わたしだけのピアノ・スター(16)
ひやっとしたのは演奏中、それっきりだった。
言葉のひとつひとつをかみしめるみたいに、私は曲の最後までノドをふるわせ、ていねいに彼の音楽を歌いきる。
やわらかな拍手に包まれ、私は頭の中をふわふわさせたつつ、
「ありがとー、ございましたあ……!」
って、息も絶え絶えで言った。
さくらちゃんも立ち上がってきて、アコースティックギターを抱えたままペコリとおじぎする。
その表情はこわばっている。やっぱり、さっきの間奏が心残りなんだろう。
雪葉くんはピアノ椅子に座ったまま、天井のライトを見上げぼうっとしていて、
「ほ……ほら、雪葉くん!」
私にうながされてようやくふらふらと立ち上がってくると、目の焦点が合わないまま、どこを見ているのかわからない感じで、
「……ありがとうございました」
誰にも聞こえていなさそうな小声で呟き、ペコリと頭を下げた。
そのまま足早に舞台袖へ逃げて行ってしまうのを、私たちも追いかけるようにしてステージを後にする。
およそ十五分の夢みたいな時間は、流れ星よりも早いスピードで過ぎ去っていったんだ。
♪ ♪ ♪
体育館の裏側にて。
「ごめん……なさい……」
真っ先にそう謝りつつ、さくらちゃんは悲しんだり泣いたりというよりも、私たちがなにを言うまでもなく、自分で自分にぶちぎれてるみたいに歯ぎしりしていた。
「だ、だいじょーぶだって! 誰にもバレてないよ」
思い出されるは、小学校の卒業式。あれは雪葉くんの昔の失敗だけれど。
自分のパートがすっぽ抜けることで、全体の演奏も止まってしまうかもしれないという、あの恐怖を、さくらちゃんもさっきは感じていたんじゃないだろうか。
ぎり、と歯を鳴らしたさくらちゃんは、
「バレてなくても、あたしがミスしたことに変わりはないのよ……!」
やっぱり自分自身に怒っていた。そう、落ち込んでいるんじゃなくて怒っている。
私も雪葉くんも、誰もさくらちゃんを責めてなんかいないんだけどなあ。
「だ、大成功でしょ、今回のステージ!」
私が両手をいっぱいに広げて主張すると、さくらちゃんも雪葉くんも、変な顔をして私を見てくる。
「大成功……? そ、そう?」
「そうだよ! だってみんなには超ウケてたし」
「うーん。お客さんの反応はともかく、僕もいろいろ細かいミスあったけどなあ」
おいおい雪葉くん、冷静かよ。
本番ではものすごくノリノリだったように見えたのって、私だけ?
首をひねっている雪葉くんに対して、さくらちゃんも、今回のステージにはまったく納得いっていないようだった。
「全っっっ然ダメ。このままじゃ終われないわ……!」
びしぃっ! と。
突然私を指さしてさくらちゃんは言った。
「わかなさん。来年も出るわよね?」
「へっ? 来年?」
「この本番、絶対リベンジするから。もっとギターも上手くなるし、今日みたいに、大事なソロを如月くんに取られるようなヘマはしない!」
な……なるほどお……。
本番終わったばかりで次の本番の話なんて、と最初は思ったけれど。
あのソロの失敗を、ただバンドへメーワクかけただけじゃない、自分が一番目立つ時間を雪葉くんに持っていかれたっていう考えかたもできてしまうわけか。
「如月くんもいいわね?」
怒りの矛先は雪葉くんにも。
「あなたも、教室やめたからっていつまでも基礎練サボっていないで、来年までにはもっとピアノ上手になっておきなさい」
「さ、サボってないよ!」
ぎくりと肩をふるわせる雪葉くん。
な……なるほどお。
ライブ配信でも好きな曲ばっかり弾いてるし、さてはスケールとか練習曲とか、今は全然弾いていないのかな?
自分にも他人にもストイックなさくらちゃんには、お見通しってわけか。
さくらちゃんはギターをそそくさと楽器ケースへしまいこみ、
「じゃ、あたしはこれで」
ひとりだけさっさと帰ろうとしたのを、私は急いで引きとめようとする。
「ええ⁉︎ せっかくだし、三人でクラスの出し物とか、いっしょに見て回ろうよー」
「なんであなたたちと? バンドはなれ合いじゃないのよ」
ひええ。一応、私たちってクラスメイトなんですけど?
もしかして……私も雪葉くんも、さくらちゃんには『友だち』だと認識されてない⁉︎
「あたしも別の子と約束あるし。そういう馴れ合いは二人で勝手にやってちょうだい」
さくらちゃんは本当にひとりだけ体育館を離れていってしまう。
去りぎわ、足を止め一度だけ振り返ってきて、
「……バンドに混ぜてくれてありがとう。またよろしく」
と小さな声でお礼を言ってきたのもなんだか印象深い。
なんか、さくらちゃんって。
『春』の花というよりも、彼女のほうこそ『真冬』の
いつでも自信なさげな雪葉くんとは大違いだなあ……なんて二人の音楽家を比べるのは失礼だけれど。
「え、ええと……」
取り残された私たちは顔を見合わせあって、
「おなかすいたし……なにか食べに行こっか?」
「う、うん。そうだね暁さん」
お互いにきごちなく笑い合い、ゆっくりした足取りで体育館を去った。
体育館の中では今もステージ発表が続いていて、ギターサウンドの激しいライブの音が聞こえていた。
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