41. 終わりに
目が覚めると、私は自室のベッドにいた。
すべてをはっきりと覚えている。
津奈島のこと、津奈来命、千尋と珠代の姉妹、ワタツチノカミ。
だが同時に、いまの私は知っていた。
すべてはなかったことになったのだと。
地図を広げても、津奈島という名前はどこにも見当たらないだろう。
ツナラ信仰も、津奈来命も、それについて記載した文献はこの世のどこにもない。
津奈島災害についても、記憶している者は誰もいないだろう。
すべてはあるべき姿に変わったのだ。
******
津奈来命とワタツチノカミがひとつになったことでなにが起こったのか。
私には憶測しかできないが、仮説ならある。
津奈来命も、ワタツチノカミも、自身の分身を食らった者と心を繋げることができた。あのとき、津奈来命とワタツチノカミが一体になったことで、自身の過去ともつながったのではないだろうか。
まだ津奈来命でも、ワタツチノカミでもない。島に漂着した巨大なウナギ、おそらく別の神話ではトゥナ・ロワとも呼ばれた存在と。
それはつまり、過去と未来が繋がったことを意味する。
そして、未来の記憶を知ったウナギは過ちを犯す前に、島から去っていったのだとしたら――
昨今のフィクションで使われる言い回しを引用するなら、「時間線が変わった」というべきだろうか。すべては憶測である。
それに別の世界線になったからといって、私を取り巻く現実はさほど変わらない。
相変わらず、私は【
安達氏との付き合いは健在だが、番組名は『トリハダQ』ではなくなっていた。
心霊スポットの探索や、怪談の紹介などを行っているが、MCに華がないといつもボヤいており、チャンネル登録者の獲得に日夜苦心している。
水城ミオはどうなったのか。
折に触れ、彼女の消息を捜してみたが、ようとして知ることはできなかった。
津奈島がなくなった今、水城ミオあるいは豊田珠代という女性がいまの世界に存在しているのか、私には見当もつかなかったからだ。
ただし、心当たりがないわけではない。
ある時、アプリでラジオ番組を流しながら原稿作業をしていた時のことだ。
ラジオ番組のゲストとして、とあるファッションモデルの女性が登場していた。
モデルには疎く、普段なら興味を示さない話題なのだが、なぜかその日のトークは熱心に耳を傾けていた。
「なんでも聞いてください。私、NGなしが売りですから!」
気さくだが、頭の回転が早いのか、適切なタイミングで、適切な言葉で回答する彼女の話しぶりに、私は素直に好感を抱いた。
やがてトークは彼女の地元へと移る。彼女の故郷は日本海にある離島であり、人口が少なく、いまも過疎化の問題を抱えているという。
それでも彼女の語りからは、離島での楽しい思い出ばかりが語られた。
「私、お姉ちゃんっ子なんですよ。いまは実家の神社を継いで、島のために頑張ってるんですけど、私の活動も応援してくれてて。でも、私よりキレイなんですよ。え?写真? ダメですよー。身内の写真だけはNGですから」
そのファッションモデルが、水城ミオあるいは豊田珠代とおなじ人物なのかはわからない。モデルの名前もここでは伏せさせていただく。
ただ、いまも折に触れて、メディアに出演する彼女の姿を追いかけている。いつか彼女に取材できる日が来ることを願っている。
こうして本稿はフィクションとなった。
本稿をお読みの方が、津奈島という島や、津奈島災害を知っているはずがないからだ。私が取材し、体験した出来事はすべて「別の世界の出来事」である。
そうである以上、本稿の内容はどう取り繕っても、フィクションにしかならないだろう。せめて、本稿が気軽に読めるエンタメとして、読んでいただいた方の心の慰めにならばと思う。
******
ただ1点。危惧していることがある。
本当に、この世界からツナラは消えたのだろうか。
もしも本当にすべてがなかったことになったのだとしたら、なぜ私はいまだにツナラのことを覚えているのだろうか。
かつてミオから云われた言葉を思い出す。
私は語り部として、ワタツチノカミに気に入られていた節があったという。
もし、それが本当なら、いまも私の中にはツナラの呪いが残っているのではないだろうか。
こうしてツナラに関する物語を記すことで、失われたツナラの記憶を呼び起こし、ふたたび現世への顕現を目論んでいるのだとしたら。
むろん、すべては憶測である。だからこそ、「はじめに」で記載した文章をもう一度だけ繰り返し、本稿の締めくくりとさせていただければと思う。
もしも万が一、本稿をお読みの方の中にツナラという言葉に聞き覚えのある方がいたら、私の連絡先までご一報いただけると幸いである。
そんな方が現れないことを切に願う。
<了>
つならの島 久住ヒロ @shikabane-dayo
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