ヒミツ・ノート

 如月雪葉、中学一年生。




 とある動画投稿サイトにて、『永遠の十二月』名義で活動を始めたばかりのころ。

 はじめてのライブ配信はリスナーなんて出たり入ったりの繰り返しで、多くても同接どうせつ数は三人ってあたりだろうか。

 だらだらとピアノを弾いたり、しゃべったりしている彼のもとへ、一件のコメントが送られてくる。



 ──どうしてピアノを始めたんですか?──



 ちなみに、相手は暁わかなではない。

 彼女はこのころはまだ、『永遠の十二月』の動画を見ていなかったから。


「あー……」


 雪葉はどうしようか悩みつつ、結局はリスナーの質問に答えた。

 それは、親にも先生にも、学校やピアノ教室の誰にも話したことがない彼のヒミツだった。




   ♪   ♪   ♪




「ピアノはもとから、親に言われて習ってたんですけど……」


 ぼそりぼそりと。


「本気でピアノをやりたいって思ったのは、小学校に入る少し前の春休みですね」



 ──好きなピアニストでもできたんですか?──



「まあそれに近いかな。ちょっとだけ大掛かりな健康診断を受けるために、春休みに一度だけ入院したんです」


 言葉をつむぐ。


「その病院のキッズルームで、同い年の女の子と出会ったんです」


 細い糸でつながった記憶をたどるように。


「アイドルになりたい、プロの歌い手になってたくさんの人の前で歌いたいって……それで、僕や部屋にいた子たちへ歌を聞かせてくれたんですよ」


 ビデオカメラには決して映らない、画角の外側で小さくはにかむ。


「どんな歌だったかはあんまり覚えてないんですけど。上手い下手とかじゃなく、心の底から歌うのが楽しいって感じで……その楽しさが、こっちにも伝わってくる感じで」



 ──感動したんですね──



「そうですね。感動……僕も、こんなふうに誰かを感動させるピアノが弾けるようになりたいって、あの時はじめて思ったんですよ」


 鍵盤から両手を離し、天井をあおぐ。


「……あの子、今もどこかで夢を追っかけてるのかなあ」


 名前も知らない女の子。

 あの春休み以来一度も会っておらず、どんな顔だったかも忘れてしまったけれど。


「好きなアーティスト、目標にしているピアニストは何人かいるけど、もしかしたら、一番のあこがれは病院で出会ったあの子かもしれない」


 雪葉は笑った。


「これもちょっとした夢ですね。もしもプロのピアニストになれたら、いつか……プロの歌手になった彼女と、同じステージに立って、同じ曲で、いっしょに音楽やるのが夢です」




 そこまで言い終えると、雪葉は顔を画面へ向けた。

 ポロン、ポロンとなんとなくピアノの音を鳴らしつつ、


「実は最近も、あの女の子を思い出しながら、はじめて自分で歌詞を書いてみてます。いい歌詞が書けるかわかりませんが……完成したらメロディ付けて、コード考えて……また近いうちに、曲にしたいです」


 はじめてのライブ配信でついもらしてしまった本音を照れ隠し、再び心のドアを閉じた少年が告げる。


「曲が完成したら、動画としてアップすると思うんで。その時はまあ、ぜひ聞いてみてくださいね」






   ♪   ♪   ♪



 かくして、『永遠の十二月』はじめてのライブ配信はひっそりと再生を止める。


 オリジナル曲『ヒミツ・ノート』も、完成して動画化されたのは一年以上経ってからだ。

 それまではずっと、彼の心の引き出しの中へ、大事に、大事にしまわれていて。


 ひとりの少女へ抱いた、確かなあこがれと。

 淡い恋心を、お星さまよりも優しく、春風よりもあったかなメロディに乗せて。






『ヒミツの音 〜Our Secret Notes〜』 了

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最後まで読んでくださりありがとうございました!

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那珂乃が連載している作品や、次回作にもぜひご期待ください。

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ヒミツの音 〜Our Secret Notes〜 那珂乃 @na_kano

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