Sad loss

釣ール

鏡合わせの生

 すぐそばに美味しそうな食材があるのに、調理できる誰か-例えば三ツ星シェフとか-を探しに行くことを目標にして代金を払う場所を選ばないと、満足な食事ができないなんて不便とも便利とも言えない。


 生き方もそう。

 地方ぐらしも都会暮らしも何もかも定住することばかりが大前提。

 私は同じ場所で同じことばかり繰り返す進歩のない人生が苦手なのかも。

 それも恩人が狂った姿をリアルタイムで見てしまったから。



 気分転換に治安の悪そうなエリアを散歩し、面白そうな酒場を何かないか探す四次元ロボットのようにこのエリアを探し回る。



 私はあまり美人でも美形でもない。

 そんな幸せでもないのに悪くない生活を送っている。

 なのにみんな何かしらコンプレックスを探して悩んだりする。


 でもみてごらんなさいよ。

 華やかな道に行かない見た目は美しそうで内面が拙い人間ほど妙に群れて楽しそうじゃない?

 それを見たって何の参考にもなりゃしない。

 けど、あの人達が外でする会話って平凡で逆に学ばされることもあるから、どういうメンタルなのかどんな思考なのか考察するのは暇つぶしに最適。



「こんな所を歩いて無事で帰れると思ってんの?」


 おやおや。

 どうやら盛っている方々にいつの間にか囲まれていたらしい。

 私はこういう時こそ凛とした態度で胸を張り言い放つ。



「私は産まれてから死ぬまで、一度も自分の顔や人生に満足はしても幸せだなんて言わない。

 あなたたちは治安の悪そうなこのエリアを『治安を悪くする』為に存在している、言わば必要悪。」


 この流れになると手を出すタイプに不意を突かれるんだよなあ。

 その攻撃をやめさせる牽制のつもりで話を続けた。



「通常の会話の流れなら、ここであなた達にとって総じてつまらないレスポンスにしかならない。

 だが私は不思議でしょうがない。

 コンクリートジャングルで暮らせるスキルをサバイバルに活かすつもりで島国を慎ましやかに暮らせないのか?と。

 何から何まで誰かや歴史の真似と集団でしか並みの感覚を得られないあなた方に差し出すものなんて私は持っていないから。」


 勘のいいタイプも何人かいて動きが止まった。

 意外と理性って働くようだ。

 けど全てではない。


「大人しくしろ!」


 こっちのセリフだ。

 まあいっか。

 だからここを選んだんだし。


 荒れた人間の攻撃が止まる。

 勿論急に私に恋をしたなんて都合がいいものではない。



「倫理感まもってるぅぅぅ?」



 あとはたった一人に制圧されるだけ。

 いい!実にいい!

 前は民度がしっかりしてたから、こっちも中途半端な感情を抱えたまま去ってしまってバツが悪かった。

 治安の悪い場所ならいくらでも理由がうまれる。



「倫理感まもってないよねぇぇぇ!

 何変なルールを作って群れてんのぉ?

 劣化狼はもういらないんだけどなあぁぁ!」



 あらあら。

 張り切ってたった一人で終わらせてしまった。

 もう少しドラマが欲しかったのに。

 多分地上波で完結した原作の続編を作って批判されてもサラリーマンを気取って感情を殺せるタイプだ。

 いつも私はそう思っている。

 今回も感情もグループもなく倫理感のために行動しているのだけれど。



「せっかくちょうどいい調理場所を用意してもらったのに。

 今回倫理感を意識しすぎて桜チップス忘れてきちゃった。」


 どんな倫理感の意識だ。

 相変わらず狙ってやってきたのに結果が粗い。


「姐さん。

 そういった用意は私が持ってるから安心してって言ったのに。」


 今回は場所を話し合って後を約束したのに。

 それこそ姐さんが好きそうな『倫理感の無い人達』を誘き出すため、慣れないことも挑戦してみたりとか。



 治安の悪いエリアという免罪符を利用して焚き火をしてみた。

 しばらく倫理感に拘っていた感情が爆発した姐さんの理性が落ち着くのを待って、私達は用意した料理を食べる。



「乱暴なタイプって、意外と栄養が豊富なのかな。

 倫理感を守れないことで育つ栄養があると思うと、何だか不思議。」



「姐さんは狩猟本能が強すぎる。

 それなのに前回は取り繕ってるんだから、流石倫理感に拘わるだけある。」


「褒めてないねえ!

 もっと上から来いよ!

 でないと飯が不味くなる。」



 それはごめんなさいと言っておいた。


 私達は生きるため。

 相手方は本能のため。


 フェアな攻撃と防御。

 こうして普段当たり前の生活が出来る感覚を麻痺させないように、私達は工夫している。


「次はこんなスタンダードな料理じゃなくて、自称倫理感があるオツムの弱いタイプを狙いましょう?

 でないとせっかく高騰が続いてるご時世で少ない持ち合わせを、粗悪なサバイバルグッズに使うのはブルジョワじゃなくてただの無駄だし。」



「確かにそうか。

 貴重な意見をありがとう。

 でもさ、倫理感を守ってない人間を探すの簡単すぎて安直な連中しかみつけられないのだけれど。」


 姐さんは出来る限り倫理感を勉強してきたようだ。

 その成果はさっき見た。


「なら、もっと分かりやすい獲物を教える。

 ヒントは『搾取をしている』者達。」


 盲点だったと言わんばかりに姐さんは急に料理を頬張り、目を輝かせる。


「うん。倫理感まもってないし群れている!」


「そういうこと。」


 姐さん。

 もっと研究しよう?

 近くて遠い目的に、巻き込まれないように。

 治安の悪いエリアにいることを忘れて私達は互いのジョークで笑っているのだった。

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