わたしだけのピアノ・スター(17)
そういえば。
話し合いの結果、私たちがいる二年三組の出し物は『焼きそば』になる。
私と雪葉くんが中庭のブースまで来ると、当番をしていたクラスメイトのみんながぞろぞろと私たちへ寄ってきて、
「ステージ見たよ! 超カッコよかった!」
とホメちぎってくれるからなんだか気恥ずかしい。
「あ、ありがとう……」
「わかなちゃん、去年の合唱コンよりもうんと歌上手になってるよ! だいじょーぶ、きっとアイドルにも歌手にもなれるって!」
ホントかなあ。そっちはさすがにお世辞なんじゃない?
ていうか、ちゃっかり合唱コンの時はオンチだったって言われてない?
でも……うれしい。
なんとなくあきらめかけてた夢を、誰かに応援してもらえるって。
「おなかすいちゃったから、焼きそばひとつ……ううん、ふたつもらっていいかなっ?」
私は雪葉くんのぶんもクラスメイトにお願いする。
「これ食べたら、私たちもお店手伝うから!」
そうして受け取った焼きそば片手に、私は雪葉くんを連れて中庭をぶらぶらした。
どこで食べようかな。空いてるベンチとか、テーブルとか……。
「暁さん」
すると、小さく私の腕をつついた雪葉くんが、
「あのへんで食べない?」
示したのは人っ
二階や三階の部屋まで続いた非常階段みたいなもので、あのあたりはお店もないから文化祭でも静かなんだ。
さすが、教室ではいつもナリを潜めている雪葉くん。こういう、人目に付かなさそうな絶妙スポットを見つけるのが上手いなあ……。
「う、うん! いいよ」
私たちは並んで、階段へ座る。
外のにぎやかな笑い声が、耳鳴りみたいにすごく遠いほうで聞こえる。
すぐ近くで聞こえてくるのは、雪葉くんがちょこんと階段へ腰掛け、ズズと焼きそばをすすっている
……てか、近い。
雪葉くんとの距離が、ステージにいた時よりもうんと近い。
ドギマギしながら私も焼きそばを食べていると、
「あの、暁さん」
いつのまにか全部平らげていた雪葉くんが、私を長い前髪の奥でじぃと見つめていた。
急に話しかけられてどきっとなった私は、
「はっ、はい!」
なぜかかしこまった感じで、うらがえった声を出してしまう。
「その……ありがとう。僕をバンドに誘ってくれて」
雪葉くんはほほをかいて、ぎこちなく笑っている。
「まさか、また学校でピアノを弾く日が来るなんて思わなかったよ。……暁さんが、無理矢理にでも引っ張ってきてくれたおかげだね」
無理矢理って。まあ、最初のうちはゴーインではあったか。
「うっ、ううん!」
私は口の中に残っていた麺をごくんと飲み込んだ。
「私のほうこそ、いっしょにステージ出てくれてありがとう! おかげさまで、夢がいっこかなっちゃったよ」
「そっか。夢か……」
ひとりごとみたいに呟く雪葉くん。
「僕も、もしかしたらかなっちゃったかもね」
「えっ?」
私はきょとんとして聞き返す。
「雪葉くんの夢は、まだまだこれからでしょ? プロのピアニストになったり、オリジナル曲でアーティストデビューしたりするんじゃないの?」
私は本気で言っている。
ライブ配信で『永遠の十二月』も、そんな話をリスナーたちへ語っていたのをうっすらと覚えていたのだから。
「ええと、まあ、そういうのはおいおい……」
照れているのか、雪葉くんは話題をそらす。
「暁さんこそ、ステージで言ってたやつ。アイドルとかオーディションとか……全然、知らなかったよ」
そりゃあ知らなくて当たり前だよ。
私だって、大勢の前であの話をしたのはすっごく久しぶりなんだ。
「僕も応援してるよ、暁さんの夢」
「えっホント⁉︎」
階段で身を乗り出すみたいに、私は雪葉くんの目をのぞき込む。
「じゃあ、来年もステージ出てくれるよねっ?」
「え⁉︎ い、いや」
「絶対出よ! さくらちゃんもリベンジしたいって言ってたし。あと、来年は合唱コンの伴奏もトライしてよ。私たちがおんなじクラスになれるかはわかんないけど……いっしょのクラスだったら私も全力で歌で応援するし、もし違うクラスだったら、そっちはライバルとして……やっぱり、全力でがんばりますっ!」
「はは。なんだよそれ」
雪葉くんは困ったようにまゆをひそめた。
でも、はじめて私がバンドへ誘った時ほどメーワクそうにはしていない。
「……気が向いたらね」
そう答えて遠慮がちに笑う雪葉くん。
ああよかった。楽しい楽しいステージの後で、ナミダなんかじゃない、そんなふうに雪葉くんが笑ってくれるのを、私もずっと待っていたんだ。
♪ ♪ ♪
「だって、もったいないよ!」
私も焼きそばを食べきってから話を続ける。
「雪葉くんくらい上手な子が、ピアニストになる夢をあきらめるなんてさ。私みたいなオンチでもなんとかなるかもなのに」
「はは。ポジティブだなあ暁さんは……」
「ね、雪葉くんってさ。どうしてピアノ始めようって思ったの?」
なんとなく気になっていたことを、勢いで聞いてみることにした。
「ほら、男の子ってスポーツ選手とか、警察官とか消防士とかになりたいってみんなよく言うじゃん? それか学校の先生? 雪葉くんはどうして音楽、それもピアノだったのかなって」
「あー……まあ、運動も勉強もあんまり得意じゃないからね、僕は」
「ちなみに私はね! 昔、めっちゃ好きなアーティストがいて……!」
「別に大した理由じゃないよ」
雪葉くんはリラックスした感じで教えてくれた。
落ち着いているっていうか、本当に大したことないって、どこかそっけないというか。
「親に習わされたのがたまたまピアノだったってだけで……今日まで、なりゆきでだらだら続けてたってだけさ」
「えー? ホントかなー? 好きじゃなきゃ続かないでしょー?」
からかうと雪葉くんは、小声で「ホントだよ」と答えるなりふいとそっぽを向く。
あ、今のはウソだな。ウソつきの顔してる。
ははーん、雪葉くん……いや『永遠の十二月』くん。
目の前のガチファンを相手にごまかそうったって、そうはいかないよ?
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