わたしだけのピアノ・スター(15)
二曲目の演奏が終わっても、ギャラリーの歓声は鳴り止まない。
ボルテージ最高潮の波に包まれている中、私はスタンドからマイクを拾い上げる。
「ありがとーございまーす!」
ああもったいない。
いっぱい練習してきたのに、こんなにたくさんの人が聞いてくれてるのに、本番って、あっというまに時間が過ぎていっちゃうんだ。
「次が『スノーフェアリーズ』最後の曲でーす!」
私は深呼吸する。
MCのことなんか本番直前まですっかり忘れていた私だけれど、最後だけは、みんなへなにを伝えようか、なにを話したらいいか、うっすらと心に決めていたんだ。
「最後にやるのは、うちのバンドの最強でサイッコーのピアニスト、雪葉くんのオリジナル曲ですっ!」
空気がゆらめいた気がする。
少しだけ、みんなの表情を見るのが怖くって……でも。
「私……私は、昔、アイドルか歌手になるのが夢でした」
えっ、と小さな声が背中のほうで上がる。きっと雪葉くんだ。
さくらちゃんも驚いたように目を丸くして、私をステージの反対側で見つめてきた。
「歌うのが昔から大っ好きで、何度もコンテストやオーディションに挑戦して……でも、落ちてばっかで全然思うようにいかなくて。オンチって人に言われたことも何度かあったし。もう夢追っかけるのやめようっかなって考える日もあったりして……てか、ぶっちゃけ最近まではほとんどあきらめムードって感じだったんですけど!」
学校のみんなにはナイショにしてきた話。
小学校であの日、クラスの子にオンチだってバカにされてからはずっと、自分の夢も、その夢を忘れようとしていたことも、全部隠してきて。
「けど、この曲と……あと、雪葉くんのピアノをはじめて聞いた時、私、めっちゃ勇気もらったんです!」
いつどこで聞いたのか……までは教えられない。オリジナル曲もピアノも。
ま、オリジナル曲については、この間の夏休みってことで。
「まだあきらめないで、もうちょっとだけがんばってみよう、って言われたような……いやまあ、雪葉くんがそんなつもりで作ったかどうかはわかんないけど。けど私は、その曲で勝手にはげまされて、たくさんの勇気と元気をもらえちゃったんです!」
あはは、となぜか笑い声が返ってきた。
びっくりして私が視線を向ければ、クラスメイトの子たちがヤジを飛ばしてくる。
「わかなちゃーん、勝手にはげまされたってなんですかー!」
「如月を公開ショケイすんなー! どーせホメるならもーちっと上手いことホメてやれー」
ああ……よかった。
私の夢や、雪葉くんの夢をバカにされたわけじゃない。
ちゃんと私が言いたいこと、みんなにも伝わったみたいだね。
「えーと、だから今日は、みんなにも雪葉くんの歌と……ついでに私のあきらめ悪い歌で、元気をおすそわけしたいと思います!」
体育館をこの声で揺さぶるつもりで叫んだ。
「それでは、聞いてください!」
──『ヒミツ・ノート』feat. スノーフェアリーズ──
私も、本気で昔の夢を追っかけ直してみようかな。
イントロを聞きながらはにかむ。
アイドルとか歌手とかはずっと前にあきらめた夢だとばかり思っていたけれど、雪葉くんがピアノを弾いている限り、そして、さくらちゃんが新しい夢に向かって進んでいる限りは、私もまだまだやれることあるんじゃないかなって。
だって、私、夢ならすでにひとつかなっちゃったんだ。
あこがれの雪葉くんとおんなじステージ。
最後の最後まで、彼のお星さまみたいにきらきらしたピアノの音にひたっていたい。
♪ ♪ ♪
ギャラリーの誰もが、私の歌声へ真剣に耳をかたむけてくれた。
本番中もずっと体育館がにぎやかだったのが、みんな静かになって、じっとピアノの伴奏を聞いてくれる。
知ってる子は知ってたよね。
教室でおとなしくしている彼だけれど、その正体は、ピアノの前では誰よりもひときわかがやくスーパースタ―だって。
一番、二番の歌詞まで終わって、次はさくらちゃんのギターソロ……──
(あれっ?)
夢を見ているような心地いいリズムにひたっていた私は、
(さくらちゃん?)
不自然にぴたりと止まった、ギターの音で急に目が覚める。
さくらちゃんは椅子に座ったまま手を止めて、少しもリズムにノレないと青ざめていた。
あきらかに様子がおかしい。どうしたんだろう?
(もしかして……ソロのメロディを忘れちゃった⁉︎)
理由なんかいくらでも想像できる。メロディを忘れちゃったのか、間奏で自分のソロがあることをど忘れしていたのか。
それか、ソロがあるのはわかっていたけれど、タイミングがわからなくなって入りそびれちゃったとか。
エレキもアコースティックも、どっちのギターも練習していて、もう片方のバンドでもいろんな曲を演奏していて。
ギター始めたばっかりなのに、立て続けの本番で誰よりも頑張っていたから、もしかすれば自分でも気付かないうちに疲れ過ぎちゃったのかも。
(ど、どうしよう⁉︎)
助けてあげたいのは山々だけど、ボーカルの私にできることなんて……。
その時だった。
体育館にあったかな風が吹く。
ステージ上で、あらためて顔を出した一番星。
私がずっとスマホ越しに応援してきたヒーローが、白と黒の鍵盤をかき鳴らす。
動画がアップされてから、私が何度も飽きずにループ再生してきた『ヒミツ・ノート』のソロパートが、噴水みたいにあふれ出てくる。
そうだよね。雪葉くん、いつもライブ配信でもそうやって、リスナーたちの前ですぐに演奏できちゃうもんね。
さくらちゃんも、雪葉くんが代わりにソロを弾いてくれたおかげで次のメロディも自分が伴奏に加わるタイミングも思い出せたらしい。
息を吹き返したみたいに再びギターを鳴らし始めた。
ギャラリーの何人くらいが、ステージの静かな異変に気付いたんだろう。
私はそろそろとみんなの顔色をながめてみたけれど、ピアノやギターの音にうっとりしている表情ばっかりが目立って見える。
よかった……バレてないみたいだ。
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