わたしだけのピアノ・スター(18)

「じゃあさじゃあさ!」


 質問変更。


「『ヒミツ・ノート』は、どうやって作曲したの?」


 聞かれると雪葉くんは、いかにもバツが悪そうにした。


「どうって……テキトーだよ」

「ウッソだあ! あんなのがテキトーに作れちゃったらもう天才だってば!」


 最推しをうたうリスナーとして、推しのヒミツはひとつでも他人より多く暴いておくべし。


「あんなステキな歌詞、なにを普段考えてたら思い付けるの?」

「や、あれは、その……」

「すごいなあ。サビのところとか、歌詞をただ朗読するだけでも泣いちゃうよ。私もいっぺん、自分で歌詞書いてみたくなっちゃったくらいで……」

「ああ……もうっ! いいだろ僕の話は!」


 おっと、いけないいけない。

 あんまりホメ過ぎちゃうと雪葉くんってば、調子に乗るどころか、パッタンと心のドアを封印してしまうクセがあるんだった。


「よくないよー! 超気になるじゃん」

「歌詞なんてテキトーだってば。人には、誰にも言いたくないことだってあるんだよ」


 とうとう怒り出してしまった雪葉くんが階段を立ち上がり、


「暁さんはなんでそんなに、僕のヒミツばっかり知りたがるわけ?」


 急に聞き返してくるので、私も負けじと答える。


「だってえ、私、雪葉くんのピアノ、大好きなんだもん!」


 雪葉くんってば変なの。

 最初に体育館の裏で呼び出した時にそう言ったはずだけど?




「……大好き、って……」


 すると、私をいまいましげに見下ろしてきた雪葉くんが、


「暁さんが好きなのって、僕のピアノだけ?」


 そう言ってきたのを。

 私は一瞬、とまどってしまったんだ。






「えっ。……い、いやあ」


 しどろもどろになったのは私だ。

 雪葉くんに正面きって問いつめられると、すぐに返事するのをためらってしまう。


「だけ、ってわけじゃないけど……」

「今さらだけど! なんで暁さん、僕なんかのためにここまでしてくれたの? 一応何度か同じクラスにはなってたけどさ。ぶっちゃけ、クラスメイトってだけで他人みたいなもんだろ」


 またまたあ。そんな、ヒネくれたこと言っちゃって。

 ただ、雪葉くんの言い分もわからなくはない。

 確かに私ってば、あの『告白』から……ううん、バンドの話が決まるよりずっと前から、毎日のように雪葉くんのことばっかり考えてて。

 さっき、ステージの上に立っていた時でさえ、彼のピアノ、指先、楽しそうに演奏するその顔に夢中で。


(えっ。……あ、あれ?)


 どうしよう。自分でもよくわかんなくなってきちゃった。

 私って、雪葉くんの『ピアノ』が大好きなんだよね?




 座ったまま固まっている私へ、雪葉くんはまだまだ反撃の言葉を連ねてくる。


「お盆明けの、はじめて三人で集まって練習した時だってさ。いきなりオリ曲やりたいとか言い出して……」


 げっ。

 今その質問されるのはちょっと……いや、かなりまずいかも。


「まさか、僕にちょうどそんな手持ちがあったなんて、暁さん、知らなかったはずだろ? もちろん弥生さんにだって一度も教えたことないし」


 やばい。

 実は知ってたんです、あの動画を見たから……なんて。

 言えるわけないじゃん? 『永遠の十二月』のリスナーだって、雪葉くんにバレちゃうよ!



   ♪   ♪   ♪



「え、っとお……」


 私は悩みに悩んだ。

 これぞ、テキトーにあてずっぽうで言ってみただけなんです、ってごまかしちゃえばよかったんだろうか。

 私の返事を待つみたいに、ずっと高い場所でにらみつけてくる雪葉くん。


 少し、魔がさした。

 せっかくいっしょのステージに出られたんだ、もういっそ、ネタバラシしちゃおうかな、なんて。

 実は、私、『永遠の十二月』の大ファンなんです。

 ずっと前からあなたのリスナーで、ずっとずっと応援していて。




 誰よりもあなたのことが好きなんです──って、言っちゃおうかな。




 あれ? ちょっと待って。

 落ち着け私。

 それってもう……完全に『告白』じゃない?

 ピアノや曲が好きとかじゃない、『永遠の十二月』が好きだって言うんなら、それはもう、彼の『中の人』、つまり雪葉くんのことが好きって言ってるのとほとんど同じだよね?




「ぼっぼぼ、僕だって!」


 ノリでなにか、本音をぶちまけようとしているのは雪葉くんもだ。


「こう見えても一応男なんだからさ! クラスメイトの女子にいきなり手紙もらって、体育館の裏に呼び出されたりしたらフツーびっくりするって! まさかピアノとか、バンドの話だなんて思わないよ」

「えっ。……あっ」

「男子ならフツー、誰だって……その、期待するっていうか、なんていうか……」


 最後までは恥ずかし過ぎて言いきれなかった雪葉くんが、


「で、どうなんだよ結局? 暁さんは、なんで僕のピアノのことでそんな親身になってくれるの? 僕のこと、どう思っていてくれているわけ?」


 顔を真っ赤にさせながらたずねてくる。

 私はやっぱり答えられなくって、私まで体中が熱くなってきちゃって。


「あの……その……」


 どうしよう。やばいんですけど?

 歌やステージの夢を学校のみんなへバラすより、こっちのヒミツを本人にバラすほうが、はるかにハードル高いんですけど⁉︎






 こう着状態が続いた末に、私が選んだのは。


「……行か、なきゃ」

「ええっ?」

「お店に戻らなきゃ! 焼きそば作るの、手伝うってみんなと約束しちゃったからっ!」


 逃げの一手あるのみ。


「あ、ちょっと暁さん⁉︎」


 雪葉くんが引きとめようとするのにも構わず、私は全速力で階段を駆け下りた。




 ごめんなさい、雪葉くん。

 私もまだまだ修行も、練習も、なにより勇気が足りていません。

 来年、また文化祭でおんなじステージに上がるころ、出直してきます。


 だって、ホントのホントに大好きなんだもん。

『永遠の十二月』の大ファンなんです、なんて……ああ〜〜〜〜〜ダメ〜〜〜〜〜!

 やっぱり言えないぃいいい〜〜〜〜〜っ!

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