出会った。それこそ彼が、今一緒にいる彼女と一緒にいたら、美しすぎて鼻血を出してしまいそうなほどの美男子だ。
「……ねえ君」
「は、はい」
また差別されるのか……と、最初げんなりしていたことを鮮明に覚えている。
彼は爽やかな笑顔で話しかけてきた。
「ちょっとさ、これ、今から何があるの?」
「なんかのパーティー、みたいな……?」
「そうなのか。いや、俺何も知らずに参加したもんでさ。ナンパ目当てじゃないけど……」
ギラギラして、熱い太陽というよりは、どちらかと言えば爽やかでまばゆい光を放つ金星という方が彼のイメージには合っていた。
「これから何が起こるんだろうな……君、職業は?」
僕を大人として対等に喋ってくれた例はあまりなくて、一瞬言葉に迷った。
「農業をしています」
「へぇ、農業。すごいね。俺は前まで馬車の営業のアルバイトしてたんだけどね。まあ、もうすぐ正社員登用かなって思ったら、国からこの話が来てさ。えー、よ。色々あって会社も辞めたし……」
彼は一体、何者なのだろう。
「ま、ひとまず何があっても楽しもうや」
結局、それはダンスの競技会だということが後になって分かった。
他の国の異姓と出会って、とにかく熱く踊るというもので、僕にとっては踊る相手が誰もおらずに、ただ顔を真っ赤に片隅にうずくまるしかないという屈辱の一日だったことをよく覚えている。
もちろん、そんな僕とは対照的に、部屋のシャンデリアの真下で、色々な国の美人から相手を求められ、完璧なダンスをこなし、爆発物を投げられた彼のことも。
その後、僕たちの交友関係は深まっていった。
ある日、彼は、彼女と同居し始めたのだと告げた。
「……そこでなんだけどさ、俺、ちょっとアレかもしれないんだよ」
「……どれ?」
久々に会った彼はますます光を増し、えくぼはさらに深くなったような気がした。
「俺さ、な」
全く快活な表情で話すもんだから、耳打ちされた内容が一瞬ものすごくポジティブなことに聞こえてしまった。
「……どういうことだよ、大丈夫なの?」
「大丈夫ならさ、こんなこと明かさねぇよ。大丈夫じゃないらしくてさぁ」
そこでだ、と、彼は秘密基地を立てる子供みたいな表情をして、人差し指を立てた。
「俺、死ぬことにしたんだ」
「……死ぬ?」
自分でも驚くほど間の抜けたリアクションだ。
「彼女をこれ以上拘束したくないだろう? よりによってこんな奴なんだから。だから、彼女にでもラブレターを残して死ぬ」
「……いや、それはダメだって。彼女が悲しむだろ?」
「悲しませないために、だ。なあ、彼女にちょっとさ、遺言残したいんだけど、良いか?」
「え? 僕に?」
奴は、意味ありげにニヤリと口角を引き上げ、言った。
「人のことなんか気にせず、自分のことだけ考えて、バカ正直に生きろってさ」
***
オモカゲ共栄国 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
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